[携帯モード] [URL送信]
絆の証[星刻×天子(ギアス)]

「ねえ、星刻様がお見合いをなさるって本当かしら」
「お相手は高官のご令嬢らしいわよ」

――星刻が、お見合い……?
廊下でそう女官たちが話しているのを聞いて、天子は思わず足を止めた。

いつも忠実に自分に仕え、浮ついた話の一つも上がることのなかった真面目な星刻。だが彼の年齢を考えればもう妻を娶っていてもおかしくはない年だ。縁談の話が持ち上がったとしても何ら不思議ではない。
だが天子にとってそれは殴られたかのような衝撃であり、動揺のあまりその場に立ち尽くすことしかできなかった。

星刻が結婚……。そう考えただけで息もできないほどに苦しくなり、ぎゅっと着物の胸元を掴んで唇を噛み締めた。

「でも意外ですわあ。星刻様はてっきり天子様のことしか頭にないのかと思っていましたのに」
「確かに天子様への忠誠心は並々ならぬものがあるようですけど、やはりそれと恋愛は別物でしょう。天子様はあくまで天子様、恋も結婚もできないのですから仕方がありませんわよ」

女官たちの言葉が鋭く胸に突き刺さる。天子は痛む心をなんとか押さえ付け、女官たちに見つからないよう足早に廊下を後にした。



「どうなさいましたか天子様。本日は顔色が優れないようですが」
「えっ……」

星刻に気遣わしげな声をかけられて、天子はビクリと筆を持つ手を止めた。

十六歳となり国家の代表として少しずつ政務を任されるようになった天子は、この日も執務室に籠もり仕事をしていた。けれど昨日女官たちから聞いた話が頭の中にこびり付いて離れず、普段のように仕事に集中することができなかった。昨晩はあまり眠ることができず今朝もほとんど食事が喉を通らなかったから、彼の言うように顔色も悪くなっているのかもしれない。
天子は持っていた筆を硯の上に置き、「すみません」と小さく項垂れた。

大きな執務机に座り俯く小柄な主の身体を心配し、星刻は労わりを込めた言葉を紡ぐ。

「本日は急ぎの仕事もありません。ご気分が優れないようでしたらどうかお休みになられてください。後程お部屋に医者を伺わせますので」
「いえっ、大丈夫です。私は平気ですから。ごめんなさい、心配をかけてしまって」
「そうですか? ならば良いのですが……」

慌てて病気ではないのだと否定する天子に対し、星刻は安心したように目許を緩め微笑んだ。そんな表情を見る度に星刻の自分に対する優しさや思いやりを感じて天子は胸が温かくなる。
けれどすぐに昨日のことが頭をよぎり、また陰鬱な思いで心の中がいっぱいになってしまう。

「天子様? 何事か心を煩わせることがおありなのですか」

星刻はすっと天子の傍らに跪き、悲しげに俯く主の顔を覗き込んで問うた。

「どうかお話ください天子様。この私にできることがありましたら、何なりとお力になりましょう」
「星、刻……」

どこまでも優しく労わるように見つめてくれる星刻に、天子はしばし躊躇いながらも思い切って口を開いた。

「その……星刻は、お見合いをするのですか……?」
「は?」

天子の口から放たれた言葉が予想外のものだったのか、星刻はきょとんと目を丸めてその場で固まってしまった。呆気にとられたというような星刻の反応を見て、天子は自分がおかしな質問をしてしまったのかと思い心配になってしまう。

「えっと、星刻……?」
「ああ、すみません、つい。天子様……一体どこでそのようなお話を?」
「昨日女官たちが噂しているのを聞いて、あの……気になってしまって……」

恥ずかしくてぼそぼそと小声で言い募る天子に対し、星刻はわずかに両肩を落とし溜息を吐いてから答えた。

「その話でしたら断りました。今は公務が立て込んでおり忙しい時期ですので、縁談については考えられないと」
「っ、そうなんですか!?」
「はい。ですから天子様がお気になさることではありません。どうやら私のせいで天子様にいらぬご心配をおかけしてしまったようですね。申し訳ございませんでした」

天子の心を煩わせていたのが自分自身であったのだと分かり、星刻はなんとも複雑そうな面持ちで頭を下げた。

「それにしても宮中で天子様のお耳汚しになるような噂を流すとは……その女官たちにも後で言っておかなければ」
「星刻、どうか怒らないであげてください。彼女たちはきっと私が聞いているとは知らなかったのです」
「天子様がそうおっしゃるのであれば……」

