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小説
【WC】Under the Rose (オズギル/ブレギル/ヴィンギル/ジャクギル)
Under the Rose


Under the Rose(OG)




「ギル!こっちだ」
「坊ちゃん、待って下さいっっ」

 いつもの事と言われればそれまでの状況で、ギルバートは主人に手を引かれながら、必死になってその背を追う羽目になっていた。
 目的地が判らないまま半ば引きずられるように走らされ、ギルバートは縺れそうになる足を必死になって動かす。

「…っぼっちゃ…ん…敷地の…そと、には…っ…」
「判ってるよ」

 既に息が切れてしまっているギルバートとは反対に、オズはギルバートの言わんとする事を理解して振り返ると満面の笑みを浮かべた。
 つい先日、オズの誘拐未遂事件があり、庭に出るのも随分久し振りの事だ。かなりのフラストレーションの溜まっていたオズが許可された敷地外へ出るのではないかと、ギルバートはハラハラせずにはいられないでいたのだが、それはどうにか杞憂に終わってくれるらしい。
 言い出したらきかない事は今更で、ギルバートは引かれるままオズの後ろを走っていった。

「…はい、到着」

 5分ほど走り続けたところで漸くオズの足が止まり、自分の背中にぶつかりそうになっていたギルバートの身体を、反転して受け止める。

「…ぼっ…ちゃん…?」

 崩れそうになっていた身体を抱き留められ、その腕の中で息を整えながらギルバートが一体どうしたのかと主人を伺えば、酷く楽しそうにエメラルドグリーンの双眸を煌めかせるオズの顔が視界に入った。
 こう言った表情を浮かべるオズに、あまり良い記憶がないギルバートは、瞬間身を固まらせる。
 従者という立場上、主人の成す事に対して従順であらねばならない。それでも、そこそこ痛い目を見てしまっているギルバートが、あまり嬉しくもない予感に身を震わせるのはしょうがない事だろう。

「…何だよギル、変な顔して…」

 半ば脅えた表情で自分を見詰めるギルバートに、オズは怪訝そうな表情を浮かべるが、直ぐに苦笑を浮かべると漸く呼吸の整ってきたギルバートの身体を解放し、促すように視線を自分達の後方へと向けた。

「…う…わぁ…」

 視界に広がる鮮やかな花々と特有の芳香に、ギルバートは感嘆の溜息を吐く。そんなギルバートの様子にオズは柔らかな笑みを浮かべるとその小さな庭内へとギルバートを促した。
 そんなに奥行きのない庭内の奥には、薔薇の蔦を使って作り上げられたアーチがあり、オズはそのの下に置かれたベンチへとギルバートを座らせる。

「…坊ちゃん…?」

 主人も直ぐ腰を下ろすのだろうと思っていたのに、正面に立ち自分へと視線を合わせてくるオズに、ギルバートが不思議そうな表情を浮かべれば、いつの間にか間近に主の顔。

「っ!?」

 驚愕に背後へと距離を取ろうとするが、当然ベンチの背凭れによって阻まれ、次の瞬間、唇に触れる感触と至近距離の主の顔に、ギルバートは茫然とした表情で主人を見詰める事しかできなかった。

「…好きだよ、ギルバート…」

 何か言おうと、いつの間にか感触が失われていた唇をギルバートが開けば、主の指先がソレを押し留め、真剣な視線と共に告げられる。
 告げられた言葉に、どう反応して良いか判らず、ただただ自分を見詰めるギルバートにオズは苦笑を浮かべると、再びその唇へと己のソレを重ねていった……――――――――――――。


☆☆☆
                     
Under the Rose(BG)






「…最近はどうですカ……?」
「義姉様達とは、時々お話させて頂いています」

 自分の問いかけに、微苦笑を浮かべて答える少年にブレイクは僅かに目を細めた。苦労しているだろう事は想像に易いが、彼をナイトレイ家に入り込ませた最たる理由の存在が、ブレイクにとっては面白くなくもギルバートの為にはなっている。
 過去の記憶を持たない目の前の少年。ブレイクが求める真実の鍵は、ある意味この目の前の少年にあるのかもしれないと、ぼんやりと考えていれば、

