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闇の中から
第八話
―第八話・根底の感情―

二人が、家の見える所まで来たとこで大志は、一人の良く見知った男がそこに立っている事に気付いた。
男もすぐに大志に気付く。
十分に近付いた時、

「二時間」

男が大志に向かって言った。大志は少し苦笑する。

「悪ぃ悪ぃ」

大志に冷たい視線を送る男、堅思とそれを受けて苦笑を続ける大志との間にニリスが身を乗り出してきた。

「あ、堅思じゃーん。おひさっ」

その裏表のなさそうなニリスの笑顔に、堅思は特に警戒する様子もなく、投げ掛けられた言葉にニリス同様軽く答える。

「そうだね。二時間ちょっと振りだ」

そこで堅思は、ニリスに向けていた目を大志へと戻した。

「さて、大志も。久しぶりだな」

言うまでもなくこれは皮肉だ。ニリス以外の人間が二時間やそこらで『久し振り』などと本気で言う訳がない。

「た、立ち話も何だしさ、とりあえず中に入ろうぜ」

と大志が勧めると、堅思は『是非ともそうしていただきたいな』と言っているかのような表情で頷いた。
コーヒーを三つ用意し、リビングのテーブルに置いた後、最後に大志が椅子に座ったことで三人は落ち着いた形となった。

「生徒会があるならそう言えよな」

堅思は先程から言っていた文句の続きを始めた。
決して短気ではない堅思だが、二時間という時はなかなかに長かったようだ。

「すぐそこなんだからとりあえず家に帰ってれば良かったのに」

「大志が何も言わなかったからすぐ帰ると思ったんだよ。
途中帰ろうかとも思ったりもしたが、これだけ待ったんだからあともう少しとか…思うだろ?」

「確かに今回の件は俺が全面的に悪かった。呼んだのは俺だからな」

「まぁ、済んだ事だしいいや。本題に入ろうぜ」

堅思がそう言った事で、大志は一つ息をついてから昨日ニリスが現れた状況、また聞いた話をした。
ニリスはとなりでうんうんと頷いたりなど、適当に話を聞いているそぶりを見せていた。

「…で、その話を信じろって言うのか?」

「そう思うのももっともだが…」

大志がそこまで言った時、堅思は不意にフッと顔を緩めた。

「なんてな。にわかに信じ難い話ではあるが、誰でもない大志の言った事だ。顔見てれば大体嘘か本当かくらいわかるつもりだよ」

「サンキューな」

堅思の思っていた以上の言葉に大志はホッとした。と同時にその信用の厚さに喜びを覚えた。

「ところで、そういう事ならその髪は地毛なのか?」

堅思の目は、ニリスの銀色に光る髪へと向く。

「そうだよ。へへっ。実はちょっとこの髪、お気に入りなんだ〜」

クラスの連中の質問の中でも髪に関しての質問はやはり多かった。銀色の髪というのはどうしても目立つ。良くも悪くも。

「話、ちょっと戻すけど、俺はこいつの話は颯士にはしない方が良いと思うんだ」

大志が再び真剣な顔をして言う。

「そう、だな。颯士には悪いが、ニリスちゃんは親父さんからの贈り物、って事にでもしておいた方がいいだろうな。
ニリスちゃんがヴァンパイアだ。なんて言うとあいつは舞い上がって周りに言っちまいそうだもんな」

「そうそう。って、贈り物って言うなよ」

大志は溜め息混じりに同意した。
その二人の前で、何かを考えるように天を仰いでいたニリスが、会話に区切りが付くのを待っていたかのように言葉を挟む。

「ねぇねぇ、学校でも言ってたけど、どうして私がヴァンパイアだって事、言っちゃだめなの?
テレビとかきちゃうの?スクープだから?特ダネだから?女性週刊誌とかに載っちゃうかも?」

「んな訳あるか」

ニリスが頭をフル回転させて導き出した答えを、大志は一言で片付けてしまう。

「そうだね。それはないだろうね。きっと誰も信じないだろうから。
でもじゃあ逆に、どうしてそこまで周りにバレないようにするの?言ってもきっと誰も信じないのに」

堅思は、大志の一撃をくらって衝撃を受けた様な顔をしているニリスに、フォローをいれつつ大志に切り返す。

「確かに本気で信じる奴なんていないだろうな。だが、みんな興味は持つ。
中には奇異の目でこいつを見るような奴もいるだろうし、
たちの悪い奴らともなると、実験なんていってこいつに危害を与えるなんて可能性もなくはない。
それで済めばまだいい。俺が守れば良いだけだ。
でもそうなるとニリスをヴァンパイア、少なくとも人外の存在と認識される事になる。
そしたら誰もニリスには恐がって近付かない。そんな事にする訳にはいかない。人間はそんなにキレイじゃないんだ」

