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闇の中から
第七話
―第七話・真の姿―

大志は廊下を歩いていた。
ニリスと喧嘩(というかニリスに一方的に怒鳴られただけだが)した後、華凛はすぐに来てあっという間に終礼を終わらせた。
そして今、生徒会の会議に出席すべく生徒会室に向かっているところだ。
その彼の隣を、さも当然かのように歩いているのが、ニリス。

「……、あのさぁ、おかしくない?」

 大志が至極当然の事を口にする。が、ニリスには通じない。

「何が?」

 ニリスの顔には怒りも喜びもない。
あるのはただ疑問のみ。

「普通、喧嘩したり、…まぁ、ああいう事になったりしたら少しの間くらいお互いを避けたり気まずい空気が流れたり、そういう事するもんだろ?
なんでそんな普通に俺の隣歩いてんだよ」

「さっきはさっき。今は今。でしょ?私が言いたい事はさっき言ったんだからそれをいつまでも引きずる必要はない訳だし。
普通がどうなのかとかは知らないけど、私が周りに合わせる必要はないでしょ?」

 言ってる事は最もなような気もするし、大志自身結構それに近い考えを持っていたのでとりあえず納得する事にした。
だが、周りにそんな人間が存在しなかったので少し不思議な感覚だった。
自分と話をしてたまに妙な顔をする者がいたが、こういう気持ちだったのかと少し思った。

「少しくらい何か腹立つ事があったりして喧嘩になっても、それをいつまでも引きずって、折角の楽しい時間を無駄にしたりしてちゃ、それこそ愚の骨頂でしょ?」

 今のニリスの表情は笑み。
迷っている子供に何かを諭してあげたお姉さんのような笑み。
しかし、突然ニリスの顔が曇った。いや、そう見えたのは笑顔からの落差のせいだった。
良く見ると曇っているというよりは、難しい顔をしているというか、考え込んでるというか、悩んでいるというか、そんな感じだった。

「どうした?」

「……」

 大志は気になって声を掛けたが、聞こえていないのか何の返事もしない。
大志に不安が過ぎった。
計りしれない何かが起きるような…。

「ねえ…」    

 ニリスがやっと口を開いた。
何か重要な事のような気がして、大志は沈黙を以って先を促した。
そしてニリスの口から出た言葉は――

「愚の骨頂って、何?」

 大志を一気に落胆させた。
大袈裟な事を考えていた自分がなんだか恥ずかしくなった。
そうだ、こいつはニリスだった。
昨日出会ったばかりなのに、激しく分かり易い性格をした奴だった。
ハァ、と溜め息をついているとニリスがもう一度語気を強めて聞いてきた。

「ねぇ大志!愚の骨頂ってどういう意味なのってば!」

「分からない言葉を使うなよ」

「うっさい!早く教えろ!」

 今の一言に、あ、ちょっと偉そう。
とか思ったので少し仕返ししてやる事にした。

「はいはい。
良く聞けよ?愚の骨頂ってのは、分かり易く言うとすっごくバカって事。
お前みたいに」

 途中までは景気良くフンフンと頭を上下に振って聞いていたが、最後の仕返しを聞いて思惑通り少し怒った。

「あ〜!!大志バカって言った〜!バカって言った方がバカなんだぞ!」

「子供かっ」

 そう言った時、何故か大志の口元は緩んでいた。
それを見たニリスは再び笑顔に戻った。
今度は、子供のような無垢な笑顔に。

 そんなこんなをしている内に生徒会室に到着した。

「ニリス、生徒会室は一般生徒立ち入り禁止だからここまでな。ほら、家の鍵渡すから先帰ってろ」

 大志がそう言うと、ニリスは拒否した。

「嫌。立ち入り禁止っていうのがルールならそれには従う。けど家には帰らない。ここで大志を待ってる」

 その意志に対して、大志がどうこういう理由はない。

「そうか?今日は今回分の一発目の会議だから一時間くらいで終わるとは思うけど、鍵は預けておくから、もし帰りたくなったら帰っていいからな」

「ん。わかった」

 大志は部屋の中へと入っていった。

 ニリスは扉の横の壁に背を預け、適当にプラプラと足を振ってみたりすることにした。

 生徒会室に入ると、まだ数人足りないようだった。
その数人の中に響子がいた。
つまりまだここには来ていない。
とりあえず定められている自分の席に着く事にした。

 少し間を置いてから、廊下の方で話し声が聞こえた。
しかし、扉一枚挟んでいるので、内容はおろか、声すらもよく分からない。
だが、廊下を歩く者が喋っていればそんな風に聞こえてくる。
いつもの事なので特に気にしないでいると、突然扉が開かれた。
そこに立っていたのは響子、そしてニリス。

「大志君、どうしてニリスちゃんを中に入れてあげないの?」

 大志は目が合うなり何故か響子に怒られた。

「え、だって一般生徒は立ち入り禁止ですよね?」

「それは無許可での話。大志君が一緒ならいいのよ」

「でも今から会議するんですよ?」

「じゃあ、ニリスちゃんは特別」

「い、いいんですか?」

「いいの」

 これも生徒会副会長の力なのか、既に到着していて自分の席に座っていた生徒会長は何も言わなかった。

 結局ニリスは俺の隣に座る事になった。
響子が俺の横を通った時、

「かわいいガールフレンドは大事にしなきゃ駄目よ?」

 と言われた。
完全に勘違いをしている。
今度改めて訂正することにしよう。

 かくして無事会議も終わり、大志、ニリスは二人で帰路に着くことになった。
外はもう半分日が沈み、町はオレンジ色に染まっていた。
思いのほか会議が長引いてしまった結果だった。

「二人とも、少し遅くなったから気を付けて帰るのよ?」

 響子が先輩らしく声を掛けてくれた。

「有り難うございます。先輩もお気を付けて」

 大志がそう言うと、ニリスも響子に挨拶をした。

「うん。響子もね」

 少し違和感を感じる。
ニリスが発した言葉を思い出して、即座に違和感の原因を突き止めた。
馴れ馴れしい。
しかも響子の反応を見ると、どうやらニリスが勝手に馴れ馴れしくしている訳ではないようだ。
だから、馴れ馴れしいというよりは仲良くなっていると表現した方がしっくりくる。

 だけど、いつの間に?

