長い夢(シンドバッド)
仮面を被ってしまえば、私は、気づかれないのか。
当然だ。
頭部をすっぽり覆えるお面を被れば、身体的に特徴がない限り気づかれない。
「え、花をくれるのか?」
ありがとう!と明るく笑ったアリババさんに私は仮面の下で同じように笑った。
抱えきれない程の花飾りを持って色んな人に花を配る。
誰も私に気付かない。
少し悲しいけど、同時に私に勇気をくれる。
飲んで笑って踊る人達に混じって、私も歌って踊ってくるくると回った。
今なら何をしてもいいのだ。
「こっちにおいでお嬢さん」
上機嫌な男の人の声が喧騒の中でも凛と響いた。
声のした方向を見ると、綺麗な踊り子を侍らせたシンドバッド王が一目で酔っていると分かる状態で両手を広げて私の方を向いていた。
「そう、君だよ」
迷ったけど、こんな仮面をしている今だからこそ普段近づけない王様に近づけるかも知れないと決意し、花飾りを握りしめて王様に歩み寄った。
「はは、捕まえたっ」
ギュッと抱きしめられると素肌が触れ合い、感じたことのない感触に体がぞわっとした。
慌てて王様の胸板を叩いて拒否の意を唱えるが、その力は弱まらない。
「無駄な抵抗は止した方がいいですよ。こうなったシンは止められないですから。わかっていながら何故近づいたんですかなまえ…」
「え、ジャーファルさん気づいてたんですか!?」
王様の腕の中で思わず叫ぶとジャーファルさんが呆れたようにため息を吐いた。
「気付かない訳がないでしょ…「いけない娘だなぁなまえ。まずは俺のところに来るべきだろう?」
ジャーファルさんの言葉に被さるように酔った王様が私の腰を撫でながら仮面を外した。
ひらけた視界に自分の置かれた状況をまざまざと見せつけられて顔に熱が集まる。
「悪い娘にはお仕置きだなぁ…」
王様の片手が私の頬を強く掴んで、ゾッとするような目で射抜く。
「あぁ、シン、やり過ぎはいけませんよ」
踊り娘さんたちのクスクス笑い
楽器の音
食器の音
喧騒
視界がぼやける
逃げないと
この人に捕まってはだめだ
逃げないと
「…………っ!?」
ひっと自分の詰めた息の音で視界がクリアになった。
反射で体がびくりと震えて、漸く自分が横たわって眠っていたのだと理解した。
「ん?起きたのか?」
「…!お、王様…?」
寝汗が酷いぞ、と王様が額に張り付いた髪を笑顔で払ってくれた。
「なんだかうなされていたが、悪夢でもみたか?」
優しく諭すような口調で背中を撫でる王様に申し訳なさがこみ上げた。
「は、い、少し…。でも大丈夫です…。ところで私は何故……」
何故王様と一緒にいるのですか、と口に仕掛けて何を言ってるのだと口を閉じた。
私は王様の側女だ。
「ん?どうした?」
「あ、いえ…。なんでもないです…」
重たい頭を右手で押さえていると王様が具合が悪いのか?と心配そうに覗き込んできた。
「いえ、大丈夫です…」
与えられる口付けに応えながら、さっきみた夢の内容について起きた時はあんなにハッキリ覚えていたのに今はすっかり忘れてしまった自分に不安を感じた。
長い夢
どうかこのまま覚めないままで、幸せを抱いて眠りたい
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