涙に沈む亜久津
『亜久津、煙が目に染みる』
「ならどっかにいきやがれ」
すぱー、と口から煙草を離して口から白い煙を出せば隣に座っているみょうじが文句を言ってきた。目に染みるとか何とかいったそいつは目をごしごしと擦りながら俺の隣でもぞもぞとしている。
ったく、何なんだ。
昼休みに屋上に行き、誰もいないことを確認すると(いたとしても追い出してた)、俺は胸ポケットに入った煙草を取り出し、火をつけた。
そこまでは普通の毎日と変わらなかった。
その直後だ。みょうじがいきなり来て、俺の2m隣に座ってはぁ、と溜息をつきだした。白いスカートを抱えるようにして座るみょうじはいつもと違い、テンションが低い。
はぁ。
空を見上げれば溜息を漏らし、緑色のフェンスの隙間から見える景色を見れば溜息を募らせ、屋上の敷き詰められているクリーム色のタイルを見れば溜息をつく。
「欝陶しいんだよ。落ち込みてぇならテメェ一人で落ち込め」
『だから一人で落ち込んでるんじゃん亜久津ばーか』
「俺に八つ当たりすんな」
『亜久津、煙草の火 消してよ。目に染みる』
余りにもいらっときたものだから隣を向いて文句を言おうとした。言おうとしたのだ。
それなのに、みょうじは目に涙を溜め、“目に染みる…”とぼそりと呟いている。
……ったく、何なんだ。舌打ちをしたい衝動に駆られる。
俺はもう一度だけ煙草を吸い、すぱーっ、と煙を吐き出すとクリーム色のタイルに煙草を押し付け、火を消す。これが今日持ってる最後の一本だ。
『わ、消してくれんの?亜久津やっさしー』
「テメェが五月蝿ェからだろうが。」
軽く毒づけば、“それでも亜久津は優しいよ”とみょうじは返した。
言葉を返したみょうじは膝を抱え込み、顔を膝に強く押し付ける。まるで、顔を見せないかのように。
直後、昼休み終了の鐘が鳴り響き、5限目が始まった。こいつは俺と比べればそれなりに優等生で。そのこいつが授業をサボるという行為が珍しくて仕方ない。
『千石ね、』
涙声になりながら、みょうじは誰かに話し掛けている気はないようにぽつりぽつりと喋り出した。周りには誰もいないように、ただ自分の気持ちを整理しようと独り言を呟いているかのようだった。
何で俺がそんなことを聞かなきゃいけねぇんだ。
そう思って立ち上がろうと頭は考えたのだが、身体が言うことを聞かず、この場にいることを望んだ。
チッ、まあ いい。
俺は聞いていないフリでもしていればいいだけのことだ。
『好きなおんなのこが、居てね、』
「……」
『相槌ぐらい打ってよ亜久津』
独り言じゃねぇのかよ。“聞け”とも言わなかったくせに威張るな。
別に聞きたかった訳じゃない。ただ、みょうじが語り出しただけだ。
「俺に聞いてほしいのかよ」
『でね、今日の朝、朝練に見に来てたから、』
「(無視かよ…)
……ああ。で?」
『告白…したんだって。』
消え入りそうな声でみょうじは言った。
ああ、そういう訳か。
要するにみょうじは千石が好きってことか。で、千石が自分じゃない相手に告白してショック、という辺りだろう。
「断ったのかもしれないだろ」
『……OKしたんだって』
横目でみょうじを見れば、やっぱり顔は膝に埋もれている。時折、 ぐすっ と鼻を啜る音が濁って聞こえた。
と、いうより何で俺はこいつの恋愛相談相手になってるんだ。馬鹿馬鹿しい。
『千石、好きだったのになぁ…』
顔を上げてみょうじは優しく呟いた。
目は涙で潤んでいて、頬は涙のあとが残っている。
「──っ、」
素直に思った。
綺麗だと。美しいと。
見とれた。あまりの綺麗さに。あまりの美しさに。あまりの儚さに。
『ごめんねー、亜久津。
愚痴を聞かせちゃって!でもさ、亜久津に話してたらなんだか千石なんてどうでもいいような気がしてきた。ありがと』
「…俺は何にもしてねぇ。」
『聞いてくれたじゃん。
よし、あたしの今流したのは千石への気持ちってことで。あたしはもう千石を好きじゃない。よし!』
女は男より劣る。力でも、体格でも、だ。
だが、女はこういうものには強い。これだけは男は女には勝てないだろう。
『だけど、今だけは大好きだよ千石のアホ…』
涙が渇けばみょうじは千石を好きじゃないと言った。 これが千石への気持ち だと。
皮肉なものだ。
みょうじが千石に失恋したその日に俺はみょうじに恋をした。
涙に沈む
(お前の涙に、
俺は沈む)
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煙草は20歳からです、良い子は吸わないでねー。
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