[携帯モード] [URL送信]
引っ張る
「子供ができたんだ。」

なるべくなら聞き流したい様な台詞だったがこの部屋に居るのはその先輩と自分の二人だけという既成事実から義務感を覚えた俺は、仕方なくリアクションを取ることにした。
「はぁ…で、その子…今どうしてるんです?」
正確なアンサーは半ば諦めた様な俺の問いに、彼は眺めていたブラウン管から目を離さず答える。

「埋めてきた。」

山にね。そう言ってアハハと笑いながら立ち上がり、冷蔵庫へと向かう師匠の後ろ姿に確かな不快感を感じ、それ以上の追求はよすことにした。

師匠というのは俺の中だけの通り名で、彼は非日常を常とする異界への扉を開けてくれた先輩。
詰まる所がオカルト道での師匠という意味合いでのネーミングだった。
その頃の俺は大学の一回生、だったのだが講義には殆ど顔を出さずパチンコに明け暮れるか師匠と行動を共にし非日常を待つかという、模範的なダメ学生っぷりを発揮する日々を過ごしていた。

その日はたまたま師匠を誘い、連日勝利を重ねているパチンコ屋へ乗り込んだ。
遊戯場を見渡すなり師匠は吐き捨てた。
「うわぁ…君よくこんな場所に通えるね。僕には考えられない。」うじゃうじゃ居るじゃんか。と言いながら隣りに座る師匠に「何が?」とは聞かないでおいた。
「一台一台に凄く強い負の念が掛かってるよ。ボーッとしてたら生気吸われちゃうぞ?本当に。」
そう言いながら楽々とドル箱を積み上げていく師匠とは対称的に、俺の座った台は連日の勝ち分、今月の生活費を黙々と飲み込み続けた。

やがて最後の千円も使い果たし、唖然としている俺に

「お疲れ様。」

と無邪気な笑みを投げ掛けてきた師匠に、僅かな時間だが本気の殺意を覚えた。

もしかしたら師匠は俺の生気を喰らいながら生きてるのではないか、という被害妄想的な思いを巡らせていると

「仕方ないなぁ。」

という間の抜けた声で現実に戻される。

俺は何も言ってないし、何の事かも解らない。訝しげな視線を師匠に送ると

「見たいんだろ?僕の子供。」

そんなモノ当の昔に忘れていたし、あまり触れたくなかった。
だが経験が言う。言わば打率10割の鉄板野手、彼がこんなノリで向かう先に怪異が待ち受けている事は最早決定事項に等しかった。
人一倍好奇心の強い俺の本能が、その拒絶を許さなかった。

なんでもかなり遠くの山に埋めたらしい。道中、静かな車内で師匠はいくつか語ってくれた。

「埋めたといっても、元の場所に戻してきただけなんだけどね。」
??が頭の中で交差する。
「子供ってのは実は比喩で、ソイツは単なる石なんだ。」

「へ…石?」

「そ、僕から生まれた石。」

僕の一部、と溜め息をつきながらハンドルを切る師匠は、もう説明が面倒臭くなった様な顔をしている。
益々こじれて思考を放棄しそうになる俺の頭を沈めたく思い、次なる師匠の言葉を待った。

「あ、アイス買ってく?」

提起した話題に全く無責任な師匠に腹が立ったが、確かにアイスは食べたかった。

コンビニで買い物を済ませ、再び発進した車内でアイスを頬張りながら師匠は続ける。

「結構有名なスポットにあった石だよ。ソイツを拾って家に持ち帰った。始めは何て事なかったんだが、途中でマズい事になった。」

どうマズかったんです?という俺の問いに、師匠は珍しく沈んだ調子で答える。

「引っ張るんだよ。」

魂を。


ポトリ、と棒アイスが溶けて生足に落ちた。声を上げそうになるのを堪えて、次の言葉を待つ。

「マガタマって知ってるかい。」

聞き慣れないが、いつか聞い事がある様な気がする。「勾玉」と書くらしい。

「日本古来から存在した装飾品の一つでね。言わば魔除けとして当時の豪族らは必ず身に着けていた。」

歴史の教科書か何かで見た事ないかい?と続け

「コの字ともCともつかない、真ん丸に短い尾が付いたような形をした緑っぽい石だよ。」

何となく頭に描くと思い出せた。僕は、TVで見た事がある。

「その形状の由来にはいくつか説があるみたいだけどね。獣の牙を表しているだの、大極のシンボルだの。その用途意外の真相は今じゃ知るよしも無いんだが…」
僕には生まれる前の胎児に見える。そう言う師匠の横顔は最早見えない。
車はいつの間にか光も何もない山道に差し掛かっていた。真っ暗な森の中でチカッ、チカッと何かが光った様な気がして窓外を凝視してしまう。