言い終わるとほぼ同時にニリスが大志に飛び付いた。

「大志〜っ!!」

「なんだかんだでニリスちゃんの事、もう大事にしてんだな。ちょっと意外だったよ」

「た〜いし〜、ちょっと見直したぞぉ。ちゃんと私の事考えてたんだな!」

「勘違いすんなっ。俺には迷惑をかけるなって話だよ」

堅思は大志に話を聞いてから少し疑問に思う事があった。大志がニリスをどう思っているのか。
堅思が思うに大志はいい奴だ。あまり表に出すタイプではないが友達もちゃんと大事にしている。
だかそれは何年、少なくとも何ヶ月と一緒に過ごし、大志が心を許した者に限定する。
大志がニリスと出会ったのは昨日。これだけの短い時間で大志がここまで他人に心を許したのは、堅思の知る限りニリスが初めてだった。
きっと二人には何か特別な縁があるのだろうと感じさせられた。

「どうしてそんな事いうかなぁ〜!たった一人の同居人なんだからもっと大切にしろ!」

「お前が勝手に住み着いただけだろ?」

「俺、そろそろ帰るな」

ニリスはテーブルをバンッと叩き大志に怒鳴りつける。
それに対して、大志は身体を横に向けて、あさっての方向を眺めながらニリスを適当に受け流している。

「聞こえてない…か」

堅思は、二人がすごく楽しそうだ。
なんて、とても本人達には言えないような事を思いながら大志の家を後にしたのだった。

それから数分ののち。

「……、あれ?堅思は?」

「知らないっ!大志に愛想尽かして出て行ったんじゃない!?」

「俺らは夫婦かっ」

「うるさい!大志なんか堅思と離婚しちゃえばいいんだーっ!」

ニリスは、そう言って二階の大志の部屋へ行き布団の中にうずくまるのだった。

そして一言。

「大志のバーカ」

一方、一階リビングに残された大志はある事に気付いた。

「ニリスの捨てゼリフは意味のわからん事が多い…」



太陽による直接的な光の一切は消え、代わりに月が間接的に町へと僅かながらその光を運んでくれている。
しかしその事に気付く人間はそうはいない。それぞれの家で、それぞれの光源を用い夜の団欒を楽しんでいる。

 そんな守野の町の中にある、特に他の家々との差は見られない城戸家には、先程からの重い空気が未だ尾を引いていた。

時間は容赦無く流れて行き、ニリスは布団の中で腹を鳴らす羽目になった。
腹の虫が三度目の意思表現を行った時辺りに、階下から大志の声が聞こえた。

原因は本当にほんの些細な事。
ただ、何となく感じてはいたものの、確証は持っていなかった、
大志が自分の事を考え、また、少しでも大切にしてくれているという事実を、
大志の唯一無二と言える親友、天星堅思による、言葉という明確な形での表現が行われた直後、
大志が自分の事を迷惑としか思っていないという発言をした事がたまらなく頭にきたのである。
と同時に寂しさの様な感情もあった。
だから、自分をこんな状態にした大志への、反発と仕返しの為にこうして大志の布団にくるまっていたのだ。                                                                                                                

なのに大志が様子を見に来る気配すらなく、ただただ無意味な時が流れるだけとなってしまった。
そして極め付けはこの空腹。何かを食べる為には、自ら大志のいる一階へと赴く必要がある。
そんな事がニリスにとって許される筈はなかった。それは意地である。
そうして腹の虫による直訴は三度に渡ってことごとく却下されたのだった。
しかし今、リビング或いはキッチンにいるのであろう大志からの言葉は、まさに悪魔の囁きだった。

「おーい、ニリス。夕飯出来たぞー」

すると、その声に反応した腹の虫が今だとばかり、四度目にしてついに大きく泣き叫んだのである。


結果としてニリスは、食卓の自分に用意された席につき、大志手製の料理を食べる事になった。
それがまた美味しいので更に腹が立つ。
ただ、食欲は感情と何も関係がないようなので、結局おかわりまでしてしまった。 

そんな自分にちょっとムカツク。

せめてもの抵抗の証として、大志と一言も口を利く事はしなかったが、
ご飯だけは感情を隠しきれず美味しそうに食べてしまう自分を見ながら、大志が一度だけ静かに笑った気がした。
自分だけが余裕のなさそうな今の状況と、大志の笑みにまた少しムッとした。



