100%の管理 お茶汲みも仕事。 彼女のお気に入りはダージリン。 カップに添える砂糖とミルクは一つずつ。 本当はこんなポーションミルクではなく、きちんと温めたミルクをお出ししたいのだけど、 「私如きがそんな贅沢してどうするんですか」 と一蹴されてからは大人しくこうしている。 言うほど贅沢なことではないとは思う。がしかし、とにかく彼女は“特別扱い”を嫌う節がある。 それは彼女が、他ならぬ我が社の会長の娘であるから。 「副社長、お茶が入りました」 「ありがとうございます」 律儀に礼を言いながらも、彼女が紅茶に手をつける様子はない。 私に笑顔で会釈をして下さったかと思えば、すぐにまた視線は書類の上。 “七光り”という言葉は誰に対しても気分が良いものではない。勿論この若い副社長にとってもそうだ。 人一倍努力家の彼女は、それだけは言われないようにとただひたすら学び、働く。 「冷めてしまいますよ」 「ん、すみません、もうちょっと」 下につく者として非常に鼻が高いが、しかしながらそんな彼女を見ているといささか胸が痛くもある。 間違いなく彼女には、自力で勝ち取った地位も知性も魅力も備わっているのだ。 そんな彼女が以前マクドナルドのハンバーガーをかじりながら昼休み返上で企画書チェックをしていた時は、今すぐ抱き締めてその頭を撫で回してやりたいという衝動に駆られた。 「副社長」 「ん…ごめんなさい、冷めると美味しさ半減ですもんね」 いいえ雪耶さん、違うんです。 私がいつもこうして紅茶を入れて、冷めない内にと何度も勧めるのは、味の問題ではないのです。 ただ、貴女がほっと一息吐く時間を作るのに、熱い紅茶の力を借りたいだけ。 ぬるくなった紅茶を飲み干すのは、一瞬で済んでしまいますもの。 私は決して貴女に「仕事を休め」とは言わない。 言っても貴女は笑顔ではぐらかすだけ。 上司をろくに休ませてやれないなんて秘書として情けないことなのかもしれませんが、私はどんな些細なことでも貴女の道を阻むような真似はできないのです。 「そうですよ。せっかく適温で淹れたんですから、美味しい内に召し上がって頂かないと」 だから、それならばせめて、私のこの言葉にだけは引っ掛かって下さい。 95〜98℃の罠 「ふふ、いただきます」 ※もしかしたら雪耶は気付いているのかもしれない。 [戻る] |