「そんなモノが一体何処に落ちてたと思う?」

「え…、だから、心霊スポットでしょ?」

素直に俺が応じるとフン、と鼻から息を漏らす音が聞こえ、したり顔をした師匠が想像できた。

「まぁ大きく分けるならそうだね。でもこれから向かう場所は自殺の名所なんだ。」

魔除けの道具が落ちている自殺の名所。何ともアイロニーに満ちた場所を想像し、気分が悪くなった。

急な坂道に唸りを上げる600CC程のエンジン、次第に道幅も狭くなり師匠はゆっくりとブレーキを踏む。

エンジンを切ると、いくつかの虫の鳴き声だけが聞こえて来る。真夜中の森は静寂に包まれていた。
ここからは歩いていこうか、と言う師匠の言葉に従い、俺達は懐中電灯を片手に夜の山道を歩きだした。


「それで師匠、」
照らされた足元だけを見ながら俺は問い掛けた。
「何故拾ってきたその石が師匠の子供という喩えになるんです?」
「あぁそれな。その勾玉を偶然見つけて家に持ち帰ったけど、何ともなかったって言ったろ?本当に何ともなかったんだ。」
時折森の中を照らしながら師匠は続ける。
「勾玉って本来は魔除けの効果があるって話したよね?でもそれは創作した術者の意図によるんだよ。一般に知られている勾玉意外に、本来の用途とは異なる勾玉も存在する。」
極僅かだけどね、と師匠は付け加えた。

「その極僅かな勾玉を所有しているのは昔から今も、いわゆる邪教と呼ばれる狂信の方々。日本でも有名な鳥の名の付く某宗教団体じゃ、「狂玉(マガタマ)」と表記して、大切に保管してあるらしいね。」

その用途を考えると薄ら寒くなったが、師匠は続ける。

「僕はこれから行く自殺スポットでその勾玉を見つけた時、すぐにコイツの仕業だと睨んだ。」

「…それで…持ち帰ったんですか…。」

驚くというより半ば呆れつつ相づちを打った。恐いもの知らずとかそんな類じゃないのだろう。
全て解った上で尚、好奇心が勝るこの人には、銃を向けても命乞い等せずむしろ「早く。」と新たな世界への入り口を喜んで受け入れそうな気さえする。

「ところがだよ。」

落ち着いた口調で師匠は続けた。

「何にも起きない。本当につまんない只の石なんだ。あれだけの数の人間を呼び寄せ、魂を喰らっていた悪意の塊だったのに、僕の前じゃ単なる石にしか過ぎなかった。」
その辺は僕の類稀な特異体質の勝利だと喜ぶべきなんだろうけどね、と笑う師匠に軌道修正の意も込めて尋ねた。

「で?結局その石がどうマズくなっていったんです?」
「あぁ、腹が立って叩き割ろうかと思ったけど、高く買い取ってくれる知り合いを思い出してやめた。それで、もっと身の近くにその石を置こうと思ったんだ。」

また頭の中で?が交差し始める。
「近くって、部屋に持ち帰ったんでしょ?それ以上どうやって石を近くに置くんです?」

そりゃ当然だろ、と言いたげに師匠は答える。「だから取り込んだんだよ。体内に。」

「は?」
思いのままを口にすると、
「だから、具体的に言うと喰った。」

最早言葉も無かった。数秒の後、「バカかアンタは!?」と言いたい衝動に駆られたが何とか堪え、次の言葉を待った。

「流石にマズかったみたいだね。余り記憶が無いんだ。途中何度か目覚めたが、無理矢理夢の中に引きずり戻される感じ。気付いた時にはその自殺の名所にいたよ。」

寒さによるものとは違う鳥肌が立つ。

「そこで意識のある内に夢中で石を吐き出した。あの時ばかりは心底焦っていたよ。なにしろこの僕が手も足も出ない。やっぱり体内から直接働きかけられると、僕の自己防衛能力もほぼ無に等しくなるらしい。」
それでも豹意にほぼ近い体験をできたのは貴重だな。と落ち着いた様子で語る師匠からは無邪気ささえ感じた。

「それで吐き出した石を眺めてたら、どうも前とは様子が違うんだ、まず色が。赤いんだよ、いや血とかじゃなく石そのものが赤くなってた。」赤ってのは危険を象徴する色だよね?教師の様な口調で付け加え、師匠は続けた。

「そして5感意外の部分で感じる印象、毒々しさ凶々しさ、より強力な信号を発しているのが手にとる様に分かる。僕の中の何かを吸い、ソイツは確実に力を増した。言わば僕の中の一部がソイツに宿ったんだろうな。だからソイツは僕の子供と呼ぶべきだろ?」ふいに師匠が立ち止まる。

