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天に召しませ
[3]
恍大達がビルに突入してから数十分後、ビルの前に一台の車が止まった。
窓にはすべてスモークが掛けてあり中の様子を伺うことは出来ない。
色は一片残さず黒一色。
そして車体の前には小さな天使の像が取り付けられていた。

「分かっていますね?今回が初任務だったからなんて言い訳、上には通用しません。我々の期待を裏切る様な結果だけは残さない様にしてください」

車の後ろのドアが開き、中から一人の男が現れた。

「ここら辺一帯は我々が既に隔離しましたので大丈夫です。
つまり周りの被害を考えて手を抜いたなんて言い訳も出来ません」

男はビルを見ずに道路を見下ろす。
まるで今その下で行われていることを見るかのように。

「装備に間違いは有りませんね?基本的にS装備はどんな状況にも対応できる様になっていますので。
って、聞いているのですか?クルーガー君?」

車の中でしゃべっていた男、ロマリーは、外に出ていた男、クルーガーに呼び掛ける。
まさか、こんな出撃ギリギリになって不都合など堪ったものじゃない。
しかし、クルーガーはいつもの調子で返事を返す。

「ああ、ちゃんと聞こえているさ、ロマリー。最後に確認なんだが―」

クルーガーが犬歯を見せながらにやっと唇を吊り上げた。

「―中にいる奴は全員皆殺しにして構わないんだよな?」

まるでその姿は獲物を目の前にして主人から待ての合図を貰っている涎を垂らした猟犬の様だ。

「―――!!」

ロマリーはその姿を見て戦慄した。もしかしたら自分たちはとんでもない物を作り出してしまったのではないのだろうか、と。

「へっ、いいんだな?沈黙は了承と受け取るぜ」

クルーガーはビルの方へ足を進めだした。

「はっ!ま、待ちなさい!中には」

その時、突然地面が揺れ始めた。震源は近い!!
ロマリーは車で体を支えながらやっとの思いで踏ん張っていたが、
クルーガーはまるで何も起きて無いかのように突っ立っている。
その視線を地下に向けたまま。
その口許がさらに三日月形にあがっていく。

刹那、ビルの地下から碧い炎が吹き出した。炎はビルを飲み込み空へ突き刺さる。
ビルのガラスは全て割れ飛び散り、ロマリー達の頭の上に降り注いだ。
何という光景だ、蒼い炎がそのまま空に突き刺さったかのようだ。
周囲は炎に照らされ蒼い光を反射し、まるで世界が青色になったかのようだった。

「おい、いつまで待たせる?早く発進の許可をくれ。じゃないと宴が終わっちまうぜ」

そんな光景などお構いなしに、クルーガーはロマリーを急かす。
まるで遊具を目の前にした子供のように。
しかし、彼の目に映っているのは遊具なのではなく、ただ、相手を殺す、その瞬間のみだった。
その時、炎の柱の根本からすさまじい光と衝撃波が地上にいるすべての物を襲った。
それは今までのよりも強い衝撃で、流石にクルーガーも一歩後ずさる。
あんなに燃えさかっていた炎の柱も一瞬にして消えてしまった。

「は!ロマリー!今だ!早くしやがれ!!」

「わっ!わかりました!我、主に仕えしロマリーが命ずる。クルーガーよ、その身をもって、すべての悪に神の鉄槌を!」

「音声認識、ロマリー神父を確認。オールリミッター解除、戦闘モードに移行。身体面、精神面、共にオールグリーン。さあて、狩りの時間の始まりだぜぇ」

クルーガーはビルに向かってその身を踊らせた。









恍大が体を起こし、あたりを見回すと元居た地下神殿はその面影も残さないほどボロボロになっていた。
周りの長いすはすべて吹き飛び、後ろで残骸になっていた。
祭壇の周りもきれいに吹き飛ばされていたが、祭壇の上はまだ煙でよく見えなかった。そして何よりも天井が先の炎で吹き飛ばされ、上のビルを突っ切り星空が見える。

(召還は?阻止できたのか?いや、今はそれよりも)

