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アイザキガカリ
26
 結局、相崎から電話は来ないまま終業式を迎えた。
 終業式の日にも相崎は姿を見せず、それまでの素行のせいかそれを誰も不思議に思わなかった。
 裕介だけには相崎はどうしたのかと聞かれたが俺に答えられるはずもない。俺が知りたいくらいだ。
 思えば、俺は相当微妙な立場に置かれている。
 佐々木誠司の言うことを信じるのなら相崎は俺に想いを寄せており、それを考えると俺は少々無神経なことを言ったのかもしれない。
 だけど実際は相崎本人からはなんの意思表示もされておらず、俺は頼まれたことを伝言したに過ぎないのだ。
 こう考えるとすべて佐々木誠司が話をややこしくしているような気がした。しかし、他人のせいにするのもどうかと思い、相崎が終業式に来なかったのも電話をしてこないのも、きっと彼のやっている仕事が忙しいからだと思うことにした。
 そしてそれはそのまま自分から相崎に連絡をしない理由にもなった。
 
 そのまま迎えた夏休みは人生で最悪だった。
 相崎の連絡を待って携帯を片時も離せず、偶然でも相崎に会えないかとあの海の見える広場に行ったり、本屋で相崎の名前でも載っていないかとコンピューターの雑誌を片っ端からめくったり、ほんとうに馬鹿みたいに毎日相崎の影ばかり追った。
 そのどれもが空振りに終わり、時には泣きそうになるくらい落ち込んだりもした。食欲すらもなくなった。
 いったい俺は何をやっているのかと理性では思ったが、どうしても自分自身をコントロールできなかった。
 こんなことは初めてだった。
 
 夏休みも半ばを過ぎた頃、俺は裕介と映画に行く約束をしていた。
 その日、裕介に会うなり驚かれた。
「いっちゃん、痩せた?夏ばて?」
「んー…。ちょっと、体がだるい」
 だいじょうぶか心配する裕介を促してシネコンへ行った。幸か不幸か裕介は相崎のことは話題にせず、道すがらの話題は宿題とテレビと俺の体調のことだけだった。
「何みよっか」
 シネコンの前で裕介は尋ねてきた。
 俺たちは特に観る映画を決めていたわけではなく、映画は近況報告の口実みたいなものだった。
 俺は夏休み前に何かみたいと思っていた映画があったはずだったのだが、それが思い出せず俺は言った。
「裕介決めていいよ。俺みたい奴ないから、なんでもいい」
 すると裕介はしばらく考えた後、少し遠慮がちに言った。
「うーんと、ペンギンの奴か……ここじゃなくてさ、もう少し歩く小さいところなんだけど観たい奴やってるんだ。それのどっちかかな」
 ここでやっている映画を選択肢にいれてくれたのは、俺が夏ばてで体調が悪いと思っているからだろう。
 俺は裕介が観たいといった小さな映画館でやっているほうを選んだ。
 
 裕介が観たいと言った映画はリバイバルだった。
 俺はタイトルだけは知っているが、観たことがなくあらすじすらも知らないものだった。
 高校生になって裕介は本当に趣味が変わったと思う。読書のことといいこの映画といい、なんだか大人になった気がする。
 俺は変わらない。いやになるくらいいつまでも子供のままだ。
 
 映画はほとんど頭に入ってこなかった。
 綺麗な風景、綺麗な女優、そんなものは認識できるのだが、肝心のストーリーは俺の中を上滑りしていった。
 映画がつまらないからではなくて、俺自身に問題があったのだと思う。
 その証拠に映画の最後のシーンは俺を釘付けにした。
 銀幕の中、繰り返されるキスシーン。何度も何度も何度も。
 映画の意図しているところはたぶんまったく違うけれど。俺が思い出すのはたったひとつのことだった。
 ファーストキスって訊くたびに自分を思い出すことになるって相崎に言われたときはたいしたことないって思った。
 だけどそんなことなかった。こういうことかと思い知った。
 ものすごいダメージだ。
 相崎に会いたい。
 ただそれだけを思った。
 

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あきゅろす。
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