 二人は、今日の終礼の前の僅かな時間に初めて対面した。
しかもその時は、大志の取り合い
(というか、響子は先輩として後輩達が仲良くするのは良い事だ、
くらいな気持ちだったので冗談でああ言っただけだし、ニリスは自らの食糧を取られまいとしていただけだが)
をしていたので、どちらかと言えば仲が悪かったように見える。
それからニリスは大志と行動を共にしていたので、二人が仲良くなれるとすれば、あの時だけ。
大志はその《時》に思いあたった。
自分がこの部屋に入り、ニリスを外で待たせている間。
確かに響子はニリスと一緒に入室した。
二言三言話したのだろうとは思っていたが、どうやらその時に結構な量の話をしていたようだ。
で、仲良くなったと。
大志にとって、想いを寄せている相手と自分の同居人が仲良くなるのは悪い事ではない。

「帰るか」

「うん」

 別れを告げ、響子も去って行ったので二人は家に向かって歩き出した。



 オレンジ色のその中を二人はゆっくりと歩く。
歩いている時に、大志の頭にふと疑問が浮かんだ。

「そういやお前、今、擬人化した状態だって言ってたよな」

 大志の隣を歩いていたニリスは、顔ごと目線を横に向けた。

「ん?そうだよ?」

「じゃあ、もしかして、その擬人化を解いたら、見た目も変わったり、するのか?」

 大志が恐る恐る聞くと、ニリスはあっさり答える。

「当たり前でしょ。
そりゃぁ、ヴァンパイアなんだから、見た目だってヴァンパイアらしく、人ならざる者、もしくはこの世の物とは思えぬ、邪悪で恐ろしい姿である事は間違いないでしょうね。
私達はあの姿が当たり前だから何とも思わないけど、人間からすれば明らかに違う物だからね」

 ニリスは心なしか悲しそうな顔でそう言った。
恐らく、ニリスにとっても、姿形だけで人間が自分に近付こうともしなくなると言うのは、悲しい事なんだろう。
大志はそんなニリスを見て決心する。
例えニリスの本当の姿が、どんなに恐ろしくても、どんなに異形であっても、自分は受け入れようと。

「でも契約者である大志には見せなきゃね」

「契約?」

「血の契約!したでしょ?!」

「あ、ああ」

「じゃあ、正体、見せるからね」

 今や既に殆どの部分を地平に隠し、その姿を少ししか認識できない程にまでなっている太陽を背に、ニリスが立ち止まった。

「い、今ここでか?!こんな街中で、しかも太陽だって…」

 今歩いているのは、住宅街の外れの細い路地。

「誰も見てないよ。太陽もあそこまで隠れれば大丈夫。…それとも、嫌?見たくない?」

「いや…。見るよ」

「ありがとう」

 ニリスが静かに微笑んだ。そして目を閉じた。

 すると、大気が少しだけ震えているような感じがした。
そして、ニリスの存在感、威圧感が徐々に強くなっていく。

(解放)

心の中でニリスがそう言うと、何かが一気に弾けた。

ニリスがその目をゆっくりと大志に向けた。

 大志は、僅かに目を見開いた。

「それが、お前の、本当の姿…なのか?」

「そうだよ。…やっぱり、ビックリした…よね?」

「ああ。ある意味…な」

 大志の身体が微かに震えている。

「ある意味?」

 大志が言った言葉の意味が分からずにニリスが聞き返した。
その直後、大志が爆発した。

「さっきとどこが変わっとるんだぁー!!」

「ええぇ〜?!めちゃくちゃ変わってるじゃん!」

「はぁ〜?例えばどこが!」

「き、牙とかっ」

「ああ、確かに犬歯が伸びて、八重歯のちょっと長い奴みたいになってるな。他には!」

「あ、あと、爪とかっ」

「ああ、確かにちょっと伸びてるな。伸ばし過ぎると危ないから適当に切れよ?他には!」

「ほ、他ぁ〜?う〜ん……」

「そんだけかよ!身構えて損した。もういいや。さっさと帰るぞ!」

 大志は再び歩き始めた。少しだけ速いスピードで。

「ふぇ〜〜」

(ごめんね、大志。大志の言う通り、普通にしてる時のヴァンパイアは只の人間と見た目はそんなに変わらない。
でも、中身は全然違ってくる。そして、人間が最も私達を恐れる時は……)

「おーいっ、早く来ねぇーと置いてくぞ?」

 少しだけ小さくなった大志が自分を呼ぶ。ニリスは少しだけ沈黙を置いた。
そして、フッと笑みをこぼした。その後、ニリスはいつもの様に明るい声で、

「大志ぃ、待ってよ〜っ!」
 と叫んだ。

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