天に召しませ
[2]
コツ、コツ、
何もない暗闇に足音が鳴り響く。その数は二つ。
お互いに身を寄せ合いながら、まだ少女と呼べる歳の女の子達は、
まるで何かに怯えているかのごとく、しきりに周りを見渡して、下へと伸びる先の見えない階段を一歩一歩墜ちてゆく。
先を照らすのは自分たちの持っている懐中電灯ただ一つ。
その光がいくら先を照らしても、まだ行き着く果ては見えてはこない。
いくら周りを照らしても、周りに映るのはコンクリートの壁と闇ばかり。
それどころか周りの闇が濃くなり、自分たちを飲み込んでしまいそうだ。
前の子はもう何度も自分たちが来た道を振り返り、
後ろの子は、ずっと爪をかみ続け、指先から血を垂らしながらも何とか自我を保っている。
また前の子が後ろを振り返った。
何かがいたというのか、懐中電灯の光は自分たちが進んできた闇しか照らさず、もう、入ってきたドアさえ映さない。
少女はもう、何度それを確認したのか。それすらも頭の中で理解ができない。
いやしたくない。
何度も何度も確認し、何度も何度も未練がましい自分に言い聞かせる、もう戻れない、そうやって何度も同じ時を繰り返す。
いや戻りたくない、そう、これは自分が、自分たちが選んだこと、誰に決められたわけでもない、
誰に用意されたわけでもない、自分たちで選んだ道、もう、上には戻らない、
もう、あんな世界なんか戻りたくない、あんな偽りだらけの世界なんか!
少女達は階段を墜ちてゆく。目の前にあるはずの真実を信じて。懐中電灯が照らす闇の中へと。
そう、少女が何回目かの考察を繰り返した瞬間、いきなり階段は終わりを告げた。
一瞬、前の子は自分たちに何が起きたかわからなかった。
もうこれで終わりなのか、自分たちの永遠とも思える冒険はこんなにあっけなく終わってしまったのか。
前の子が止まって、後ろの子がビクッと周りを見回す。周りには何もない。あるのは闇ばかり。
ついに壁さえ見えなくなった。どこへ光を向けても、もう何も映さない。あるのはただ、闇ばかり。
少女達は落胆する。前の子は唯一の光を落とし、後ろの子は膝から地面へと腰を落とす。
何もない、何もない、あるのはただの闇、ばかり。やっぱりそうだった、今回も騙された。
何が世界の真実だ!何が君たちは選ばれただ!何もない!こんな所、何もないじゃないか!
どうせまた、あいつらの悪戯だったんだ!そうに決まってる!!
どうせ今もどこかで私たちを見張っていて、笑ってやがんだ!
私たちはみんなのピエロ!ずっと踊らされていた道化!みんなのいいような笑いもの!
・ ・・なんで、なんでなんでなんで!いつもあたしたちだけこんな目に!何かした?あたしたち、なにかしたの?!
何もしてないのに、何で・・・やっぱり嫌いだ、こんな世界、大っ嫌いだ!
無くなってしまえばいい!消えてしまえばいい!!みんなみんな!
教室の蛆どもも、いつも見下す先生も、そしてあの男、そう、そもそもあの男がいけないんだ!
いきなりあたしたちが選ばれたとかいいやがって!だいたいあのクソおやじが──
「おやおや、ちゃんと来てくれたのですね」
ハッ、と声のした方を振り返ると、少女達の後ろには男が立っていた。
首から下をマントで包み、顔には上半分だけ隠れる仮面。その奥に隠された目は、見ることができない。
「いやいや助かりますよ。あなた達のように素直に来てくださると。
いちいち攫いに行くのも面倒でしてね。いや〜、ほんと。子供は素直が一番ですね」
わけがわからない、なぜこの男はいきなり後ろに立っていたのか?一体何を話しているのか?
ただ、少女達は震えが止まらなかった。
「おや?どうしましたか、そんなに怯えて?何も怖がることはありませんよ?
