[携帯モード] [URL送信]
歯車[恭一郎(Zippy)]
阿佐ヶ谷Zippy、恭一郎の夢。実はいとこの兄妹。切な系。桐子好きは見ない方がいいです。




ほんの少しの小さなズレで狂っていく歯車。

とても危うくて、脆い歯車。

けれど、その危うさが繊細さをうみ、巧みに動く要素となる。


それはまるで私達のようだね。

ほんの少し手を伸ばせば届く距離にいるのに

この手で触れた瞬間に狂ってしまう歯車のように

貴方に触れた瞬間に壊れる私と貴方の関係。


とても心地が良い筈のこの位置が今はとても怖い。

ずっとこのままでいたいと思いながら

心のどこかで歯車がズレる事を願っているから。

ねぇ

歯車が狂った時

貴方は私から離れてしまうの?

それとも――


傍に…いてくれる?


<歯車>


「ふんふふふ〜ん♪」

台所で小躍りする兄に起きて来たライラはやや頭を抱える。

「今日はいつにも増して気味が悪いね。」

挨拶もなしに発せられた第一声に戒狷は溜め息をはく。

『…おはよう、ライラ。
否定はしないけれど、今日くらいは大目に見てあげてくれるかしら。』

「何? もしかして桐子さんとデートとか?」

恭一郎が作った無駄に気合いの入った朝食をつまみ食いしながらライラが言うと

「デデデデデデートっ!?」

恭一郎が過敏に反応する。

「あれ、本当にそうなの?」

『えぇ、正確には桐子さんの買い物に付き合うだけみたいだけれどね。』

「ふーん…、それでも進歩したもんだねぇ。」

なおもつまみ食いしながら呟くライラに戒狷は再び溜め息をはく。

『行儀悪いわよ、ライラ。』

「良いじゃない、別に。」

そう言いながらライラは自分達の会話も耳に入らない浮かれっぱなしの恭一郎を見やる。

「いやいや、デートとは言っても荷物持ちのようなもので…でも、きき桐子さんと二人っきりなら…!」

やや面白くないような顔をするとライラは恭一郎に近付いて行き

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

くいくいっと袖を引っ張る。

「ん? どうした、ライラちゃん♪」

「あのね、言いにくいんだけど、今のお兄ちゃんって。」

言い難そうにもじもじする妹を“可愛い”等と恭一郎が思っていると

「ハッキリ言って、ウザイ。」

満面の笑みでどキッパリと言うライラ。

恭一郎のダメージは99999くらいだろう。

「う……ざ…い……。」

涙を流しながら真っ白状態の兄に満足するとライラは朝の身仕度をし出す。

《相変わらず恭一郎には容赦ないわね。》

相変わらずな兄妹に戒狷は朝から何度目かの溜め息を吐いた。


それから戒狷のフォローで何とか復活した恭一郎は張り切って家を出て行った。

「……………。」

その後ろ姿をライラは自分の部屋の窓から眺める。

その切なそうな瞳を見て戒狷はそっとの部屋に入るとライラに問う。

『良いの? ライラ。』

ライラは戒狷の静かな問いに一瞬ビクッとする。

「…何の事?」

だが、すぐに誤魔化すように笑うライラの哀しい笑顔に、戒狷はただ黙って寄り添うように座った。

『何でもないわ。』

恭一郎がいる時には絶対にない静寂が流れる。


恭一郎を兄として見なければならないライラの苦痛、それを戒狷は知っていた。

ライラの心の奥に秘められている想い。

儚くて今にもくるいそうな歯車を、必死で抑えるライラ。

それは見ていて痛々しい程のものなのに、ライラは誰にも気付かせずにいた。


いつからだっただろうか

こんな苦しい想いを抱くようになったのは。


――恭一郎が好き――


兄としてではなく、一人の男性として。


それはいつからかライラに芽生えた感情。

最初は純粋に兄として好きだった。

そのままでいたかった。

けれど、一度抱いた想いはそう簡単に消えてはくれなくて。

恭一郎とライラが義理の兄妹という事実がその想いに拍車をかけた。

「いっそ…本当に血が繋がっていれば良かったのに。」

『ライラ…。』

ふと呟いた哀しい想いに戒狷は心配そうにライラを見つめる。

「あ、違った。血は、繋がっているんだよね…いとこ…なんだから。」

自嘲気味に笑うライラに戒狷は言葉をなくす。

戒狷はライラの想いも、恭一郎の気持ちも、知っているから。


『…ねぇ、ライラ。』

暫くの沈黙の後、重い口を戒狷がひらく。

『もし、恭一郎もライラを女性として好きだって言ったら…どうする?』

「え…?」

思いもよらない戒狷の言葉にライラは一瞬思考が停止する。

「そ、そんな事ある訳ないでしょ。
だって、お兄ちゃんには……桐子さん…が、いる…んだから。」


自分に言い聞かせるように言うライラに戒狷の方が泣きそうになる。

胸が締め付けられるようで、戒狷は意を決した。


『ごめんなさいね…本当は言ってはいけないのかもしれないけれど。』

