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短編集
依頼編
「本当にありがとうございました!さ〜、お家に帰りましょうね〜、くーちゃん♪」

贅肉でタプタプになった腕の中でクロネコ−さっき俺達が捕まえた−がもがく。

(そりゃ逃げたくもなるよな)

厚化粧の顔にほお擦りをされ、暴れる気力も無くなったのかぐったりしてるクロネコに哀れみの視線を送りながら、俺は依頼主のおばさんを見送った。

「は〜。あの様子じゃ、また依頼に来るのも時間の問題だな」

「ネコちゃん、可哀相でしたね」

依頼主が居る間、天井辺りをぶらついてた美花が降りて来た。

「ま、産まれてくる子供とペットは親と飼い主を選べ無いってな。・・・さてと、金も入ったことだし、飯にでも繰り出す


その時、事務所にノックの音が響いた。
俺がドアの方に顔を向けるともう一度ノックが響く。
ぶっちゃけそのまま居留守でも使って帰ってもらおうと思った。今日はネコを追っ掛けて疲れてんだ。しかも、こんな幸せな時に来る依頼は気分をどん底に落としてくれるめんどくさいやつだと相場が決まっている。
しかし、それは美花が許してくれなかった。俺の考えを読んだのか、じーっと俺の顔を見ている。
なあ、今日ぐらいはいいだろう?
じー
今度の俺の切実な願いは通らなかったらしい。
その時、駄目だしのノックが響いた。

「っ、はいはい、どうぞ」

遂に俺が根負けして、客を事務所に招き入れた。
美花は勝ち誇ったような顔でこっちを見ていた。
俺はその顔に小さく溜息つきながらデスクも戻った。
ドアから入って来たのは見た目40前後の男女だった。ちらっと手を見ると二人の左手の薬指に指輪が見える。どうやら夫婦のようだ。

「どうぞ」

デスクの前のソファーを勧めて俺は反対側に座る。
そこで俺達は名刺を交換した。
『朝蔵義樹』、かの有名なIDカンパニーの営業部長。
IDカンパニーはここのところ急成長しているIT会社だ。そんなところの部長さんがなんでこんなところに。
二人はこの部屋に入ってからまだ一言も話さない。
俺の嫌な予感は募ってくる。
「それでは御依頼をお伺いしましょうか。ペット捜しですか。それとも」

「・・・・・娘を」

ボソッと奥さんのが呟いた。

「へ?」

「娘の祥子を捜して下さい!!」

いきなり奥さんが机に手をついてこちらに詰め寄って来た。

「こら!陽子!」

夫が止めようとするも奥さん、陽子さんは止まらない。

「お願いです。祥子を!祥子を!」

ほ〜らめんどくさくなってきた、と俺は心の中でため息をついて陽子さんが落ち着くのを待った。




「すみません。妻が取り乱してしまって」

「いえいえ、娘さんが居なくなったのに取り乱さない親はいませんよ」

陽子さんが落ち着き、俺はあらためて依頼を聞くことにした。

「此処に来たのは他でもありません。その、貴方は特殊な依頼にお強いと、知人から伺ったものですから・・・」

《特殊な依頼》、だとするとやはり今回も霊がらみか。

「実は、捜して欲しい娘の祥子は先月死んだんです」

「・・・はい?」

「違うわ!祥子はまだ死んでない!まだ何処かで生きているのよ!」

また、奥さんが騒ぎだした・・・。

「あの、流石に死人をあなた達に合わせるのはちょっと・・・」

「いえ違うんです・・・。祥子は本当は死んでないかも知れないんです」

お父さん、あんたまで・・・。

「先月起こった女子高生をビルの屋上から突き落とし、殺害した事件を覚えていますか?」

確かにそれはあった。男三人が女子高生を屋上まで追い詰めて、突き落としたはず。

「その時の被害者が祥子だとされています。持っていた学生書や、なにより私達が確認しました。しかし・・・」

「・・・俺達が殺したのはそんな女じゃない。被疑者達がそう主張しているんでしたね」

「はい・・・」

この事件が不思議なのはそこである。被疑者として捕まった男達は殺害は認めたものの、殺害した人物を否定したのだ。
こんな事件は前代未聞である。テレビのニュースやワイドショーは一時期この話題で持ち切りだった。

「もしそれが本当なら娘はまだ生きている事になります。殺人犯の話しなんてとお思いでしょうが、私達にとっては藁をも掴む思いなのです。こんな事は普通の探偵には頼めません!どうか、お願いします!」

夫が頭を下げるのに合わせて奥さんも頭を下げる。
確かに親なら自分の子供が生きているとしたらたとえT%以下の確率でも信じるだろう。
俺はソファーに背を預け、天井を仰ぎ見る。ここの娘はかなり愛されているに違いない。もし、生きているなら無事に両親の元へ帰らせてあげたい。たとえ死んでいるとしても両親に伝えたいことの一つや二つあるはずだ。
そんなことを考えていると、天井にいた美花が俺に不安そうな顔を向けてきた。
たぶん、その娘と自分を重ねてしまったのだろう。美花だって俺と合わなけりゃ自分のメッセージを親友に伝えることなど出来なかっただろう。そういうメッセージを聞くのも俺の仕事である。
俺は朝蔵夫妻に向き直る。

「いいでしょう。その依頼、引き受けましょう」








その後、朝蔵夫妻は、俺と定時連絡日やその方法、料金など諸々のことを話し合い、事務所から帰っていった。
その時の二人の顔はとても晴々としていた。
何度も頭を下げる夫婦を帰し、俺は長い長い溜息をついた。

「やれやれ、全く厄介な事件抱えちまったな〜」

「でも、ちゃんと捜査してくれますよね?」

いつのまにか背中に来た美花が俺の両肩に手を付けて顔を出してくる。

「当たり前だ。依頼は引き受けた以上、全力で行わなくてはならない。・・・じゃないと飯が食えないからな」

俺は顔を美花の方に向けた。

「探偵家業は信用第一、ですね♪」

美花も俺に笑いかける。

「さ〜て、なら明日の為にしっかり飯食いに行くとしますか」

俺はジャケットを部屋の隅にある洋服掛けから取り、袖を通す。
しかし今回の依頼、一筋縄にはいかないだろうな。
そんな風に考えながら、俺は夜の町に繰り出した。

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