窓の向こう(異聞) 異聞 公園で遊んでいた女の子を攫ったのはペットの犬を亡くしたからだった。 家の地下室で飼いはじめたものの、ちっとも懐かないので両目を潰してみた。すると少女はすっかり従順になり、ペットとして相応しい態度をみせはじめたのだった。 食事は一日二回。仕事に行く前と帰った後に与えた。 出入り口は一つだけ。私が現れそして消える、鍵の掛かったドア。 少女に名前はない。私はペットに名前をつけない。 二年が経った。 ふと思いついて地下室の壁に羽目殺しの窓を打ちつけた。 もちろんただの飾りだ。向こうには何もない。 少女にはこういった。 「窓の向こうは海だよ」 五年が経った。 精神安定剤として与えたペットの猫を抱えて少女はいつも窓の前に座る。 そして膝の上の猫に、窓の向こうの海のことを嬉しげに語りかけるのだ。 聞こえるはずのない潮騒を聞きながら。 ◆ 私はいつものように地下室のドアを開け、そして内から鍵をかけた。 ふりかえると少女が手で顔を覆って泣いていた。 猫が逃げてしまったといって泣いていた。 私は硬直した。猫がいない。 部屋はシンプルだ。隠れられる家具などなにもない。 ただ一つのドアの鍵は私しか開けられない。 そして確かにそれは今私が開けるまで閉まっていた。 少女の手をつかんで、なぜ猫がいない、と問い詰めた。 すると、窓の向こうへいってしまったと、あたしが海のことをあんまり話すから行ってしまったのだと、そう言って少女は泣くのだった。 私は羽目殺しの窓を調べた。 やはり開いた様子などない。開いたとしてもただ壁があるだけだ。 そして壁の向こうは地中なのだ。地下室なのだから。 ではなぜ猫がいない。 私は苛立って少女の髪をつかみ、耳元に口をよせた。 「いいか、窓の向こうに海なんかありはしない」 そして苛立ちに任せ、秘密をすべてぶちまけた。 「この部屋の外にはなにもない」と。 だから猫がどこかに行くはずはない。なのに、なぜ猫がいない。 私は執拗に問い詰めたが、少女は泣くだけだった。 私はまさかと思いながらも地下室の外を調べるためドアに向かった。 鍵を開けてノブを回す。 開かなかった。そんなはずはない。 焦ってノブを引っ張るが、根が生えたように微動だにしなかった。 確かに鍵は開けている。さっき入ってきたばかりのドアだ。どういうことなんだ。 ドアに体当たりをした。ズシンという重い感触が肩に残る。まるで、その向こうに土がみっしりと詰まっているかのようだった。 そうして体当たりを繰り返すうち、私は不思議な感覚に襲われていった。 この部屋の外には何があったっけ…… なぜか、それが思い出せない。 ズシン ズシン ドアの表面だけが、安っぽい部屋の飾りのように微かに揺れ続けた。 (完) [←*][→#] |