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短編集
捜査編
次の日、俺は朝早くから行動を開始・・・は、しなかった。
おかげで昼頃まで眠れて体調も絶好調である。

「って、何してるんですかー!!」

美花の罵声が事務所に響き渡る。まあ、聞こえるのは俺だけだが。

「昨日ちゃんと仕事するって言ったじゃないですか! なのに初日からなに怠けてるんですか!」

美花が頭の上から怒鳴り付けてくる。
時間的に昼飯とも受けと
れる朝食を用意しながら俺は美花の方に振り返った。

「おいおい美花言いがかりはよせ。俺は別に怠けてるわけでも、やる気が無くなったわけでもないぞ?」

「じゃあ何だっていうんですか?」

いただきますと手を合わす俺のテーブルの向こう側に、腰に手を当てて仁王立ちする美花。
俺はインスタントの味噌汁を啜りながら、やれやれと答えた。

「あのな、この手の事件の依頼が来てまず俺達がすることはなんだと思う?」

俺の問いに美花は首を傾げた。

「・・・何なんですか?」

「まずは状況を把握することだ。俺達みたいな商売は情報が命だからな。どれだけ多くの情報を手に入れられるかで全てが決まるといっても過言じゃない」

うんうんと頷きながら、美花は興味津々に聞いていた。

「そこでだ。1番効果的なのがドラマとかでもお馴染みの聞き込みというやつだ」

レンジでチンした焼き鮭を箸で割る。近頃は何でもレンジで出来る。楽な時代になったもんだ。

「もっとも、有名で金持ちな探偵なんかは警察のコネを使って事件の話しなんかを聞いたりもできるんだが、俺のような貧乏探偵にはそんなコネもないし、金もないからな。地道に自分で集めるしかないのさ」

「それは分かりましたけど、それと昼間まで寝ているのと何の関係があるんですか?」

「事件が起きた場所は何処だった?」

「え? えっと、能町ですけど・・・あ!」

気がついた様子の美花を横目で見つつ、茶碗の白飯を掻き込む。ちなみにこれもレンジでチン。
俺はふと箸を止め、机の上の朝食を眺める。
少しは食生活を考え直した方がいいかもしれない。

「気付いたか?そういう所っていうのは活動し始めるのが昼頃。人が集まり始めるのなんて夕方になってからだ。だ・か・ら、朝っぱらから起きても仕方ないんだよ。そういう所の捜査は夜にするのが基本だ。ほい、ごちそうさま」

手を合わせ、食器を流しに運んでいく。

「へ〜、すごいです礼偉季さん。ちゃんと考えてサボっていたんですね!」

「・・・美花、俺を何だと思ってるんだ」

今までこの仕事で飯を食ってきたのだ。嘗めてもらっては困る。
食器を洗いながら今後の行動を整理する。
この後は、宣言した通り聞き込みに向かう。まずは事件が起きた時の状況を確認しなくてはならない。
本当は被疑者にも話を聞きたいところだが、いきなり赤の他人が出向いたところで素直に応じるとは思えない。
だとすると、当面は聞き込みと現場検証ぐらいか・・・。
その時、何かに気が付いたように美花が俺の方を向いた。
「でも礼偉季さん。聞き込みに行く前にも貰った資料を確認するとか、やることなんていっぱいあったんじゃ?」

洗いものを終え、蛇口を閉めた室内に静寂が訪れた・・・。



まあ、何はともあれ聞き込みをするために俺達は事件現場である能町に足を運んだ。
ここら辺は、言ってみれば夜の街だ。普通はこんなお嬢さんが足を踏み入れるような場所じゃない・・・と、思う。
周りにある店もスナックやショーパブ、裏に回ればもっとヤバイのもあるだろう。
そこにいる連中も、それ相応の奴らばかりだ。こんな嬢ちゃんなんかが来たら恰好のカモだろう。
俺は依頼主に借りた写真を眺めた。
スラッと長い黒髪、某有名女子高の制服をキチッと着こなしてこちらに微笑している。
家の方向とも正反対なこんな所に、一体何故来たのだろうか?

「まっいいか。とりあえず聞き込みに出発するぞ」

「まずは何を聞くんですか?」

「まずは事件のあった日の足取りの確認だな。何故家とは正反対のこの場所に、彼女は来る必要があったのか? 頻繁に来ていたのか? 被疑者達との関係は? というところだな」

「案外、いきなり祥子さんを見つけてゴール!とかなったりして」

「それで終われば、どれだけ楽なことか」

こうして、俺達は捜査を開始した。






「ああ、この子なら見たよ。さっきそこの店に入って行った」

「・・・・・・なにー!!」

これが叫ばずにいられるか。
俺達はあの後、さっそく近くにいた客引きの兄ちゃんに話を聞いてみることにした。この手の兄ちゃんは色々な奴に声をかけまくってるから聞き込み相手にはもってこいだ。
そして、写真を見せた第一声があれだった。

