天に召しませ
[4]
「で、冗談はここまでにしとくとして〜一体何があったんだ〜い?」
ラジエルはすこし真剣な顔になって恍大の顔をのぞき込む。
何で天使どもはいつもその顔でいないんだ?と疑問に思いながら恍大は
話し出した。
「・・・俺達が立ち会ったのは悪魔の召還儀式、召還されようとしていたのは
地獄の獄吏マレブランケ共だ」
「そこら辺は愛利の報告から大体の事情は聞いてるよ〜。僕が知りたいのは〜君が戦った戦闘マシーンの方さ〜」
「マシーン・・・なのかなあいつは。まあ、普通の人間じゃないことは確かだ。
何らかの改造は受けていたんだろう。正直、あの状況だったら勝てていたかは微妙だな」
「んん〜、遂に人間の技術もここまで来たか〜って感じだね〜。検討は付いてるのか〜い?」
「奴の装備品を見る限り、十中八九“教会”だ」
「んんん〜、彼らも健気だね〜」
“教会”
彼らはそう呼ばれている。何処の宗派にも属さず、どの宗派にも太いパイプを持ち、構成員は人種、国籍などは関係なくあらゆる分野から集められた選りすぐりの科学者、宗教関係者、および退魔師。
そして、彼らすべてに唯一共通すること。それは、悪魔を死ぬほど憎んでいること。
彼らがいつ頃誕生したかは定かではない。最初はこの世から悪魔を抹殺すべく各宗派からエリートの退魔師達を集めて結成されたらしい。しかし、彼らの理念は悪魔の抹殺であり、悪魔を元の世界に戻し、バランスを保とうとする天界やクインシー達と対立。規模も巨大化し、暴走を続ける彼らを見かねた天界がクインシー達と共に撲滅した。はずだった。
その後、各宗派の元に散った技術者や関係者はそれぞれの宗派を隠れ蓑に地下組織として活動して今に至る。
今まで表だった活動は控えていたのだが、昨夜の襲撃は活動再開の狼煙なのだろうか。
「教会が本格的に活動を再開したとなると〜、君の仕事も増えることになるよ〜。今まで通り悪魔を戻すだけじゃなくて彼らの行動も阻止しないといけないからね〜」
そう言いながらラジエルは指をわきわきと動かす。
また何かろくでもないことを考えているのだろう、恍大はラジエルから少し距離を取った。
この前だって、全身のスペックアップのためだと怪しげな手術を無理矢理されたばかりである。恍大は、未だにあの時手術台に縛られた時の光景が時々夢にでてうなされている。
「ま、そっちの方はこれから考えるさ。それよりも、俺はマレブランケの方でお前に用がある」
「んんんん〜?な〜に〜か〜な〜?」
とある町、とある十字教の教会の地下室は、教会の研究所として機能している。
そこでクルーガーは冷たい金属の台の上に寝かされていた。
全身には針やコードが無数に刺さっており、周りのモニターにクルーガーの状態を報告している。
その部屋の光源は台の上のライトのみで、周りでは教会にいるには不釣り合いな白衣を着込んだ研究員が忙しく歩き回っている。
不意に、計測が終わったのか、クルーガーから針やコードが抜かれ、台には一人の神父が近づいてゆく。
ロマリーだった。
「彼の意識を戻してください」
ロマリーが命じると、彼の後ろにいた研究員がキーボードを操作して信号を送る。
クルーガーの後頭部に信号が送られ、そこからの軽い電気ショックでクルーガーの意識は呼び戻された。
薄く目を開け状況を確認、各部位に異常なし、内部に残る蓄積ダメージもなし、
コンディション・オールグリーン。
「おはようございます、クルーガー君。体に異常はありませんか?」
ロマリーが微笑み話しかける。
「・・・強いて言うならば」
「?・・・何ですか?」
「目覚め一発目に貴様の顔を見て胸くそ気分が悪りぃ」
ロマリーの笑顔が歪に歪んでゆく。
クルーガーはそれを見て心底楽しそうだった。
「ま、まあ、その程度ならば問題はありませんね。それで、如何でしたか?初任務のご感想は?」
ロマリーは眼鏡の位置を直しながら聞いた。
「はっ!あんなもん、全然やりたりねーな!悪魔共は一発喰らわせりゃあ、逃げやがるし。もう片方の奴はいい気持ちになってきた途端に仲間が援護に入りやがったし!