「風呂沸いたぞー」

これが、夕飯の後再び大志の部屋で布団にくるまっていたニリスに届いた言葉だった。
このままここにいて、寝る準備を整えて上がってくる大志と合いまみえるのもありかと考える。
だがそうなると今日の風呂は、恐らく間違いなくお預けになるだろう。
一日の汚れと疲れを取らずに翌日を迎えなくてはならないというのは、なんとも気持ちが悪い。
ニリスは心の中で葛藤を繰り広げる。

「ニリスー?入らないのかー?入らないなら俺もう入るぞ?」

大志から二度目の催促が来る。そこでニリスの心は決まる。

(よし、入ろう)

ニリスは、『ニリスの生活用品等を揃えるまでの臨時だ』と言って大志に渡された、
寝る時用の服を持って、一階の、玄関から見てリビング、キッチン等を見送った、最奥にある風呂へと向かった。

風呂場に着くと、ニリスは着ていた服を脱ぎ、しかしそれを洗濯機にはいれない。
今のところニリスが着る服はこの一着しかないのだ。
一日の大半は制服で過ごすので、これくらいは我慢出来る。だが問題は下着だった。
下着は大志の物を借りる訳にもいかない。ほんのあと二、三回と言っても耐えられるものではなかった。
が、何もつけないのはもっと耐えられないので仕方なくジッと我慢する。
大志に言えば明日にでも買いに行かせてくれるのだろうけど、それはあまりにも恥ずかしいのだった。

ニリスは湯舟にゆっくりと身を沈めて行く。温かいお湯に包まれながら伸びをすると、幾分か気分が落ち着いた。

「あ〜あ、さっきも思ったけど」

と、ニリスは夕飯の時を思い出す。

「私って、意思弱いなぁ〜」

音が良く響く風呂の中、声が反響して自分の耳へと必要以上に返ってくる。

「うるさいよ」

今度は返ってこないように小さく呟いた。
わかっている。
大志に反抗すると決めて、結局は食欲に負け、そして今もこうしてお風呂に入っている。
決してそんな事はなかったのだが、ニリスは風呂に入るとき、後ろの方で大志が笑っているような気がした。
夕飯を食べている自分を見て笑っていたように。

「っはぁ〜。何してんだろ」

さっきよりは冷静になった頭で考えるとバカバカしい。一人相撲でもしている様な気分だ。
だけどやっぱり今更引けない。これは、そう…意地だった。
わかってる。
だけどニリスは本当にはわかっていなかった。今、ニリスを動かしているのは大部分が別の感情だと。



みたび大志の部屋の布団にくるまっているニリス。そこへ遂に大志が現れた。

「…寝れないんだけど」

それこそが狙い。部屋の入口に立つ大志は『仕方ないなぁ』とばかりにニリスのもとへと近付いて行き、

「悪かった。俺が悪かったよ。な?だから許してくれ」

そう言っている大志は、内心同い年の子供を持ったような気分である。
あっさりと非を認めた大志に、ニリスは少し拍子抜けする。
そして、相手がこの様子では、これ以上ここで意地を張り通してもどうしようもないような気がしたので、
とりあえず今回はこの辺で止める事にする。
だからと言って、『はいそうですか』とは終われない。ものには順序がある。

「本当に、そう…思ってる?」

第一段階として、とりあえず布団から頭だけを出す。

「思ってるよ。だからもう寝よう?明日も学校あるんだし。
そうだ、明日は学校の帰りに買い物でも行くか?何か急いで欲しい物とかないか?
服とかはもう買っておいた方がいいかもな。どうする?」

「いく」

大志の問いかけに間髪入れず答える。今ニリスが急いで欲しい物とは、言うまでも無く下着である。
でも下着だけ買うのはやはり恥ずかしいので一緒に服も買おうと思う。

良い口実を得たので、

「じゃあ、しょーがないから今回はもう許してあげる」


そう言ってニリスは布団から這い出した。
明日の買い物の念押しと、おやすみの挨拶だけをしてニリスは自分にあてがわれた部屋へ行った。

部屋では既にきちんとベッドが整えられており、また、壁にはニリスの制服が綺麗にハンガーにかかっていた。
恐らく自室へ向かう前に大志が整え直しておいてくれたのだろう。

それを見てニリスは気付いた。

意地を張るのは止めたのに、すっきりとしていなかった自分の感情。
それ以上に、自分をつき動かしていた根本。
一度は自分でもわかる程に感じ、しかし意地だという思い込みと、大志への怒りによってわかりにくくなっていたもの。

それは寂しさ。

大志と、みんなといると忘れてしまう寂しさ。

今こうして真っ暗な夜に一人になると、痛い程に思い出される。

(なんだ。私、大志に構って欲しかっただけなんだ)

気付いてつくづく子供みたいと思った。そして、それでもいいや。と思った。次に取る行動は決まっている。

ニリスは枕を掴んで、部屋を、飛び出す様に後にした。

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