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天使―1―
京介さんから聞いた話だ。


怖い夢を見ていた気がする。
枕元の目覚まし時計を止めて、思い出そうとする。カーテンの隙間から射し込む朝の光が思考の邪魔だ。もやもやした頭のまま硬い歯ブラシをくわえる。セーラー服に着替え、靴下を履いて鏡の前、ニッと口元だけ笑うとようやく頭がすっきりして来る。
そしてその頃になってまだ朝ごはんを食べていないことに気づく。
ま、いいか、と思う。
朝ごはんくらい食べなさいという母親のお説教を聞き流して家を出る。
今日は風があって涼しい。本格的な夏の到来はもう少し先のようだ。大通りに出るとサラリーマンや中高生の群れが、思い思いの歩調で行き来している。私もその流れにのって、朝の道を歩く。
この春から通い始めた女子高校は、ただ近いからという理由だけで決めてしまったようなものだ。それがたまたま私立だったというわけで、両親にはさぞ迷惑だったことだろう。
薄くて軽い鞄を片手に、歩くこと10分あまり。高校の門をくぐって、自分の下駄箱の前に立つと、今ごろになってお腹が減ってくる。
ああ、バターをたっぷりぬった食パンが食べたい。
そんなことを思いながらフタを開けると、上履きの他に見慣れないものが入っていた。
手紙だ。可愛らしいピンクのシールで封がされている。
とりあえずそのままフタを閉じる。


記憶を確認するまでもなくここは女子高校で、ということは下駄箱に入っていたピンクのシールの手紙などというものは、つまり「そういう」ものなのだろう。
男子より女子にモテた暗い中学生時代の再現だ。いや、共学でなくなったぶんもっと事態は深刻だった。
げんなりしながらもう一度下駄箱を開け、手紙を取り出して鞄にねじ込む。
上履きの踵に人差し指を入れて、右手を下駄箱について片足のバランスを取っていると、ふいに誰かの視線を感じた。
顔をあげると、廊下からこっちを見ている女子生徒がいる。
ずいぶんと背が高い。その大人びた表情から、3年生かとあたりをつける。
え? なんでこっち見てるの。まさかあの人が手紙の差出し人だったらどうしよう。今かなりグシャグシャに鞄に入れちゃった。
そんな自分の逡巡もすべて見透かしたような目つきで彼女は微かに笑ったかと思うと、
「恨みはなるべく買わない方がいいわ」
と、小鳥がさえずるような囁き声で言った。
そして制服を翻し、目の前から去っていった。
その瞬間だ。
周囲に耳が痛くなるような雑音が発生し、何人もの生徒たちが袖の触れ合う距離で私のそばを通り過ぎていった。ついさっきまで私はなぜかこの下駄箱の前に自分しかいないような錯覚をしていたのだ。しかし確かにさっきまで、この空間にはこの私と廊下のあの女子生徒の二人しか人間はいなかった。始業の10分前という慌しい時間に、そんなことがあるはずがないにも関わらず、そのことになんの疑問も持たなかった。まるで、夢の中で起こる出来事のように。

笑い声。朝の挨拶。下駄箱を閉開する音。無数の音の中で、廊下から囁く声など聞こえるはずはなかった。
私は昇降口のざわめきの中で一人、立ち尽くしていた。

「ちひろ〜? どうしたの。気分悪いの」
その日の休み時間、浮かない顔をしていた私にヨーコが話かけてきた。奥という苗字だったが、彼女には奥ゆかしさというものはない。席が近いこともあって、入学初日からまるで旧来の友人のように私に近づいてきた子だった。はじめはその馴れ馴れしさに戸惑ったが、元来友だちを作るのが苦手なタイプの私が、新しいクラスでの生活ですぐに話し相手得られたのは有り難かった。
「ねえ、どったの」
椅子の背中に顎を乗せて、体を前後に揺すっている。椅子の足がそれに合わせてカコカコと音を立てる。
「うるさい。それやめて」そう言うと、「うわ。ご機嫌斜め」と嬉しそうな顔をして椅子を止める。
「腹減った」
思わず出てしまった言葉に、ヨーコは頷く。「やっぱりそれか。大食いのくせに低血圧のお寝坊さんなんて、不幸よね」
べつに寝坊してるワケじゃない。というようなことを言おうとして、ふと思い出した別のことを口にした。
「背が高いショートの人、知ってる?」
たぶん3年生だと思うんだけど。と言いながら、朝の昇降口で見た切れ長の目やその整った顔つきの説明をなるべく正確に伝える。するとヨーコは少し考えたあと、「それって、間崎さんじゃないかな」と言った。