星刻がお見合いしないのだと分かっただけで天子は満足だったし、女官たちのことを責めるつもりもなかった。星刻の答えを聞いてひとまずホッとした天子だったが、それでも一抹の不安が脳裏を掠める。

「今は見合いはしない」と星刻は言ったが、それは時期がくればやはり彼も誰かと結婚するのだということだ。
いつか星刻の前に相応しい女性が現れたなら……それはそう遠くない未来に訪れるかもしれない現実だ。想像するだけでまた胸が苦しくなってしまう。

未だ浮かない顔つきの天子を見て、星刻も心配そうに眉根を潜める。

「天子様?」
「あ……ごめんなさい星刻。なんていうか……もし貴方が結婚したなら、私たちはもうこんなふうに一緒には居られなくなってしまうんじゃないかって、そう考えたら急に寂しくなってしまって」

いつも天子のことを一番に考えてくれる星刻。けれどいつか愛する女性を見つけ新しい家庭を手に入れたなら、彼にとっての『一番』は自分ではなくなってしまうかもしれない。
これまで築いてきた彼との関係が変わってしまうような気がして、彼の心が自分から離れていってしまうような気がして……。そんな日が訪れるかもしれないということが寂しくて、言いようもないほどに悲しかった。


何よりも大切で誰よりも大好きな星刻。けれどこの想いが貴方に届くことはない。どんなに深く思い合っていたとしても、私たちはただの主従なのだから。

それ以上の二人には、永遠になれない――。


悲しげに瞳を潤ませる天子だったが、星刻はそんな不安をすべて断ち切るような力強さで言った。

「天子様、どうかそのようなお顔をなさらないでください。この先何があったとしても、私が貴方を想う気持ちは生涯変わることはありません。たとえ誰を妻に娶ったとしても、私にとって最も大切な存在は貴方なのです」
「星刻……」
「私のこの身も命も魂も、すべては貴方に捧げております。――もし貴方が望むのであれば、私はこの先誰とも婚姻はいたしません。貴方一人のためだけに生涯尽くしていくことを誓いましょう」
「そ、そんな……っ!?」

本当に、この先誰とも……? 一瞬それでいいのかと天子は問いかけようとしたが、どこまでも熱く真剣な星刻の眼差しを見て、彼は本気でそう言ってくれているのだと気付いた。

痛いほどに感じる星刻の真摯な思い。そこに嘘は一つもなかった。

「私にとって大切なのは貴方が幸せであること、貴方が微笑んでいてくださることです。そのためになら私はどんなことでもいたしましょう。ですから天子様、どうかそのように不安げな顔をなさらないでください。私にとって、貴方以上に愛しいお方などこの世界に存在しないのですから」
「っつ……!」

『愛しい』という言葉が耳に触れた瞬間、天子はどきりと胸を高鳴らせた。それが彼の純然たる忠誠心から出た言葉だと分かっていても、その甘やかな響きに身体中が熱く火照ってしまうのを止められなかった。真白い頬が紅潮し、嬉しさと恥ずかしさが一気に溢れ出していく。

「私はいつまでも貴方のお傍に居ります。だから……どうかいつものように笑ってください、天子様」
「星、刻……」

優しげに眦を緩ませる星刻を見て、天子もまた嬉しそうにふわりと微笑んだ。不安な気持ちはいつの間にかすっかりなくなっていた。


彼はいつまでも、何があってもそばにいてくれる。自分を一番に想っていてくれる。それが何にも代えがたい幸せだと思えた。

彼の想いをこうして感じられるのであれば、もう望むものはなにもない。なにもいらない。星刻。


「ありがとう星刻。これからもずっと一緒にいてね」
「はい、天子様」


二人きりの執務室で、くすぐったい思いに微笑み合う。はにかんだ視線の先に映るものは、嬉しそうな互いの笑顔だけ。



愛よりも深き想いを重ね合って、二人の未来は永遠の調和を奏で続ける。

互いの存在を幸福の糧としながら、いつまでも――。



【絆の証】



End



アンシンメトリーの結咲絢様から頂いたコードギアスの星刻×天子の小説。私も小説に合わせてイラストを描かせて頂きました。
悩む天子ちゃん可愛いですよね!愛しいという言葉に反応するのも恋する乙女らしくて良いですし、天子だけって言い切れる星刻も素敵ですね♪良いなぁ、こういう主従…。
絢ちゃん、素敵な小説をありがとうございました!!


あきゅろす。
無料HPエムペ!