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柔らかな束縛
from.Kinuka

小学生の頃、祖父が亡くなった。
同時に私の許嫁だと言い聞かせられてきた8つも年上の青年は、家へ訪ねてはこなくなった。


「一人娘だからって政略結婚なんて、今時古過ぎる」


いつもにこやかだった祖母が、珍しく厳格な表情で言った。


「絹華は自ら望んでこのしきたりだらけの家に生まれてきた訳じゃない。生涯の伴侶ぐらい自分で決めさせなさい」


それを聞いた両親が何の迷いもなく頷いたのをよく覚えている。

だけど私は幼心にこう思っていた。
きっと私は、大きなお家の礼儀正しく立派な男性をお婿に迎えるしか、道がないのだろうと。

それが鳳家の一人娘に生まれた定めなのだ。
何代も何代も掛けて築き上げてきたこの伝統を、私が途絶えさせてしまっていい訳がない。
そうすることが私にとっても両親にとっても、そして祖母にとっても一番望ましいことだ。


不満はなかった。運命として受け入れていた。
しかし今の私には、それがどうしても出来なくなってしまったのだ。




「絹華、ハッピーホワイトデー」


目の前に腰を下ろしたかと思えば、はにかんだような笑顔で後ろ手に隠していたものを差し出す廻。


「あら、最近忙しそうだったから諦めていたわ」
「そりゃあ作る暇はなかったけど、買い物ぐらい行けるよ」


礼を言いながら受け取ったそれは、私が以前彼女に勧めたことのある洋菓子店の包装紙に包まれていた。


「高かったでしょう」
「いやですわ、あたくしブルジョアですのよ」


廻は口元に手をやって上品ぶって見せる。
可愛らしくておかしくて、頬が緩むのが抑えられなかった。


「じゃあ、私からも…」


鞄の陰にこっそり隠しておいた紙袋から赤い包みを取り出す。
途端に目を輝かせた廻に、微笑んでそれを手渡した。


「はい」
「ありがとう絹華!」


受け取った甘い香りのする包みを高く掲げてみせてから、嬉しそうに抱き締める。
まるで小さな弟や妹をあやしているかのような姿だった。

きっとそれだけ、喜び愛おしんでくれているのだろうと胸が熱くなる。


「絹華、大好きだよ」
「私は愛しているわ」
「ずるい!」


笑み声漏らしつつ組み換えた膝の上に彼女を呼ぶと、不満げな表情は柔和に溶けて、すぐに身体を預けてきた。


「ボクだって愛してるもの」
「ふふ、ありがとう廻」


手にしたままだった包みを預かり、私が貰ったものと共に小さなテーブルの上に置く。
空いた方の手では宥めるように背中を撫でてやると、廻は首に腕を回し頬を擦り寄せてくれた。


「じゃあお互い本命だね」
「当たり前でしょう」


何を今更、と開こうとした唇を柔らかく塞がれ、無粋な言葉は飲み込まざるを得なくなる。
暖かい感触が私の全身にじんわりと広がり、あまりの幸福感に泣いてしまいそうになるのをぐっと我慢した。


近頃思う。私が真に受け入れるべき運命は、彼女との出逢いとそしてこれから二人で歩んでいく人生なのだと。

ただの幻想だろうか。そうかもしれない。都合のいい勝手な解釈。
しかしそれでも彼女が傍にいてくれるだけで、私は言い知れぬ心強さをひしひしと感じている。


「来年もその先もずっと、絹華の本命をボクに頂戴」


そして彼女が形の良い瞳を細めて紡ぎ出す言葉は、妙な説得力を持って私の神経回路を甘く麻痺させ、希望に満ちた日々を容易に予感させるのだ。




ハッピーホワイトデー、私だけのヒロインへ。








※若さゆえの無邪気さ、ではなく二人なら“本当”にできる。

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