「愛利!カスミ!大丈夫か!?」

恍大が無事を確認しようと後ろを振り向いた。
その時。

「ふふふ、いきなりなご挨拶じゃないかい?」

恍大が声のした方へ振り向くと、煙の晴れた祭壇には一糸纏わぬ12人の女性達。
年齢こそバラバラだが、その目は一様に赤く光っていた。
その中で一番体が成熟しているであろう美女がその右腕に光を失い、ただの棒となったロンギヌス・レプリカを持っていた。

「もう少しこの槍が早かったら、私たちは顕現出来なかったかもしれないのだから」

そういって、ロンギヌス・レプリカを右手一本で砕いた。

「こりゃご丁寧にどうも。ついでにあんたらが誰かも教えてくれる?生け贄まで使ったんだ。結構有名人じゃないのかい?」

恍大が愛利を起こしながら彼女たちに問う。カスミはすでにヤタガラスを構えていた。

「聞かれたら名乗るのがこちらの礼儀だったな。ならば応えよう。我らはマレブランケ!魔界の第八圏第五濠に住みし獄吏どもさ!」

「マレブランケ!ではやはり、ダンテの神曲の!」

「ほう。そこの女、我々のことを知っているのか?
いかにも、この世ではダンテの神曲の中に私たちの記述があるな」

問いに答えたマレブランケはすっと祭壇から地面に降り立つ。
地面は瓦礫だらけであるにもかかわらず、彼女の足には傷一つ付かなかった。

「個人の紹介がまだだったな。私はマレブランケ隊長のマラコーダだ」

カスミは構えを解かずにマレブランケ達を見回す。

「ICPO心霊・規格外生物対策室のカスミ・シルバーアローです。
あなた達、一体今どういう状況か理解していますか?」

「どういう状況だと?」

マラコーダが眉をひそめる。

「今地上はあなた達の顕現でバランスが少なからず変動しました。バランスを保とうとしている我々にとっては、あなた達には即刻退場願いたいのですが?」

カスミが弓を引き絞る。狙うは眉間、この一矢で終わらせるべく全神経を集中させる。

「おやおや、ずいぶんな言い草だな。こっちにも悪魔は居るだろう。我々だけ不公平じゃないか」

後ろにいた残りのメンバー達が、クスクス笑いながら恍大達を囲むように移動する。
恍大は愛利を自分の後ろに隠しながらガントレットを構える。
ロンギヌス・レプリカほどではないが、このガントレットも当たれば相当な威力である。

「彼らはそれほどバランスに影響しませんので。しかしあなた方、神話や伝承などに出てくるレベルだとそうはいきません。
よって即刻退場願います!」

カスミはマラコーダに向かって、銀の矢を放つ。限界ぎりぎりまで引き絞られたそれは、既に限界を超えた速度で、マラコーダの吸い込まれるように向かい
マラコーダが頭から後ろにのけぞる。が、

「くくくく、惜しかったな。真正面からでなければ、擦ったかもしれぬのに」

すぐに元に戻り、カスミ達に向かって笑った。
マラコーダは右手の指にカスミの矢を挟んでいた。

「さて、そちらからの挨拶だけでは格好が付かんな。そろそろ我々の挨拶も受け取ってはくれまいか」



その時だった。
彼らの上から、銃弾の雨が振ってきたのは。



その時地下にいた者は誰一人何が起きたのか理解できなかった。
銃弾は床をえぐり、ボロボロだったその場所をさらに廃墟に変えた。展開していたマレブランケの面々も恍大達から遠ざかった。
中には一人躓いてこけたやつも居たが。
恍大は愛利を庇い、カスミは頭を守り動けない。

「ども〜。掃除屋で〜す。ゴミ掃除に来ました〜」

恍大達は一斉に上を見上げる。
そこには一人の男が天井に開いた穴からこちらに銃を向けていた。

「はひゃ!いるいる〜♪一つ、二つ、三つ・・・・はは!いいねいいね〜
テンション上がるー!」

男は底に降り立ち、銃を向けながら周りを見渡す。
男は頭にバンダナを被っていた。
体に着ているのは修道服だろうか?恍大にはわからなかった。
まず、全体の色は黒一色であり、普通の修道服とは違いズボンと服に分かれている。
肩には短いマント。
腰には剣の持ち手が幾つも吊ってある。
そして一番おかしいのはその手に持っている二丁の異様な形のどでかい銃。長さはショットガンぐらいあり、弾を込めるところにマガジンが上下に一つずつ付いている。端から見たら、それは十字架に見えた。