「へえ、有名なんだ」
「有名ってわけじゃないと思うけど。同じ1年だし、見たことくらいあるよ。ホラ、A組の」
「え? 同い年なのか」
少し驚いた。
「その間崎さんがどうしたの。告られたとか?」
朝のことを説明しようとして、やめた。めんどくさい。
「でも、間崎さんってなんか気持ち悪いらしいよ。良く知らないけど、呪いとかかけちゃうんだって」
ドキッとする。私も中学時代に、趣味の占いを学校でもやっていたらそんな噂を立てられたことがあった。高校では少し大人しくしておこうと、学校には今のところ趣味を持ち込んでいない。
「呪い、ね」
教室を何気なく見回した。
その時、遠くの席に座る子と目が合った。地味な目鼻立ちに小柄な体。髪型こそ違うが、どこか似ている子が二人、顔を寄せ合ってこちらを見ている。
私の視線に気づいたヨーコもそちらを見る。
二人はハッとした表情を一瞬見せたあと、怯えたように目を伏せた。
なんだろう。
まだ会話もしたことがない子たちだ。名前も出てこない。クラスの中でも一番印象が薄いかも知れない。
「ちひろ。怖がらせちゃダメよ」
ヨーコが楽しそうに言う。
あなた見た目怖いんだから。

そんなことを言って、チクリと私の心のキズを刺す。目つきが鋭いのは生まれつきで、けっして怒っているわけではないのだが時として善良な女子から怖がられることがあった。不本意なことに、背が高いというだけでそのイメージがさらに増幅されるようだ。
眼鏡を掛けている方が島崎いずみ、頬に絆創膏を貼っているのが高野志穂だとヨーコが教えてくれた。明日には少なくともどちらかは忘れてしまいそうだ。
マイナーキャラねとヨーコは笑った。本人たちにも聞こえるかも知れない声で。

5時間目が急に自習になり、私は適当な時間に教室を抜け出した。
校舎裏の人気のない一角が私の密かなお気に入りだった。壁の構造に沿って微かな風が吹き、髪の先を揺らす。私は切り取られたような小さな空を見上げながら、どこからか聞こえてくる屋外スポーツのざわめきに耳を傾ける。
こうしている時間は好きだ。たくさんの人がいる場所の片隅に、ぽっかりとあいた
穴のような孤独な空間がある。そう思えるから学校なんていう息の詰まる所に毎日来られるのだし、そんな空間こそ自分の本当の居場所であるような気がして心が充足していく気がする。
2本目の煙草に火をつけたとき、壁の曲がり角に誰かの気配を感じた。
慌てて足元に落とそうと身構えると、その誰かは能天気な声を発しながら姿を現した。
「あ〜、不良はっけーん」
ヨーコだった。心臓に悪い。
「時々いなくなるのはココだったのね。静かでいいねぇ。あ、怒っちゃった?」
怒りはしないが、秘密の場所の占有が崩されたことにわずかな失望を覚えたことは確かだった。
ヨーコは隣にツツツと寄って来て壁に背中をあずける。

「昼休みにさあ、なんかイカツイ先輩来てたけど、あれなに話してたの?」
「ああ、あれは……」
中学時代にやっていた剣道部の先輩だった人が、高校でもやらないかと私を勧誘しに来ているのだ。何度か断ったがなかなかにしつこい。
「どうして入んないの」
別に大した理由はない。子どものころ、父親に言われるままに通い始めた剣道の道場には今でも週に2回は顔を出しているし、学校ではもういいや、と思っただけだ。
「ふうん。やればいいのに。もったいない」
それから二人でとりとめもない話をした。時間はゆっくりと流れていた。教室に残したノートは清清しいほど真っ白のまま。それでも、悪くない気分だった。
チャイムが頭の上から鳴り響き、ため息をついて体を起こす。
そのとき、ヨーコが言った。
「あのさ、ちひろ。自分がヤンキーとかって噂があるの知ってる?」
「私が?」
笑ってしまう。
「いや、結構マジで。どっかの不良高の男とつるんでるとか、夏休みまでは大人しくしてるだけとか、そんな噂があるし。じっさい怖がってるコ、多いよ」
真剣な顔でそんなことを言われ、思わず手元の煙草を見つめる。
どうでもいいや、めんどくさい。
そう思いながら火を踏みつけた。

