◆ナヴァールの烙印◆ 正体 村はまだ薄暗く朝もやに包まれていた。 シュリたちは奴隷たちに混ざって朝の仕事をしていた。 昨日の騒ぎは知れ渡っていて、みんな興味深げにシュリのまわりに集まってくる。 「ほれほれ坊や、もっと腰を入れてうたんとだめだぞ」 薪割りに初めて挑戦するシュリをはやしたてる男たち。 「シュリ様。腰が逃げてますよ」 「ファイス、ならお前がやってみろ。剣を振り下ろすのとはわけが違うぞ」 シュリはファイスに斧を渡した。 「では」 ファイスは笑いながら斧を受け取る。 思いっきり振り下ろされた斧は、快い音を立てて薪を両断し、その下の木の台までも真っ二つにした。 「わあ、すみませんっ」 ファイスは汗をかいた。 「相変わらず馬鹿力だな」 シュリの囃し立てる声に、周囲の奴隷たちも、笑い声を響かせた。 食事の支度ができたころ、エンジュが器を二つ持ってシュリの元へやってきた。 昨日シュリの傷の手当てをしてくれた、片腕のない大男だ。 「これがこの村でのお前たちの器だ。この村で生きるものたちは生まれたと同時に器を与えられ、死ぬときに器は割られてキーリアに流される」 「お前が焼いたのか、これを」 器を受け取りながら、シュリは素朴な焼き具合のそれを見つめた。 「ここの土は農作物には向かんが、焼き物にはよく合う」 エンジュはそれだけいうと、シュリの前を去った。 ◆◇◆ 朝食をティアとともに食べようと思ったシュリだったが、思わぬ障壁が立ちふさがった。 「シュリくんは立ち入り禁止」 イファだった。 「イファ」 朝食の器を持ったまま、シュリはイファにとどめられ、ティアの家に入ることができなかった。 「シュリくんをティアのそばにいさせると、すぐに悪さするんだもん」 イファは舌を出し、シュリを締め出して戸をばたりと閉めてしまった。 「シュリ様、前途多難ですね」 真後ろでファイスが笑った。 「…ティアぁ」 シュリは恨めしそうに、閉ざされた扉を見た。 「どうにかならぬか」 「女性の心を動かすには、やっぱ貢ぎ物をささげないと」 「貢ぎ物…いったい何を」 「さぁ? ご自分でお考えください」 ファイスは意地の悪い言葉を残した。 シュリは考え込んだ。 普通女性は、何を与えれば喜ぶのか。 「イファのお腹の子の父は誰なのだろう」 ふと、シュリは思った。 「去年使役に出ていた先の村の若者らしいですよ」 ファイスは間髪いれず答えた。 「よく知っているな」 「ここでは有名な話らしいですから」 「それで、その男は今どうしている」 「もう縁は切れているようですね」 そのひとことが、すべてを語っていた。 シュリは眉を寄せ、それ以上ファイスに問いただすことはしなかった。 ただ、心でイファの心情を思い遣った。 ◆◇◆ 「ちっくしょぉ〜 あのガキ〜」 奴隷村の長、ロウ・ソーラスは荒れていた。 村を抜け出し遊びに出た先の町の酒場で、仲間たちと浴びるほど酒を飲み騒いだが、憂さが晴れどころかイライラが募るばかりだ。 「もう飲むのやめとけよぉ。これから可愛い女どものところに繰り出すんだろ。モノの役に立たなくなっちまうぜ」 「うるせぇな」 番人仲間に冷やかされ、足で椅子を蹴った。 「あのガキ、どこの村のお偉いさんの息子だが知らねぇが、偉そうに俺に指図しやがって」 村によそのものが居つくなど前代未聞だ。 「そういえばよぉ」 仲間の一人が酔いの回った口調で言った。 「あの小僧、どっかで見たことねぇか?」 「なに、どこでだ?」 「う〜ん、思い出せねぇ〜」 「酔っ払って適当なこと言うんじゃねぇ」 頭をバシンとはたく。 「俺、付き人のほうをどっかで見たことがあるような気がする」 ロウと同期の、腹心のような存在の男が額に手を当てながら言った。 「あの付き人、五年前の王宮武芸大会で最年少で優勝したヤツじゃないかなぁ」 「まさか、そんなヤツがここにいるわけねぇだろう」 「よく似てるんだけどなぁ」 仲間も確証はないようだった。五年も前のことだ。 「それでその男、今も陛下の騎士団にいるのか? やめてどっか別のところにいったのか? それならありえるんじゃねぇ?」 別の男が面白そうに口を挟んだ。 「それがなぁ、その男、腕前を陛下に見込まれて、第二王子の守人に任命されたんだよ」 「第二王子っていやぁ…」 「セフォアの離宮にいらっしゃる、シュリ殿下だ。ほれ、陛下が植民地から奪ってきた姫君に生ませた妾腹の」 「シュリ殿下」 ロウは一気に酔いが醒めてしまった。あの小僧の名前も、確かシュリといった。 「まさかあの小僧が」 赤銅色の髪。琥珀色の目。年のころは十六・七。表には出てこないがなにかとうわさのある第二王子に、何もかも特徴が似ている。 「まさか、王子が奴隷を」 のどに絡んだ声で、ロウはうめいた。 「他人の空似だろう。王子がこんな奴隷村に現れるわけがねぇ」 ロウ以外のものは笑いを飛ばし、この話題を終わらせてしまった。 「まさか、な」 ロウだけが虚空に目を漂わせ、そればかりを繰り返していた。 [前へ][次へ] [戻る] |