SOUL
2
 深夜に布団を洗って干し、高杉に水を飲ませ、あまり着物の柄の選択肢が多くない桂は必然的に高杉とぺあるっくで若干足元の心許無い彼の手を引き街路を歩く。人通りはまだそれなりにあるが、大の男が揃いの着物で手を繋いで歩いていても、互いに帯刀しているせいか不躾に絡む者もいない。
 酔客が増えてきたかぶき町を二人無言で通過し、寂れた宿にチェックインした。痛い出費でもあるが、仕方ない。初めて来たラブホテルは部屋に一歩入るだけでいかがわしい錯覚がした。だが連れが色気もへったくれもなくぐったりした泥酔状態の一歩手前であるため、一向にその気にはならない。何より高杉は今日会ってからまだ一言も喋ってすらくれない。
 桂は物言わぬ相手に欲情するような性癖は持ち合わせておらず、どちらかといえば積極的で色っぽく熟練した色香にこそ惑いたい。世話は焼くより焼かれる方が好きで、つまり今日は相当頑張っている。自分の面倒は自分でみられるけれども、やってくれるのであれば甘えてしまいたい。保護者を早くに亡くしたから、どうにもそういう人に弱いのかもしれなかった。
 それなのに高杉は、何故か桂には甘えられると判断しているようで、彼らしくもない隙だらけの姿を何度も見たことがある。そういうところが好ましいとは思わないし、だから当然言ったこともないはずなのに、ずるずるとこんな雰囲気での関わりを続けているうちに大人になってしまった。
 桂は高杉をけばけばしいピンク色の布団に寝かせ、小さく息を吐く。薄暗い間接照明のみの灯った室内では、ぐったりと横たわった男の表情もはっきりとは窺えない。だから、己の服を纏う彼にどうしようもない違和感を覚える。桂は前後不覚になるまで飲んだことなどないというのに。
 意識さえあれば、高杉と話したいことは山ほどあった。紅桜の件も、松陽が死んでから歩いて来た途切れ途切れの消息の詳細についても。彼ときちんと話をすれば、高杉を赦すことはできなかったとしても、彼なりの論理に譲歩することはできるはずだと信じていた。共に机を並べて歩んできたからというだけではない、確かな信頼と、そして彼の優しさを知っているからだ。
 だがこんなにべろんべろんではまともな対話などできるはずもないし、この状態で説かれた考えを信用できもしないだろう。それでもなお、彼が桂の許を訪れたのは、こんなに飲んでからでないと来られなかったのはきっと、彼も桂と話したかったからなのだろう、と推測するのが精一杯だ。高杉は決して臆病な男ではないけれど、こと桂に対してなら少しばかりそうなってしまう。それは決して不快なだけではなかった。
 桂は小さく息を吐き、帯を緩めてホテルに備え付けられた寝着に着替える。そうしてするりと高杉の隣に滑り込み、そっとその手を取って目を閉じた。
「おやすみ、高杉」
 低い囁きに返事はない。繋いだ掌は幼い頃よりずっと大きく、硬い胼ができていたけれど、それでも彼はあの頃から変わらぬものをたもっているようだった。


2022.6.27.永


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