「ブレイクさん……?」

 どうしたんですか?と自分に対して怯えを持ちながらも心配そうに自分を伺うギルバートに、ブレイクは口角を引き上げた。
 まさに人が好いとしか言いようがない。
 心配すべき存在は、はっきり言ってブレイクよりもギルバート自身な筈なのに、彼はそれには一切気づいていないのだ。

 全ては、失われてしまった主の為。

 自己献身と言うのか、自己犠牲というのか、その精神にはまさに頭が下がる思いだ。
 『誰かの為』を大義名分にしてしまえば、随分と綺麗に見えてしまう、その心。
 だが、ブレイクにとっては気持ち良いとは思えないもの、だ。

「いえ、元気ソウで安心しまシタヨ……」

 今回のギルバートのナイトレイ家への養子の一件では、かなりオスカーに恨まれてしまっている。ベザリウス家を第一に感じているギルバートが、自分の行動がたとえ主の為であってもベザリウス家にとっては裏切り以外の何者でもないと考えている以上オスカーへ連絡を取る事はなく、結果としてブレイクが近況報告を行う事となっている。
 ギルバートを保護したと言う事と、自身に子供がいない事もあってオスカーが甥や姪と同じくらいこの少年を可愛がっていた事は、ブレイクもよく理解していた。
 ブルネットに珍しい金の双眸は、好事家から見れば垂涎の的だろう。
 仕立ての良い服を着ていさえいれば、彼が身元の知れない存在だとは見えはしない。
 怯えを含んだ金の瞳が、それでも確かな意志を持って自分を見詰める様は、ブレイクにとって心地好いものだった。
 ただ、その意志の元となるものが自分には関係がないという事に、引っ掛かりを覚えるようになってきてしまった事には、してやられた気分には、なる。

 こんな少年に、一体何を考えているのだ……?

 初めて彼と相対した時に、己が主に告げた戯れの言葉を思い出し、ブレイクは自嘲の笑みを口角に刻む。
 全く持って、どうしようもない。

「…少し、散歩でもしまショウカ……?」

 ギルバートとの逢瀬と言う名の近況報告は、仲介をしたと言う立場から半ば強引にレインズワース家がナイトレイ家から得る事になった、当然の権利となっている。あまり、他家との関わりを持ちたがらないナイトレイ家からすれば、破格の対応だろう。
 ギルバート単独で、と言う条件を告げた瞬間、何故かそこに存在した彼の弟の歪んだ表情をブレイクは未だに忘れられないでいた。

「…はい…」

 ブレイクの申し出に一瞬目を丸くしたギルバートだったが、直ぐに笑顔に変わる。
 何処かリラックスした風にも見えるギルバートの様子に、彼がどれほど気を張ってあの家で生活しているかを改めて知る事になり、ブレイクは心の中で溜息を吐いた。
 それも全て、ギルバート自身が望んだ事なのだ。ブレイクが気にする必要など、全くない。

「…あまり知られてはイナイんですが、丁度シーズンですカラネ…」

 何の疑いもなくブレイクの差し出した手に己のそれを重ね、歩を進めるギルバートにブレイクは無意識の内に口角を引き上げていた。疑う事を知らないにも、程がある。
 利害の一致を前提の関係ではあるものの、それでもギルバートの向けるある意味信頼が、ブレイクにとっては不快ではなくなってきていた。

「…薔薇園、ですか…?」

 程なくして着いたこじんまりした庭園を前に、ギルバートは茫然と今は盛りと咲き乱れる花々を見詰める。
 何処か切なげに揺れる金に、ブレイクは彼が何を思い出しているかを知る羽目になり、微かに口角を引き上げた。
 今此処に存在しない相手に、対抗してどうしようと言うのか、とぼんやり考えながらブレイクは身を屈めると、ほんの悪戯心と言う名の許に、柔らかな少年の唇に己のソレを重ねてみる。
 間近に見える金の瞳の中に映るものが、先程まで映していた鮮やかな花ではなく、自分の姿に変わった事に満足してブレイクは溜飲を下げるように離れれば、声を無くしたように自分を見詰めるギルバートの頬へと手を伸ばしていた。

「薔薇の下での出来事は、全て秘密なんデスヨ……」

 呪いの言葉のように耳元へと囁きを落とし、ブレイクは再びギルバートの唇へ己のソレを重ねていった……――――――――――。

☆☆☆               

Under the Rose(VG)