「何者だ。こいつらの仲間か?」

「い〜や、ぜんぜん。ってかこいつらあんたらの仲間じゃねーのかよ?あ〜あ、どうしょっかな〜っと」

その男、クルーガーが恍大達に視線を向ける。

「ま、いいか。別に皆殺しにしてもいいって言われたしな〜」

マラコーダの目細める。恍大達は動かずに状況を見守る。

「ほほう、我々を殺すと言ったのか、その口は?」

「ああ、言ったね。だったらどうするっつうんだよ?」

クルーガーが銃を向ける。

「分をわきまえろ!小僧!」

マラコーダが腕を勢いよく突き出すと、赤い絨毯だった部分が拉げてゆく。

とっさに愛利が前に出る。腰にぶら下げていた聖水が入った小瓶を投げ、聖句を唱える。すると中に入っていた聖水が陣を作り恍大達の周りに展開、結界が完成した。
その瞬間、衝撃波が通りすぎた。衝撃波は地面をめくりあげながら後ろのドアおも吹き飛ばした。

「なんとか、間に合った・・・」

「サンキュウな、愛利」

あのタイミングなら、天界で造られたこの体を持ってしても完璧に避けきれるのは無理だったかもしれない。

「ううん、これが私の仕事だから。でも、あの人は・・・」

前を見ると、そこにいたはずの男が跡形もなく消えていた。残るのはえぐれた大地のみ。
血の後すら残っては居なかった。

「あのタイミングだと。私だって反応するの、ぎりぎりだったし」

マレブランケ達は当然の光景だと言わんばかりである。
しかし、その期待を裏切る声が、頭上から飛来した。

「ひゃはははは!なんだそれ!それが悪魔の力ってか!!」

また、一斉に上を見ると、銃を構え、頭から墜ちてくるクルーガーが居た。
まさか、上に飛んで避けたのか?!恍大に戦慄が走った。

「ほうら、お返しだ!!」

クルーガーの銃がフルオートで火を噴いた。

「そのような武器で、我々に傷をつけると!?馬鹿な、普通の弾丸では我らに傷一つつけられん!!」

マラコーダが右腕を上げ、銃弾を止めようとする。が、
またも予想を裏切りマラコーダの腕を貫通する。

「隊長!!」

撃ち抜かれた衝撃で倒れそうになったマラコーダを一人が抱え、残りのマレブランケが前に集まった。
クルーガーが元いた位置に着地する。

「普通の弾丸ならな。だがこいつはな、どっかのありがた〜い銀十字を溶かして造ったっていう特別製でな。
どうだ?痛いか?」

「くっ!くそぉ・・・・・っ!!」

「隊長、ここはいったん引きましょう。まずは情報を集めなければ」

マラコーダが隣にいたマレブランケに抱きかかえられた。

「おいおい、誰が逃がすっていったよ?!」

クルーガーが腰に吊っていた剣の柄に手を伸ばし、刃を顕現させ投げつける。
その剣は地下から生えた焼けただれた手に刺さった。手が崩れるのと同時に剣の刃も消え去る。

「あなたのお相手はこの子達がやってくれるでしょう。さあ、隊長私の肩に。
アリキーノ、カニャッツオ、カルカブリーナ、グラッフィーアカーネ、ファルファレロは私の後に続け!
スカルミリオーネ、チリアット、リビコッコは殿またはこちらの援護、ドラギニャッツォ、ルビカンテは殿だ!いくぞ!」