その日の放課後、鞄を机の上に乗せて身支度をしているとヨーコが遊びに行こうと誘って来た。

「またカラオケ行く? 奢っちゃうよ。ゲーセンは?あ、気になってる喫茶店あるんだけど、行かない?」
周囲にも聞こえる声だった。ひょっとするとヨーコなりに私をクラスに馴染ませよ
うとしてくれていたのかも知れない。
けれど他からの参加希望の声はあがらなかった。
私はクスッと笑って、「わかったわかった。行こう」と言った。
「やった。デートだ」
そんなことを言っておどけるヨーコに、私はたしなめるように問いかける。
「それにしてもよくそんなにしょっちゅう遊びに行けるな。小遣い足りなくなっても貸さないぞ?」
いーじゃない。お金は若いうちにあるだけ使わないと。
ヨーコはからかうように言い返す。
よく見ると彼女は腕時計や靴にさりげなくお金をかけている。休日に私服で会うと、なんだか自分の服装がみすぼらしく感じて気恥ずかしくなる。根掘り葉掘りと聞いたことはないけれど、きっと親が金持ちなのだろう。私のような庶民とは少し感覚がズレているのかも知れない。
連れ立って教室を出ようとしたとき、背筋に絡みつくような視線を感じた。
反射的に振り向くと二人の女子がビクリと肩を震わせながらこちらを見ている。また、あの二人だった。島崎いずみに高野志穂。強張った表情を浮かべたかと思うと、二人してくるりと振り返り、教室の後ろのドアから逃げるように出て行った。
「なにあれ、感じ悪い」
ヨーコが眉を寄せて言い放つ。
確かに感じが悪い。まるで本当に私を怖がっているようではないか。
さっき聞いたばかりの私に関する噂を思い出して、気分が悪くなった。

島崎いずみが自殺未遂をしたというニュースを聞いたのはそれから1週間後だった。


あの時怯えたような目で私を見ていた二人の女子の名前を両方ともすっかり忘れてしまっていたので、「そんなコいたっけ?」というのが第一の感想だった。
そう言われてみると眼鏡の子はここ2,3日学校に来ていなかったようだ。
なんでも家が近所だという同じクラスの女子が、昨日たまたま通りがかった時に彼女の家の前に止まっている救急車に気がついたのだという。すでに数人集まっていた近くの主婦たちから聞くところによると、学校を休んで一人で家にいた島崎いずみが風呂場で手首を切ったのだとか。流れ出る血に怖くなって自分で救急車を呼んだらしく、軽症と言えそうだがその後とりあえず入院することになったらしい。
そんな話が始業前にすでにクラス中に広まっていた。
みんな身近で起こった事件に、不謹慎な興味とそれからわずかな罪悪感を持って噂をしあった。「どうして」という部分には、大なり小なり自分たちも関わっているという自覚があったに違いない。表立って苛められているというわけでもなかったが、地味なやつ、つまらないやつ、というレッテルを貼られた子がクラスでどういう位置にいたか誰だって知っているのだから。
かばい合うようにいつも一緒にいた高野志穂は、好奇の目で見られることに耐えらなくなったのか、それとも友だちの自殺未遂という選択にショックを受けたのか、1時間目に青い顔をして早退を申し出て、許された。
重そうな鞄を持って教室を出る彼女の横顔を見ていた私は、その頬の絆創膏が1週間前から増えていることに気づいた。
こんな不愉快な噂話に乗っかるのは自分でも嫌だったが、どうしても気になってヨーコに聞いてみた。
「ああ、高野さんの絆創膏? 彼女たしかバレー部に入ってるから……」
相当しごかれてる、っていうかいびられてるらしいよ。