どうやら目的の場所に着いたらしかった。随分と歩いた。最早虫の鳴き声すらしない…
…最早?
森の手前だとか奥だとかに虫の鳴き声は関係するのか?むしろ奥の方が虫は多いのではないだうか。
妙な違和感を感じながら師匠が照らす先に視線をやる。

「あそこに埋めて逃げ帰ったんだよ。もっとしっかりと結界めいた仕掛けをして隔離するべきだったんだけど、その時の僕にはあの石を間近にして自分を制御する自信が無かった。」でもこうしてまた来る事になるなんてね。少し盛り上がった土の上を照らしながら言う師匠が、薄ら笑いを浮かべている気がした。

言わばそこは小さな広場の様になっていた。それを囲む様にして立ち並ぶ無数の木。その太い枝の真下で絶命していく人々が、脳裏に鮮明に浮かびそうになり少し頭を振る。

それにしても…また違和感に襲われる。
自分でも恐れる程の存在の近くに、俺というちっぽけな小動物的存在を連れて来るなんて。
あまりに危険では無いのか?いくら師匠でもらしくないなぁ、と膨らむ違和感をぶつけようと師匠の方に向き合った途端、背筋が凍った。

師匠がいない。

!!?

戦慄が走る。
隠れたとかじゃない。俺は師匠に向き合う直前まで、確かに師匠が照らしていた森の広場を見ていた。
しかし師匠の姿は何処にも無い。

そして懐中電灯は俺が握っていた。

その事に気付いた瞬間足の力が抜けた。声も出せない。得体の知れない恐怖が全身を駆け巡る。

次の瞬間には師匠が勾玉を埋めたと言った盛り上がった土の前で正座していた。
「いつの間に!?」
俺の思考など無視して視界は断片的に移り変わる。
大きな木の真下。コンビニの袋、買った覚えの無いロープ。

余りにも無力だった。一瞬一瞬、極短い時間だったが、俺に全てを諦めさせるには充分だった。

そして最後に写ったのは師匠の顔だった。

…あれ?

停止していた思考が再開される。

何やらしきりに叫びながら俺の頬を張っている様だ。まだ声は聞こえない。やがて背中にドンと鈍い衝撃が走った後、目の前の世界が鮮明になる。

正に「点」で表せる様な目をしていたであろう俺に
「帰るぞ。」
と師匠は吐き捨てる様に言った。

「逃げ帰る」
という状況は、正にこの事を指すのだろう。俺は殆ど師匠に覆い被さる様にして、言う事を聞かない両足を死に物狂いで前に進めた。
「絶対に振返るな。」
なんて言わないで黙々と俺を運んでくれた師匠は冷静だったと思う。
あの時そんな事を言われていたら俺は確実に振返っていたし、気が狂っていたかもしれない。

ようやく師匠の車に辿り着き、麓に向けて発進したが、まだ二人共一言も言葉を発しないでいた。
只はあ、はあ、という荒い息遣いだけが車内に響く。

暫くして師匠が何やらブツブツと呟きだした。早めに…に相談するべきだった。とか、やっぱりあんなやり方じゃ…ちくしょう。とかよく聞き取れなかったのだが、こうなった事を悔やんでいる様子だった。

数多の疑問が思考から溢れ出そうだったが、その時は「ありがとうございました…」と言うのが精一杯だった。

ここからは後から聞いた師匠談
「びっくりしたよ、トイレから出たら居ないんだぜ?んで、失礼な奴だなーと外を覗いたら僕の車まで無いじゃないか。一瞬混乱したけど、すぐにあの場所を思い着いたよ。つい先日僕も君とほぼ同じ様な体験をしたんだ。慌てて近くの知り合いに原付借りてブッ飛ばしたんだぜ?」

「え?じゃ、あの話は本当なんですか?」

驚いて師匠に問い掛けると彼は眉をひそめた。

俺があの夜行動を共にした擬似師匠から聞いた話を聞かせると、師匠は納得した様子で頷く。

「記憶まで受け継ぐなんて…」やっぱり僕の子供じゃないか、とニヤついていた。

そうして事が収まるまで師匠の部屋からの外出禁止を命じられ、俺は選択の余地無く従った。
師匠は部屋の角に塩を盛り、信頼しているというその筋の知り合いに連絡し、もういっそ彼に全部任せとこう。と笑いながら布団を敷くのであった。

そしてその夜、師匠は思い出した様に
「あっ。」
と声を上げた。

「借りた原付そのままじゃん。」
今から取りに行かなきゃね。と笑う師匠が冗談なのか本気なのか、確かめるのも嫌だったのでそうですね。とだけ答えて俺は静かに目を瞑じた。


[*←][→#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!