大体なんだよあいつら?報告には無かったじゃねーかよ」
「貴方が聞かずに飛び出したのでしょうが。ま、それはともかく。彼らはおそらくクインシーと天界異端審問官の方々でしょうな」
戦闘中、クルーガーが見た映像は全てここの装置に記憶される。そしてその映像を解析することにより動けなくなった場合の救出や、敵の行動パターンの把握などのサポートをするのである。
「あぁ?何だそいつら?」
「クインシーの方は知っていますね、インプットしてありますから。天界異端審問官の方ですが、我々も伝承の中でしか知りません。天界から使わされ、悪魔を元の世界に還し、この世のバランスを守る者。それが彼らです」
ロマリーが話している途中にクルーガーは台を降り、用意されていた服に着替える。
「まどろっこしい話はいいぜ?俺が聞きてぇのはあいつらが敵かってことだけだ」
「・・・基本的に、彼らはあくまでも悪魔達を地獄に還すことが目的です。そこにおいて我々の教義とは外れています」
「つまりは殺っちまってもいいってことだよな?!」
クルーガーはいつもの服装に着替え、ロマニーの方へ振り向く。
その目は爛々と輝いているように見える。
飢えた野獣の目だった。
「そうは言っておりませんよ。ただ、任務において予想外の事象はいつでもあり得ることですから、もしかしたらこちらの攻撃があちらに当たるかもしれませんね?」
ロマリーはその視線から逃れるようにさっきとは反対の方へ向く。
だが、彼の口元は嫌らしいくらい笑っている。
「くっくっくっくっ、それさえ聞けりゃあ、もう安心さ」
クルーガーは階段の元へ歩いてゆく。
階段を上がり、そのまま聖堂には向かわず裏口から出る。
あいかわらず通りには寝っ転がっている浮浪者や蹲っている子供がいる。
ふと顔を上げると、建設中のビルが目に入った。
恍大達はラジエルの店を後にし、表通りを歩いていた。
頼むから出るときに店員全員にまたのご来店お待ちしてまーすと言わせるのだけは勘弁してほしいと思いながら、恍大は横を歩く愛利の報告を聞いていた。
「と、いうわけで。これからわたしたちはまずマレブランケ達のアジトを探さなきゃいけないの」
「そんぐらい、あっちで見つけてくれねーのか?」
「天界も天界で大慌てみたい。だって何の前触れもなく高位悪魔の召還、しかも同じ悪魔が。何か魔界で大きな動きのある前触れかもしれないって、サリエル様たちもこっちに構っていられないんだって」
「は〜。これから起こるかもしれないことより今実際に起きていることの方が大事だと思えんのかね〜まったく。まさに上にいるは方々は下端のことなんて何にも解っちゃいね〜ってか」
「まあまあ、そう愚痴らないで。それだけ私たちが信用されてるってことだよ。それにカスミさん達も協力してくれてるんだしさ」
恍大のグチに愛利がアンテナを揺らしながら答える。
「ま、そういうことにしときますか。よし!そうと決まれば、張り切って探すとするか?」
「うん!がんばろ、お兄ちゃん!」
愛利が笑顔で同意した。
そうだ!どうせ文句言ったって通るはずないのだ!ならば前に進むしかないじゃないか!天使だってこんなに笑顔じゃないか!そうするのが正解に決まっている!!・・・正解だと思いたい。
恍大が妹に向けていた顔を前に戻すと、そこに奇妙な光景が入ってきた。
思わず足を止める。
「・・・何だ、ありゃ?」
前から、買い物袋が歩いてきた。いや、正確には買い物袋を持った人が歩いて来ているのだ。しかし、その量があまりにも大量なのである。
持っている本人が隠れてしまうぐらいに。