目を伏せながら戒狷はポツリと呟くように話し出す。

『恭一郎が桐子さんを好きなのはカモフラージュよ。』

「…っ……。」

戒狷の言葉に困惑した表情を見せるライラ。

それに構わず戒狷は言葉を続ける。

『恭一郎もライラと同じよ。兄妹という歯車が狂うのを怖がってる。
けれど、心の奥ではライラの事…。』

そこで戒狷は言葉を止めた。

この先は自分の言うべき台詞ではない。

言わなくても、ライラは理解しているから。

『ここから先、ライラがどうするかは貴女次第よ。
でも、忘れないで…私はライラの味方だから。』

困惑し戸惑うライラに戒狷はそう優しく告げる。

「うん、ありがとう…戒狷。」

ライラは瞳を閉じて戒狷に寄り掛かる。


自分が行動すれば、確実に傷付く人がいる。

例え気持ちが通じていても

否、通じているからこそ恭一郎が自分から離れてしまう可能性もある。

それらをふまえた上で
自分はどうしたいのだろうか。

ライラは心の中で自問自答を繰り返した。


「ライラちゃーん、お土産だよ〜♪」

デートから帰ってきた恭一郎が玄関からライラを呼ぶが返答はなし。

「? ライラ…?」

いつもならお土産と聞けばすぐに出迎えてくれるライラが現れず、恭一郎の顔が険しくなる。

『…そんな顔、ライラには見せられないわね。』

そこへ戒狷が現れ、そんな台詞を投げ掛ける。

「戒狷。ライラは?」

『心配しなくてもいるわよ。自室に行けば…いるわ。』

「? あ、あぁ。」

何かを含んだ言い方をする戒狷に眉を寄せながら恭一郎はライラの部屋へと向かう。

すると。

「♪ずっと見つめてた 頼もしい背中は♪
♪いつの頃からか 愛しい背中に♪」

聞こえてきたのは澄んだ歌声。

「♪何故あの時のままで いられなかったのだろう♪
♪変わってしまった情愛に 涙が零れた♪」

とても綺麗なのに

聞いていると切なくなるような歌声。

「♪私は怖いの 歯車が狂ってしまうのが♪
♪私は恐いの 貴方の傍にいられなくなるのが♪」

ライラの奏でる歌に恭一郎はドキリとし、固まる。

もしかしたら、ライラは自分を…。

そんな思いが心を過ぎる。

「♪溜め息混じりに呟いた “好き”の言葉は♪
♪貴方に届かぬまま 儚く空気に溶けた♪」


『哀しい恋歌ね。』

後ろから現れ呟く戒狷に恭一郎はハッと我にかえる。

「…ライラって浄化する時以外も歌うのか。」

努めて冷静に、初めて聞いた妹の歌声に対して感想を言う。

それが冷静ではない事を物語っているとも気付かずに。

《普段の恭一郎なら飛び込んで行って絶賛するでしょうからね。》

狂い始めた歯車を感じ戒狷は少し複雑そうな顔をした。

『ライラ、恭一郎が帰って来てるわよ。』

部屋のドアを開けて戒狷が言うと恭一郎の顔を見てライラは一瞬後退りした。

ライラは恭一郎に聴かせるのではなく自分の中に想いを閉じ込める為に、この歌を唄ったのだろう。

少しの沈黙の後、ライラはすっと恭一郎の前に片膝をつく。

「【私が唄う恋歌は貴方だけに捧げたいのです。
ずっと…ずっと昔から貴方だけをお慕いしていました。
どうか他の誰でもない私を見て頂けませんか?】」

「……………。」

絶句する恭一郎を見てライラは突然くすくすと笑い出した。

「今度、演劇部でやるヒロインの役なんだけど、どう?」

「へ?」

台本を見せながら言うライラの言葉に恭一郎は間抜けな声を出す。

「何だと思ったの、お兄ちゃん?
あ、それよりお土産は?」

いつも通りのレインの態度に少し複雑な思いをしながら恭一郎もいつも通りになる。

「あぁ、ちゃんと買って来たぜ。
好きだって言ってた店のケーキ。」

「わぁ、ありがと! 早速食べようっと♪」

ケーキを受け取りキッチンへ行くレインを見つめる恭一郎に、突然戒狷が台本を広げて見せる。

『見て、恭一郎。この部分、台本では【ずっと昔から〜】ではなくて【初めてお逢いした時から〜】になってるわ。
それにここも【他の誰でも〜】は【身分など関係なく〜】だわ。』

「………。」

ほんの少し台本と違う台詞、それはレインの本音。

狂いかける歯車を必死で抑えようとしているレイン。

それを知った恭一郎。


《ごめんなさいね、桐子さん…私はレインの想いを壊したくはないから。》

歯車は既に狂い始めた。


否、自分が狂わせた。


それを悟った戒狷はそっと心の中で桐子に謝罪した。

戒狷にとっては桐子よりもレインの方が大事だった。


だから
歯車を狂わせる
きっかけを与えた。

でも、後の展開は二人次第。


《どうか私の大切な人達よ、幸せに。》


そう心から願いながら

戒狷は二人を温かく見守るように

今までとは少し違う日常に戻ったのだった。



2007.1.9.初出
2017.06.14.再掲載

戻る

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!