そう言うヨーコもニュースがショックだったのか、いつものハキハキした調子がない。私にしても、まったく身に覚えのない罪悪感がひっそりと肩に乗っているのを感じていた。どうして彼女たちは私をそんなに怖がったのだろう。
頭の中に真っ黒い雲がかかったようで気持ちが悪かった。
だからだろうか、3時間目の休み時間にクラス中でひそひそと交わされる噂話にそれとなく耳を傾けていた私は、ある単語に強い関心を惹かれた。
「間崎京子」
そんな名前が、飛び交う無数の言葉の中であきらかな異質さを持って飛び込んで来たのだ。思わずその話をしていたグループの所へ行って詳しい話を聞く。
「え? だから、その間崎さんのトコに島崎さんが出入りしてたって話。なんでって、よく知らないけど。あの人、なんか占いとかするらしいから、悩み相談でもしてたんじゃないかな」
礼を言って、自分の席に戻る。
間崎京子。1週間前、昇降口で私に話しかけてきた女子。あの時の彼女の言葉が頭の中でグルグルと回る。
「恨みはなるべく買わない方がいい」
ひょっとするとあれは、目の前で顔も知らない誰かのラブレターを乱暴に扱った私に対する警告ではなかったのかも知れない。彼女は別のなにかを知っていてそう言ったのではないだろうか。
たまらなくなって席を立ち、教室を出る。あちらこちらでセーラー服のかたまりが出来ているざわつく廊下を抜け、間崎京子がいるはずの教室を目指した。
教室の前にたどり着くとドアは開け放たれていたので、そっと中を覗く。何人かの女子が私に気づいて無遠慮な視線を向けてくる。このクラスのことは全く知らないので、間崎京子が普段どのあたりに座っているのか見当もつかない。しかし見渡した限りはどこにもいないようだった。軽い失望を覚えた時、見知った顔に出くわした。

「石川さん」
と呼ぶと、向こうでも私と認めたらしく笑顔でドアの所までやってきた。
「ちひろちゃん、どうしたの」
同じ中学だった子だ。それほど親しかったわけでもないけれど、このさい縁にすがらせてもらおう。
「間崎さんはこのクラスだよね」
石川さんは一瞬表情を硬くした。そして声を潜めて言う。
「そう。だけどさっき早退したよ」
肩を叩かれ、誘導されるままに廊下の隅に身を寄せた。リノリウムの床がキュッキュッと鳴る。
「あのさ。島崎いずみさんのことだよね」
驚きながらも頷いた。どうやら噂はこんな遠くの教室まで短時間に飛び火していたらしい。
石川さんの話によると、島崎いずみは本当に間崎京子の所へ時々来ていたらしい。そして教室の一番奥の席でなにごとか語り合っていたそうだ。間崎京子の所には彼女だけじゃなく、他にも数人の女子がまるで女王を慕うように出入りしていたとのことだった。
「間崎さんってさ、なんていうか人の心を見透かしてるみたいな冷たい目をするのよね。凄い美人だからそれが余計凄みがあるっていうか。怖いくらい。話してみても、時々意味わかんないこと言うし。クラスのみんなは彼女を警戒して避けてるって感じかな」
私の第一印象と同じだ。彼女には気を許せない雰囲気がある。
「こないだなんてさ、それこそ島崎さんと二人で向かい合ってさ。なんか机の上にトランプみたいなカードを並べてるの。なんかね、『土』って字の形に。気持ち悪かった」
なんだろう。間崎京子がよくしているという占いの一種だろうか。
「島崎さんはなにをしにきていたんだろう」
石川さんは首を振って、「わかんない」と言った。
「ただね、その時間崎さんがなにかを言って、島崎さんが泣いてたみたい」
そんなことがあったから石川さんは、島崎さんが自殺未遂したという話を聞いて間崎京子にカマをかけてみたのだそうだ。「どうして島崎さんが自殺なんかしたんだろうね。間崎さん知らない?」と。
「どう答えたんだ?」
知らず知らずにトーンが高くなってしまう。
「それが……」
石川さんは首を捻りながら、思い出すように言った。
「たしか、オリンピック精神ね、みたいなことを言ってた」
オリンピック精神?
とっさに意味が分からない。
なるほど、こういう突飛なことを言うから気味悪がられているのか。
ドアの方から「七瀬ぇ〜」という声がして、その呼びかけに応えてから石川さんは「じゃ、またね」と言って教室に戻っていった。
残された私はしばらくその場で考え込んでいた。
『土』の形に並べられたカード。自殺未遂をした島崎いずみと、その彼女が慕っていたという間崎京子。そして"オリンピック精神"という言葉。