「…ギル…?いないの……?」

 ノックをすれども応えはなく、当然施錠している訳ではないドアを片手で開け、ヴィンセントは兄の部屋へと歩を進めていった。先刻、使用人から兄の帰還を聞いた為、不在と言う事はないだろうが、室内に兄の姿はなく、ヴィンセントは僅かに眉根を寄せる。
 銃の扱いを覚えた兄は、此処のところ当主である義父の命令の許、外出する事が多くなっていた。
 ナイトレイ家の養子になった以上、勤めは果たさなければならない事は判ってはいるものの、実際のところヴィンセントには面白い事ではない。
 兄の目的が、彼の主をこの世界に戻す事である事は判っている。だからこそしょうがない事なのだが、折角共に暮らせるようになったと言うのに、つまらないと言うのがヴィンセントの本音だ。
 兄の主と言う存在がなければ、こうして彼を自分の許へ来させる事などできなかったかもしれない事は十分承知しているが、自分がこうしてギルバートと離れる時間を持つ最たる原因がその主に起因する事な為、時々ヴィンセントは兄の主に対して悪感情を持たざるを得ないのだ。
 昔から、誰かの為に生きている兄の姿は、愚かしくも愛しい。
 漸く取り戻せた、自分にとって唯一無二の存在であるギルバートを、ヴィンセントは手離す気など全くなかった。

「ギル…?」

 再度名を口にするが応えはなく、ヴィンセントは益々眉間に皺を寄せると、ベッドルームに続くドアへと向かう。
 兄へ見せようと庭師に頼んで切って貰った花の存在が、既に邪魔に思えてくるが、兄の喜ぶ顔を想像する事で、握る指の力を緩める事に、ヴィンセントは耐えた。

「…ギル…?」

 中央に設えられたベッドの端に見慣れた黒い癖毛が視界に入り、ヴィンセントは直ぐに破顔する。
 漸く見つけた兄の姿にヴィンセントは急いでベッドへと駆け寄るが、そこにはくったりとベッドに横になっているギルバートの姿あるだけだった。

「…無理、するからだよ…」

 色の悪い顔の兄の額へ掛かる髪を指先で掬い上げながら、ヴィンセントは何の感情の篭らない表情でポツリと呟きを落とすと、手にしていた薔薇の花を兄に掛からないようにベッドの上へと撒き散らす。
 主の為だと言う事は判る。だからと言って自分が壊れたら、元も子もないだろう。
 それ以前に、そんな事は自分が許せることではないと、限界を自覚せずに無理をし続ける兄へとヴィンセントは冷ややかな視線を向けた。

「…僕がいるのに、ね……」

 自分にはギルバートがいればそれで十分なのに、何故兄はそうではないのかと、ヴィンセントはぼんやりと考える。
 誰よりも何よりも大切で愛しい存在。

「…兄さん…ギル……」

 疲労からか深い眠りについている兄のを口にしながら、顕になった額にキスの唇を落とすと、ヴィンセントはベッドルームを後にした。

☆☆☆                

本誌7月号のネタバレを含みます。
未読の方
ネタバレいや〜んの方は、回れ右でお願いいたします。
















Under the Rose(JG)




「…マスター!…マスター、何処においでですか…?」

 テラスでティータイムを摂ると告げていた筈の主のリクエスト通りトレイに、ティーセット一式を準備してきたギルバートの前には、つい先刻まで在った筈の主の姿はなかった。
 こう言ったことは良くある事であり、ギルバートはキョロリと一回り周辺へと視線を巡らせるが、当然主の姿はなくとトレイを手にしたままテラスから続く庭へと足を向ける。

「マスター!?」

 幼いギルバートにティーセット一式準備は重いだろうからと、彼の主であるジャックはティーカップだけを所望するのだが、折角なのだから美味しいお茶を飲んで貰いたいとギルバートはその言葉に甘える事ができず、結局重いトレイを抱える事になるのだ。いつもであれば、そのままテーブルに置いてしまうところだが、主が庭で楽しみたいと言うかもしれないと、ギルバートはトレイを手にしたまま主を呼ぶ。
 何処まで行ってしまったのか、ギルバートの声に応えはなくギルバートの表情は不安げなものへと変わっていった。
 ベザリウス家は弱小とは言え貴族であるし、跡取りではないとは言え、主人にはそれなりの身分もある。
 トレイの重みのせいで覚束なくなってしまっている足取りのまま、ギルバートは半ば泣きそうになりながら主人の姿を捜す事になった。

