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本当に恐ろしいのは
誰でも経験する事かもしれないが友人の死と言うのは辛いものだ。

高校の同級生の風が死んだ。葬式が終わってしばらくはどこか心に穴が開いたようになっていた。だがそんな悲しみも3ヶ月も経てば忘れるともなく忘れてしまい、以前の自堕落な学生生活に戻っていた。

そんな時、風の妹の美知ちゃんから手紙が届いた。

「生前、兄(風)から頼まれていたので」

短い挨拶と共に3枚の写真が入っていた。それで風の言っていた呪いの話を思い出したのだった。

風の入院やら後遺症やらで忘れ去られていた話だったが、あれは呪いだったのかもしれない。もしかして、と思った俺は写真を持って先輩の家に行く事にした。

同じ大学の院生でサークルの先輩、と言ってもただの先輩ではない。当時オカルト道に邁進していた俺が師匠と呼び、尊敬したりイタズラしたりしているオカルトマニアの変人というか、色々と凄い人である。

師匠の汚い部屋に着くと、彼女の歩くさんが来ていてちょうど出かける所だった。

「今日は歩くのおごりでな 飲みに行くんだ」

掃き溜めの鶴に驕らせようと言うのかこの人は。へへへと笑ってお前も行くかという。しかし俺も 本当ですか、いい所に来たなぁ と大喜びする貧乏学生だった。

学生御用達の、原価でビールを出してくれる居酒屋の小さな座敷に陣取るとビールより安い焼酎で酒盛りが始まる。俺は手を合わせ心の中で風の冥福を祈ってから、封筒から写真を出し師匠にこの「呪い」の相談を始めた。風には申し訳ないが師匠も俺も酒の肴くらいのつもりでいたのだった。

「地蔵の呪い?」「ええ、そうじゃないかって言ってたんですよ」

コトの始まりは土建屋である風の父親が買い取った山の造成工事である。山の中腹に立っていた古い地蔵を取り払った。一応お払いの様な事はしたらしいのだが、そのあとしばらくしてその父親が脳梗塞で倒れたのである。

一枚目は地蔵の写真、まだ取り除かれる前のものだろう。地蔵と言うか石碑みたいだがこれが一番古いものと思われる。地元の村の人々の口から「呪い」の噂が立った事で工事はしばらく中断した。父親の回復を待ってもう一度お払いをしたそうである。

二枚目の写真はその二度目のお払いの時のものだった。杖をついて立つ父親に寄り添う母親、風、長い黒髪が素敵な梓さん(姉)とボーイッシュな感じの美知ちゃん(妹)が並んで写っている。ちょっと見た所ではハイキングに来た家族写真だが、背後には縄が結界を作るように四角く張られている。ちょうどそのあたりにそれがあったのだろう。

三枚目は家の中で車椅子に座る風と母親と姉妹が並んでいる写真だった。風の頭には包帯が巻かれていて痛々しい、風が退院して来た時の、とにかくこれが一番最近のものだろう。葬式の時にも気になったのだがこの写真でも梓さんがひどく痩せていた。当時どこかの弁護士事務所で働いていた梓さんは学生の俺からすると大人の女だった。

そうかこの頃にはもう激痩せしてたんだな、と思った。父親が亡くなり、弟も事故で脳に障害を持つ身になってしまった。ひょっとして自分にも、と言う恐れもあったのだろう。

この写真から1年もしないうちに風は脳にできた血腫が原因で死んでしまったのである。酒の力も手伝ってかまた俺は泣けてきてしまった。

俺は涙をこらえながら、写真を時間軸で並べてひとわたり説明を始めた。

「そのお地蔵さんを潰したすぐ後に、親父さんが脳梗塞で倒れて・・・一時は退院してリハビリなんかもやってたんですが結局3年ほどで亡くなったんですよ」
「ふ〜ん」
「でもなんか脳をやると性格も変わっちゃうらしくて、もう昔の親父じゃないって風は言ってましたね」
「へぇ」

師匠は気の無い返事をしながらも3枚の写真に興味深げに見入っている。

「で親父さんが亡くなって1年もしないうちに今度は風が自宅のベランダから落ちて、やっぱり頭を打って脳挫傷?みたいので入院したんです」
「ちなみにこれ地蔵じゃないぞ」
「え?」
「道祖神だと思う、あまり詳しくないんだが」
「道祖神・・・ですか」

師匠の専門は仏教美術なのだが、道祖神と言うのは土着の原始信仰のようなものであるらしい。

「旅人の道中の安全祈願、まぁ道標の様な目的だったり、子孫繁栄とか家族和合とか五穀豊穣だったりな、まぁいろいろだ。悪霊や災難に立ち塞がる、と言う意味で村落の入口に祀られる場合もある」
「子孫繁栄・・・ですか」
「この真ん中に男と女が彫られてるだろ、男の方が削れて黒くなってるけどな、エロチックな意味合いがある場合もあるんだよ」
「待ってください 男が黒いですって!?」