「おいあんた!本当に間違いないんだろうな!?」

「あ、ああ。この界隈じゃよく見かける子だ」

「そうか!ありがとな!」

確認をとって、俺達は一目散にその店に向かった。
後ろで兄ちゃんが何か叫んでいたが、そんなものは無視だ。どうせ客引きだろう。

「すごいです!本当に一発で当てちゃいましたね!」

「ここいらでこんな子が歩いていたら、それだけでかなり目立つだろうしな。まずは間違いないだろう」

「でもでも、彼女が生きているってことは、一体殺されたのは誰なんでしょう?」

「さあな。確かに気にはなるが、今は依頼の方が先決だ。依頼は事件の解決じゃなくこの子の捜索だからな」

「そ、そうですけど〜」

納得がいってない様子の美花を連れて、俺はさっきの兄ちゃんが指した店に入っていった・・・。







「でだ、やっぱりそんなに上手くはいかねーんだよな」

「あはははは・・・」

結論から言えば、そこに朝蔵祥子は居なかった。
中に居たのはどいつもこいつもケバい化粧をしたガキどもばかりだ。
あの兄ちゃん、ガセ掴ませやがったな。

「ま、まあまあ。気を落とさずに。やっぱり地道な捜査が一番の近道なんですよ!」

ふっ、そうだな。大切な事を忘れていた。探偵稼業に楽な事は何一つ無い。

「おっしゃ!! 気を取り直していくとするか」

「はい!」

それから俺達は聞き込みを再開した。
俺が聞き込みをしている間、美花は周りにそれらしい人物がいないか目を見張らせている。
本当はビルの中とか色々調べさせたいのだが、ここら辺は刺激が強い店等も多いので止めさせた。1時間後、俺達は能町の入口に戻っていた。

「しっかし、思った通りだったな」

成果は全くなかった。出来たのは事実の確認のみ。
あの日朝蔵祥子は授業が終わり学校を出た。
生徒や、門の警備員の証言からこれは間違いない。
そして最寄りの駅で家と反対のホームに立っているところも目撃されている。同じ方向に帰る子が、帰り道と反対方向にいる彼女を目撃している。多分そのままこの繁華街に向かったのだろう。
次に目撃されるのはこの繁華街の狭い路上でだ。
被疑者のチンピラどもと口論しているところを通行人や客引きの兄ちゃん達に見られている。
かなり激しい口論だったらしい。
その後チンピラ達を振り切って逃走。
次に発見された時は、ビルから突き落とされ、道路に仰向けになって死んでいた姿だった。
調べれば調べるほど、不審な所は何も出てこない。
朝蔵夫妻に聞いた話ともなんの食い違いも見当たらない。
まあ、そもそも警察が一度調べたんだ。滅多な事が無い限り間違いなどあるはずがない。

「しかたない、最後に事件現場見てから帰るか」

「はい!」





事件の現場になったのはの表通りに面している雑居ビルの屋上だ。
朝蔵祥子は此処まで逃げて来た後、被疑者のチンピラ達に突き落とされたらしい。
落とされたと思われる場所には、KEEPOUTの黄色いテープがあった。
屋上から下を見ると、まるで光りの川の様だ。
俺はそんな景色を眺めながら、俺はずっと考えていた。
一体、朝蔵祥子は最後に何を見て死んでいったのだろう。
何を思って、落ちていったのだろう。
今ではもう、それを知る術は無い。
屋上をざっと見回す。怪しい所は特に無い。
だが、俺は違う。
俺は見ることが出来る、聞くことが出来る。この世に未練を残して死んだ哀しい霊達の姿を、声を。

「・・・・朝蔵、祥子さんかい?」

そして俺が落下現場に目を戻すと、そこにはさっきまでは居なかった一人の少女の姿があった。
すらっと伸びていた髪はボサボサになり、表情は前髪の所為で見ることが出来ない。

「あの、祥子さん!私達、貴女のことを捜すように貴女のお父さんとお母さんから頼まれたんです。あの、何か話したい事とかあったら話してもらえませんか?」

少し反応はしたものの、目の前の少女の霊は何も答えない。
何度か美花が話し掛けるが最初以外全く反応をしなかった。

「はう、どうしてなんでしょう?此処にいるってことは、絶対何か伝えたいことがあるはずなのに・・・・」

「・・・・霊ってもんはな、結構矛盾したもんなのさ。
話したいけど話せない。言いたいけど言いえない。
知りたいけど知りたくない。
霊になったってことは、この世に何か未練が残ってるってことだ。
故に霊達は、その未練に沿った行動しかとることができない。
そして、その未練が晴れるまで霊達は成仏出来ず、その場所に留まる事になる。
だからこそ、霊達に話を聞くのは容易なことじゃない」

「でも礼偉季さん。私には普通に話し掛けて来ましたよね?」

「お前みたいに誰でもいいから話を聞いてほしい霊だけなら苦労しないさ。
心に秘めた思いをうまく昇華できずに霊になる奴もいる。そんな奴らはなかなか話してくれないし、中には未練が何なのか隠しすぎて忘れるやつなんかもいるんだ」

俺は少女の霊に向き直る。

「そういう奴らがしっかり成仏出来るように手伝ってやるのが、俺の仕事だ」

少女の霊は微動だにせずそこに居る。
さて、先ずは前哨戦だ。

「最初に言っておく。俺は、あんたが朝蔵祥子じゃないと思っている」

「え?ちょっと、礼偉季さん?!」

「もう一度言ってやる。お前は朝蔵祥子じゃない」

その時、少女の霊がまたピクリと反応した。
少し顔を上げ、その前髪の奥から俺を睨みつけてきた。

「俺達が朝蔵夫妻に依頼を頼まれたのは本当だ。夫妻は、娘を探してくれと依頼してきた。本音を言えば人探しなんて受けたくはなかったんだが、霊が絡んでいるとなれば話は別だ。俺は必ずこの事件の真実にたどり着く。そしてお前を成仏させる」

「・・・・」

「ふっ、まだまだ真実には程遠いってか・・・。いくぞ、美花」

「あ、待ってください。礼偉季さん」

「・・・・・」

なあに今はまだ顔見せだけだ。
次に会う時は、この事件が終わるときだ。
俺達は、屋上を後にした。

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あきゅろす。
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