時過ぎし神尾
『かーみおくーん
あっそびましょー!』
ダダダダという効果音が似合いそうな程音を立ててやってきたコイツ。にこにこと笑いながら、さっきのセリフを恥ずかしさのかけらもないのか、走りながら言ってきた。肩に掛けてあるテニスバックがずり落ちないようによいしょ、と空中に浮かせるようにしながら元の肩の位置に戻す。
「生憎、俺は今から部活なんだよ」
『酷い、私という女がいながら、違う男を選ぶのね!』
「誤解を招くような言い方はやめろ」
『なら遊んでよー』
駄々っ子のように言うコイツの名はみょうじ なまえ。
昔のくだらないテニス部が潰れ、今の真面目なテニス部が出来たときに手を叩いて喜んだ数少ない俺達のあの頃の味方だ。暴力事件で新聞にいい様にたたかれた俺達を唯一、『そんな人物じゃない!』と凄い剣幕でまるで自分がけなされているかのように怒って庇ってくれた人物でもある。
「俺が部活好きなの知ってるだろ」
『テニスと私、どっちが大切なの!?』
「テニスだろ。」
『だよねー。言うと思った。』
大層ショックを受けていないような顔でみょうじはまたへらっと笑った。コイツの笑顔は何故こんなに眩しい。謎で仕方ない。
『んー、じゃあ明日遊んでくれるかなー?』
「無理」
『ノってよ神尾君』
「明日も部活。」
『ちぇ、楽しくないー』とみょうじは顔を軽く膨らませながら言った。それに「いつものことだろ」と返せば、『いつものことだね』といつものように諦めて言った。
来週から全国大会が始まる俺達には時間がない。今の実力で全国に通用するとは思うが、それでも力を伸ばしたいのだ。立海にあっさり負けてしまった関東大会とは違うのだ。それをしらしめてやりたかった。
『じゃあ、暇になったら遊ぼ!
ね?』
「暇に…なったら、な。」
やった!とまたにこにこと笑ってみょうじは子供のように喜んだ。そう、まるで子供のように表情がくるくると変わり、偽ることを知らないかのような子供。『じゃあね!』とまたダダダダと走りながらみょうじは去った。嵐が去ったような感覚と寂しいような孤独感と喪失感。
「神尾、部活行くよ」
「おう」
「みょうじと遊びたいなら大会終わってからだよ」
「聞いてたのか!?」
「そりゃあ、みょうじはあれだけ騒いでるから聞こえるのは当たり前じゃん。それとも俺が盗み聞きしてたと思ったの?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「まあしてたけど」
「してたのかよ」
そのあと深司をどつきながら、部室を二人で目指す。
明日もみょうじは俺のところに来るんだろうな、とか思いながら。
それで少し嬉しくなるような気持ちになったことは今は気づかないフリをしておこう。
時が過ぎれば嬉しさは愛しさに
(神尾ってさ、)
(何だよ)
(みょうじのこと好きだよね)
(っ、はぁああ!?)
(見え見え。両思いだし告っちゃえば?)
(お、)
(“お”?)
(俺の気持ちを勝手に理解すんなぁあああ!)
(それは無理だって)
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