「…マスター?…どちらですか……?」

 一先ず屋敷に戻って誰かを呼んだ方が良いのかもしれないとギルバートが思い始めれば、

「ギルバート、こっちだよ」

 ガサリとギルバートの背後にあった茂みが揺れ、それと同時に彼の主が顔を出す。

「ひゃぁっっ」

 すっかり耳慣れてしまった主の声があったとしても無防備な背後からの物音に、ギルバートの小さな肩が跳ね、その拍子にその小さな手に握られていたトレイのバランスが崩れた。

「ごめんごめん。驚かせたね」

 己の手からトレイが離れてしまった後の衝撃音を待ちながら顔を青褪めさせたギルバートだったが、それは相変わらず穏やかな主人の言葉と背後から伸ばされた手によって、回避され事となる。

「…重いのに、大変だったね……」

 言いながら片手でトレイを持ち上げ、ジャックが上から覗き込むようにギルバートを伺えば、彼の小さな従者はクシャリと顔を歪めていた。瞬間、ヤバイとジャックは空いている方の手でギルバートの身体を自分の方へと引き寄せる。
 ふるりと幼い肩を震わせる従者の姿に、ジャックは膝を折るとトレイを足元に置きその小さな身体を両腕でしっかりと抱き寄せた。

「…ごめんね、ギルバート」

 驚きと失態を主人の手によって回避させてしまった事に動揺しているだろう事は明らかだ。
 ギルバートを驚かせようと思って席を外していたジャックではあったのだが、こんな驚かせ方をする予定ではなく、まして泣かせる気など毛頭無かったのにも関わらず、この状況では言い訳は利かない。
 無駄に広く作られた庭の一角に、ジャックの好みで創った小さな庭園にギルバートを連れて行こうと思っただけだったのだが、こんな事ならば彼が戻ってくるのを待つべきだったとジャックは心の中で溜息を吐く。

「…本当に、ごめん」

 柔らかな癖毛を撫で付けながら耳元に謝罪の言葉を落とせば、フルフルと小さな頭が振られた。必死になって涙を止めようとしているのだが、止めることができずにいるのだろう。そんな可愛い従者の姿にジャックは不謹慎にも微笑を浮かべると、小さな身体を抱き上げた。

「!?」

 驚きに涙に濡れた顔を上げたギルバートにジャックは目を細めると、トレイをそのままにして歩き始める。

「折角だから、確かめに行ったんだ。ちょうど見頃になってたから、ね…」

 驚愕の表情で自分を見つめるギルバートにジャックは笑みを浮かべると、彼の身体を抱き上げたまま目的地へと向かった。
 自分の言葉に眼を瞬かせる従者に、ジャックは笑みを深める。

「ギルバートが、今年初めてのお客様だよ…」

 色取り取りの薔薇が咲き乱れる小さな庭に辿り着くと、いつしか涙の止まっていた小さな身体をジャックは降ろした。

「…うわぁ……」

 吃驚したと言わんばかりに口を小さく開け、周囲を見回すギルバートをジャックは満足そうに見つめると、その小さな手を取って中へと促す。そうして、中央に設えられた薔薇の蔓で作られたアーチの下のベンチへと腰を下ろすと、自分の膝の上へとギルバートを抱き上げた。

「…マスター…?」

 主人の膝の上に乗るなんてあって良い事ではないのだが、時折こうしてジャックはギルバートを構う事がある。ギルバート自身嫌ではないのだが、やはり立場上良くない事であり、かと言って主の手を振り切ることもできず、身を固くするギルバートにジャックは柔らかな髪に指先を絡めながら、口を開いた。

「…薔薇の下での出来事は、全て秘密、なんだよ」

 密やかな声音がギルバートの耳へと届き、その内容にギルバートが眼を見開いて主を伺う為に首を巡らせば、暖かなモノが唇へと落とされる。ぼやける視界の先には、見慣れたエメラルドが煌いていて、いつしかギルバートの双眸は閉じられていた……――――――――――。




FIN


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あきゅろす。
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