それぞれのパーツがバラバラに飛び回り、考えがまとまらない。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、背中を押されるように自分の教室へ足を向ける。
席に戻るとヨーコが「どこ行ってたの」と囁いてくる。
「ん、ちょっと」と、別に隠す必要もない気がしたが、なんとなくはぐらかした。
自分でも気づかないうちに、この一連の出来事からなにか危険な匂いを感じ取っていたのかも知れない。
「奥! どこ見てる」という教師の声にヨーコは舌を出して授業を受ける姿勢に戻った。

その現代国語の時間中、私はノートをとることも忘れて考えていた。
占いをするという間崎京子の所へ、クラスで肩身の狭い思いをしていた島崎いずみが行ってなにをしていたのか。恐らく、自分の立場、居場所に関する悩み事の相談だろう。そしてそれを受けて、間崎京子がしたことは『土』の形にトランプのようなカードを並べること…… トランプではないのだ。トランプのような見た目で、かつ印刷されている内容が違うもの。そして占いに使うとなれば、あれしかない。
タロットカードだ。
そこまで考えて、何故すぐに気づかなかったのかと自分のバカさ加減を悔やんだ。
タロットカードは質問に対し、出たカードのパターンによって回答をする古典的な占いだ。例外もあるが、大抵は22枚の大アルカナと呼ばれるカードのみか、もしくはそれに56枚の小アルカナと呼ばれるカードを加えた78枚のデックで行う。
そのデックから質問に対する回答のためにカードを選ぶ方法だが、これが様々あって、ある意味タロットカードの奥深さを表す醍醐味と言える。

その選び方のことをカードを並べる展開法、『スプレッド』と言い、それぞれ並べる枚数も違えば並べ方によるカードの意味も違ってくる。そしてそのスプレッドのなかで、『土』の形と結びつくものがあった。
(ケルト十字か……)
オーソドックスなスプレッドで、10枚のカードを並べるのだが、最後まで並べると『十|』という十字架の右隣に縦棒を置いたような形になるのだ。それは時計回りに90度倒すとそのまま『土』という漢字に見える。
私は授業が終わるとすぐに教室を出て、もう一度間崎京子の教室へ向かった。
タロットカードならば自分もよく知っている。そこからなにかヒントがつかめるのではないかと思ったのだ。
「石川さん」
昼休みのお弁当のために机を並び替えようとしていた石川さんは、驚いた顔でこちらを見た。
それでも迷惑そうなそぶりも見せずに、仲間たちを置いて教室から出てきてくれた。
「タロットカード」という言葉を出してもピンとこなかった彼女に、なんとかその時のことを思い出して欲しいと畳み掛ける。
「え〜と、確か太陽のカードがあったかな。それからあとは、あれ、剣が刺さって倒れちゃってる人のカード。う〜ん、あとは覚えてない。そんなマジマジ見てたわけじゃないし」
剣が刺さった男?!
私は息をのんだ。
「それ、『土』のどの部分にあった? それからどっちの方向にむいてた? 剣の柄は間崎さんから見てどっちだった?」
石川さんは暫く考えたあと、確か……と前置きしてから答えた。
「端っこだったから、『土』の最後の止めの部分かな。柄の向きは、あんまり自信ないけど私の方に向いてたと思うから、間崎さんから見たら剣の先が正面になるのかな」
石川さんはそれがどうしたのと怪訝そうな顔で私を見つめる。
剣が刺さった男は、小アルカナの剣の10。そして間崎京子に切っ先が向いていたということは"正位置"。
最悪のカードだ。個人的には『塔』の正位置よりも不吉な感じのするカードだった。
そして『土』の止めの部分ということは、ケルト十字における「最終結果」を表すカード。
私は心臓が高鳴りはじめたのを感じていた。
剣の10が暗示するものは、《破滅》《決定的な敗北》《希望の喪失》《さらなる苦しみ》……
間崎京子はその最終結果を島崎いずみに飾ることなく告げたのだろう。そして彼女は泣いた。
悩み事に対する答えとして、この仕打ちはあんまりだった。それが良いとこ取りばかりをしない、占いのあるべき姿だとしても。ましてそれが、島崎いずみ自身の運命だったとしても。
私は誰に向けるべきなのかも分からない波立つような怒りが身の内に湧いて来るのを感じていた。
私の様子を不審げに見ていた石川さんが、「もう教室に戻るけど」と言うのを制して、これが最後だからと、『太陽』のカードの位置を聞いた。
「確か、真ん中のへん。ごめん、ホント忘れた。え? 向き? 太陽に向きなんてあるの?」



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