愛してマスター!
from.Kyuna
魔界はいつも、暗くて冷たい。
辺りを漂う瘴気も、出来損ないのあたしには重苦しく感じるだけ。
悪魔の中でもあたしが属する類は、皆一様に容姿に優れている。
全ては人間を堕とすため。溺れさせて溺れさせて、甘美な魂を頂くため。
しかし中身は狡猾・残忍・怠惰・おまけに淫乱。
まさに綺麗なのは見た目だけ。汚れてる。うんざりする。
もちろんあたしもそう。あたしの下で冷たくなった身体を目にするたび、満たされたと同時に酷く吐き気がした。
汚れてる。みんなもあたしも人間も。
本当に綺麗なものなんて、あたしは見たことがなかった。
うぅん、存在すら、信じていなかったの。あの人に出逢うまでは。
「バレンタインのお返しですマスター!…よし」
さっきからあたしは何度も何度もこんな台詞を繰り返している。
クリスマスと並ぶ乙女の一大イベント、バレンタインデー。
手際の良さに見とれたり、エプロン姿にうつつを抜かしていたらあっという間にマスターお手製ケーキの出来上がり。
不覚にもあたしは、
『キュナ、バレンタインおめでとう!』
『ありがとうございます、マスター!』
これでバレンタインを終わらせてしまったのだ。
有り得ない。恋する乙女として有り得ない。何たる失態。
ケーキはもちろん最っ高に美味しかったし、幸せ気分はたっぷり満喫した。
でもこのままじゃあいけない。せめてホワイトデーは、マスターにいつも以上の愛を贈らなきゃ!
…という訳でいきり立って(パパ様からのお小遣いを貯めて)プレゼントを買ったのが昨日のこと。
今日は遂にホワイトデー当日。いつもスキンシップを欠かさないあたしだけど、何だか妙に緊張しちゃう。
ただ渡すだけなのに、変なの。
「あのっ、マスター!」
「んー?」
エスプレッソマシン以外の機械はちんぷんかんぷんなパパ様はガレージには滅多に寄り付かない。
まさに二人きり、今がチャンス。
「今日はホワイトデーで、あれ?いやその、マスターのケーキが」
初っ端から台詞を間違った。
内容的にはおかしい出だしじゃなかったけど、混乱するには充分過ぎた。
どんどんどんどん深みにはまる。あたし今絶対、耳まで真っ赤になっちゃってる。
「あ、キュナぁ、もしかして私にホワイトデープレゼント?」
「はっ、はい!」
情けないことに、いやここまでくれば当然だけど、マスターに先に突っ込まれてしまった。
「ありがとう!え?わざわざ買って来てくれたの?」
おずおずと差し出した包みに満面の笑みを浮かべて、膝立ちのまま身体を揺らすマスター。
ちっちゃい子みたいでとっても可愛くて、失敗気分もどこかへ飛んでってしまった。
「キュナぁ!」
「きゃっ!?」
一人萌えトリップしていると突然抱き締められて、バランスを崩したあたしはマスターに全体重を預けてしまう。
慌てて体勢を立て直そうとするあたしを更にぎゅっとして、マスターは言った。
「私の好みストライクじゃん!すっごい!」
あたしがプレゼントしたのはカジュアルなキャップ。
マスターがお気に入りを無くしたことも、チェックしていた雑誌のページも全て把握しているのだ。公認ストーカーをナメて貰っては困る。
でもやっぱり不安で、だってあたし、好きな人にプレゼントなんて初めてだもの。
それがこんなに喜んで貰えた。ちょっと垂れ気味のおめめをきらきらさせて、すべすべほっぺをピンクに染めて。
ねぇ分かる?とってもとっても綺麗なの。大好きな人の、心からの笑顔って。
「いつもありがとうございます。大好きです」
「私も好き。キュナ大好き」
膝立ちのマスターとは身長が近くなるから、抱き合ってる感じが強くてドキドキが増してしまう。
この勢いで再び勇気を振り絞って、あたしからマスターのおでこにちゅーをしてみた。
ハッピーホワイトデー、大好きなあたしのご主人様へ。
※魂から一様に綺麗な彼女に惹かれる悪魔もまた、美しく磨かれていく。
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