マレブランケ達は翼を顕現させ、副隊長バルバリッチャの言った順に飛び立っていく。
その間にも、地面からは次々に焼けただれた亡者が出てきている。

「な、なんなんですか!この亡者?」

「おそらく、マレブランケ達が地獄でいたぶっていた亡者どもでしょう。焼けただれているのは天然アスファルトの池に沈んでいたから」

愛利の驚きに、カスミが冷静で答えた。
マレブランケ達は地獄では天然アスファルトの池を監視し、浮かせようとする者や、ズルをしようとする者を鉄の鉤で釣り上げて痛めつけるのだ。

「ま、そんなことより、さっきのやつじゃないが、ここはいったん退かねえか?
今はこんな雑魚よりも、マレブランケどもだろう。いいところに同業者の人も居るわけだし」

恍大がマラコーダによって破壊されたドアを見ながら言った。

「おいこら、誰が帰っていいって言ったよ?」

クルーガーが銃を恍大達に向ける。

「俺は言ったはずだぜ?皆殺しってな。当然あんたらも数の内なんだけど?」

「俺は今武器が無くて本調子じゃないんだ。やるならまた今度ってのはどうだ?」

「かんけ〜ね〜よ〜。俺さ〜、ただ殺したいだけなんだよ」

「・・・・お前、狂ってるな」

恍大がクルーガーに向き直り、ガントレットに力を込める。

「カスミ、愛利。こいつら任せられるか?俺はこのイカレをぶっ飛ばす」

「は!言ってくれるね〜。決めたぜ、先にあんただ。せいぜい楽しませてくれやー!!」

「うおおおおおおおおおお!」

恍大はクルーガーに向かって飛んだ。












「で、ボコボコにされて逃げ帰ったんですか〜?」

「ちがう!一向に勝負が着かなくて、最後はカスミが周りの壁全部崩してそいつを置いてきたんだ!」

あの事件から2日後、恍大と愛利はとある雑貨店に足を運んでいた。
普段は普通の雑貨店であるこの店「エンジェル」だが、その正体は天界と恍大達をつなぐ、いわばベースキャンプのようなものだった。
ここで恍大達は、天界からの物資を受け取ったり、体のチェックをしてもらったりするのである。
ここの店を任されているのは天界開発局局長ラジエル。恍大や愛利の体や、ロンギヌス・レプリカ、恍大のガントレットを造ったのもラジエルその人である。
普通の日は滅多に店に顔を出さないのだが、恍大達が来るときだけは絶対居たりする。
ちなみに店員はすべてラジエルが作り出したオートドールであり、全員ネコ耳メイドになっているのは店長であるラジエルの趣味だったりする。
ラジエルに言わせればネコは魔除けとしても機能するので、彼女たちはこの店の結界にもなっている、らしいのだが。
それにプラスされているメイド服は完璧奴の趣味だ。全員自分で造ったわけだし。
恍大はその店員の一人と話していた。愛利は奥で今回のことを天界に報告中である。すると奥からラジエルが現れた。

「恍大、今回はず〜いぶん手酷くやられたじゃないか!!ここまで君がボロボロされるとは、敵はかなりの高位の悪魔だったんだね〜?」

ぼっさぼさの頭にモノグラス、白衣を肩に引っかけて、顔の色はどこか青白い。
それがここでのラジエルの姿。

「ああ、確かに今回召還された悪魔は結構高位だったが、やられたのはそいつらにじゃねえよ」

恍大は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「ほほ〜う、僕の最高傑作の一つであるその体で悪魔以外にボコボコにされるなんて信じがたいね。
で、何にやられたんだい?
は、まさか任務の後にアイリーンを襲おうとして逆に!?」

「な!んなわけあるか!!」

「きゃー!恍大さんの色情魔!!」

「だからちがうっての!」

「だよね〜、アイリーンだったらむしろそのままベッドに押し倒されそうだもんね〜」

「ば、馬鹿言うな!!」

「きゃーー!禁断の兄弟愛!!」

「だから人の話聞けっての!!」

「大丈夫だよ〜、君たちの愛は天界も祝福してくれるさ〜♪
あ、でもガブリエルあたりが怒り狂いそうだな〜」

「きゃーーー!昼ドラも真っ青のどろどろ三角関係!!」

「・・・・・もう、いいよ。お前ら」


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あきゅろす。
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