たぶん持っている人も余り大きくないのだろう。左右にふらふら揺れながら微妙なバランスを取りつつ前進している。
周りの人は買い物袋を避けるために皆端に寄る。
恍大達も例外なく端に寄った。
「まるでモーゼの海割りみたいだな」
「あれはもっとすごかったよ」
「直で見たのか!?」
そんな間にも買い物袋は進行してくる。
「すみませ〜ん、すみませ〜ん」
近づいてくるにつれて声が聞こえてくる。
「おいおい、まさか女の子なのか?」
「声からして・・・。でも、そうなると・・・」
買い物袋が接近してくる。持っているのはやはり女の子のようだ。
買い物袋にしたからかろうじてスカートの端が見える。
「すみませ〜ん、すみませ〜ん」
買い物袋が恍大達の所へさしかかろうとした瞬間!ビルの間から突風が吹いた。
「うわ!きゃあああ!」
少女のバランスが崩れる。
「こうなって」
「あ、あぶねえ!」
恍大が支えようと前に出た瞬間買い物袋がこちらに向かって崩れだした。
「こうなって」
「な!う、うわあああ!」
「きゃああああ!」
結果、少女もろとも大量の買い物袋の下敷きになった。
「やっぱりこうなった」
聖恍大は今日も不幸であった。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだよ。こっちだって助けようとしたのに逆にこっちまで潰されちゃって」
「そうだよ。困った時はお互い様」
三人は喫茶店でお茶を飲んでいた。
あの後、周りの人にも手伝ってもらい何とか二人を発掘、また一人で持ってゆこうとする彼女を恍大達がとりあえず近くの喫茶店に誘ったのだ。
「それにしても、すごい量の買い物だな」
彼女の横にはさっきの大量の買い物袋がまさしく山のように積んであった。
「一体なんなの?こんなに大量に?」
「あははは〜、実は、私つい最近この近くに引っ越してきたばかりで、あまり日用品とかも揃って無くて、その、隊ちょっじゃなかった、姉様達の分までいろいろ頼まれて、それで〜」
「結果がこの量かい」
「はい」
少女はこくりと頷く。
まったく、こんな量の買い物を女の子一人にやらせるなんてなんて姉たちだ。
「お兄ちゃん・・」
「ああ、わかってる。なあ、もしよかったら俺達がその荷物運ぶの手伝おうか?」
「ええ!でも〜」
「いいっていいって、またあんな風に転けたら大変だろ?」
「わたしたちも急ぎの用事とかないし、大丈夫だよ!ね?」
「あうあ〜、わかりました。それじゃあ」
その時、少女のポケットから携帯が鳴り出す。
少女が慌ててポケットから出すが、使い慣れていないのかなかなか出られない。
5コールくらい鳴った後やっと出ることができた。
「はい!もしも・・・あああはい!わかってます!!すみませんすみません!!」
「誰からかな?」
「さあ?」
「あああああはい!すぐ帰ります!はい、はい、わかりましたカニャッツオ・・・姉様」
「おぶう!!」
恍大は飲んでいたコーヒーを盛大に吹きだした。
「???・・・はい、はい、わかりました。それでは。・・・ええっと、どうなさいましたか?」
少女が携帯を切り、こちらに向き直る。
恍大は背中を愛利にさすってもらいながら息を整えた。
「あはは〜、なんでもない。なんでもないの」
愛利が右手でテーブルを拭きながら答える。
「はあ。・・・なら、お姉様達が待っているのでそろそろ」
「その前に・・・」
やっと息を整えた恍大が、席を立とうとした少女を引き止める。
「君の名前を教えてくれないか?」
「へ?ああ、すみません。私、ルビカンテって言います」
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