俺の背中に電気の様なものが走った。1枚目の写真を俺に見せながら師匠が言った。

「ああ、これだ、どうした?」

確かにその道祖神とやらには男と女が彫ってあり、男が黒く削り取られていた。

「風が落ちて、入院した時に警察が来たって言うんですよ。妹の美知ちゃんから聞いたんですけど・・・風の奴ウワゴトで病院の人に『誰かに押された、黒い影しか見えなかった』って言ったらしいんですね」
「ほう」
「でも家族は誰もいなかったし、玄関の鍵も閉まってて、結局事故って事になったって言うんです」

そうだった。風が退院して自宅療養になって見舞いに行った時に聞いてみたが、風は黒い影の話を覚えていなかった。言った記憶すらなかった。しかし、その話をきっかけに呪いの話になり、元気そうな風の様子を見て安心もしていた俺は(脳波が乱れたり痙攣を起すと言った後遺症はあったらしい)その『地蔵の呪い』の話にオカルト心をくすぐられ、嫌がる風に写真を送ってくれと約束させたのだった。

結局、風は死んでからその約束を守ってくれた事になる。俺はその道祖神の写真、人型に黒く削られた部分を見つめていた。

「やっぱりその、道祖神の呪いですかね」

神が罰を当てたのか、それとも神が封じていた何かが風の一家に障ったのだろうか。

「さあな 写真からじゃわからんよ」
「妹さんの言っていた『黒い影に落とされた』みたいな証言ともつながって来ますよね」

俺には黒い霧の様なものに包まれてパニックした風が過ってベランダから落ちるイメージができあがっている。

「神様なんかより人間さまの方が恐ろしいと思うんだよなぁ」

師匠は独り言の様にポツリ、と言った。

「・・・歩く、どう思う?」「えー?」

歩くさんは話だけ聞きながら、写真には興味もない様子で肴をつつきビールを飲んでいる。

「特に何も見えないよなぁ」
「うーん 見えないねぇ」

歩くさんはちらりと見ただけで師匠に同意してみせた。この人は酒なんだ。酒と肴だ。歩くさんの食べっぷりを見て腹が減ってきた俺は、恐縮してみせながらもカラアゲとタダ酒で腹を満たす事ができた。それで俺は早々に帰る事にした。

歩くさんが来ているのに師匠の汚くて狭い部屋で酔いつぶれて寝るわけにはいかない。すると師匠が俺の上着を指差して

「ちょっとその写真貸しといてくれ」
「だって何にもないんでしょ? どうするんですか?」
「まあ いいから貸してくれよ」

思惑ありげな顔で手を出す師匠に写真を封筒ごとわたして、俺は帰る事にした。俺は自分の大人の配慮に自己満足しながら居酒屋を出ると酔った足取りでふらふらと家に帰った。

師匠から電話で叩き起されたのは朝5時だった。

「なんですか!うー 朝っぱらから もう!」

昨夜はご馳走様ですの挨拶も忘れ、怒気をはらんで非難めいたうめき声を出す俺におかまいなしに師匠は話し始めた。

「あれな・・・お姉さんだそうだ」
「は?」
「歩くが全部見た」
「え?」

歩くさんのエドガーケイシーみたいな能力については前に聞いた事がある。師匠は寝付いた歩くさんの枕の下に写真をもぐりこませたのだ。

「例の友達の写真・・・あれな、あの姉さんの呪い・・と言うより生霊だな」
「ええ!?」
「だから黒い影だよ 道祖神なんかじゃない。姉さんの生霊だそうだ」
「なんで・・・」
「親父さんが倒れたのは単なる脳梗塞で、それから後は遺産争いだそうだ。土地の実力者で土建屋って言うと相当の金持ちだろう?」
「・・・・・」

言葉もなかった。痩せてしまった薄い笑顔を思い出した・・・あの梓さんが? 「お前の友達が落とされたのか、落ちたのかはわからない、ただ姉さんの生霊が取り付いて悪さしてたのは間違いないそうだ」

俺が黙っていると

「おーいて 歩くに本気で殴られたぞ 写真の女が髪を振り乱して目をギラギラにさせて家の中を走りまわるシーンを見て、相当怖かったらしい」

師匠らしいやり方だな、と思ったらそれで俺も笑いが出てふっと力が抜けた。

「だから言っただろ、人間さまの方が恐ろしいんだよ」

師匠はそれだけ言って切ってしまった。途方に暮れる俺に朝が静かに明けてきていた。

風の家族が離散状態で、梓さんと母親が財産分与で裁判をやっていると聞いたのはそれから10年も経ってからだった。

師匠はあの時ああ言っていたが、俺には家族和合を祈念した道祖神を壊した事に対して・・・なにか因縁めいたものの様にも思えてしまうのである。

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あきゅろす。
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