これからあなた達は、世界の、この世の真実を見ることが出来るのですから」
仮面の男は扉に手をかけていた。そこに扉なんてあったのか?
そんなことを考えている余裕なんて、少女達にはありはしなかった。
ただわかったのはその扉がとても大きく、そして決して開いてはいけないということだけ。
開いてしまっては、もう、後戻りは出来ないということだけ。
「さあ、行きましょう。時はもう、十分に満ちました」
仮面の男がゆっくりと扉を押した。中からは、溢れんばかりの闇が這い出してきた───
カツ、カツ
人工に作られた闇夜に3人分の足音がこだまする。
昼間は笑顔が絶えない表通り。その一角に位置し、いくつもの有名な会社が入っているペナントビル。
その地下に恍大、愛利、カスミの3人はいた。
近頃多発している女性ばかり狙った誘拐事件、ついさっきも女子生徒二人がリストに追加された。
もし相手が悪魔召還の儀式をするならば生け贄が必要。そして古来より孕むものとしてよく女性が利用された。
恍大達はこの事件に目をつけた。そしてその二人がこのビルに入ったという目撃情報がはいったのだ。
調査の結果、地下に大きな空間が空いており、微弱ながら邪気も感知された。
恍大達が乗り込むと、本来ならボイラーや配電盤のあるその階にはもう一つ下へ降りる階段があった。
深い深いその階段はひっそりとその口を開けていた。
カツ、カツ、
聞こえるのは足音のみ。その足音さえも周りの濃い闇に吸い込まれてしまいそうだ。
「しっかし長い階段だな。下りだしてから二分は経ってるぞ?」
恍大が呟いた。
見た目は何の変哲もない鉄の棒、「ロンギヌス・レプリカ」を右肩に担ぎ後ろを歩いているカスミを振り返る。
「もうすぐ最深部に着くはず」
カスミは素っ気なく言い放った。
カスミは朝来たのと同じスーツに、左手には彼女の専用武装篭手「ヤタガラス」が装備されていた。
普段から口数は多い方ではないが、任務中となるともっと少なくなる。必要最低限のことしか言わないのだ。
「そうだよお兄ちゃん。周りの邪気も濃くなってるし。たぶん『神殿』ももうすぐだよ」
二人の間にいた愛利がカスミの言葉を補足する。愛利のアンテナも周りの異状を感じ取っていた。
神殿とは儀式をするときに作られるもので、
召還ならばするものの規模により神殿も巨大になり、且つ邪気などが濃くたまりやすい場所でなくてはならない。
そう言う意味では大都会の地下なんかは打って付けである。
「っと、言ってる側からお出ましみたいだぜ?」
階段が終わり、視界が開けると、そこに巨大な門が出現する。
扉の両脇には松明が置いてあり、不気味に浮かびあがらせていた。
扉には陣が浮かび上がっており扉を封印していた。中からは何も聞こえない。
一般人ならばここで一目散に逃げだすだろう。
そして地上に上がったとき、そのギャップにあれは夢だったんだと自己完結してしまうのだ。
しかし、ここにいる者達は違った。その扉を何の恐れもなく見上げる。
「ここだな?」
「ああ、間違いない。ここが邪気の中心だ」
恍大とカスミは扉を見ながら確認しあった。
「それじゃあお兄ちゃん、カスミさん、準備はいい?封印解除するよ?」
愛利は扉に手を付き後ろの二人に確認する。
「おう、いつでもいいぜ?」
恍大はロンギヌス・レプリカを肩に担ぎなおした。
「準備万端。あなたのタイミングで、いつでも」
カスミが左手の篭手を解放する。折りたたまれていた弓が開き、弦が張る。
右手が腰に伸び銀色の矢を取り出し、左手の弓につがえる。左手に小型の弓矢が出現した。
カスミの家は元々日本に古くからある退魔の一家だった。
しかし時は江戸末期。ペリー来航により鎖国が解かれ多くの日本人が海外に出国する。
カスミの先祖も日本の退魔の技術を世界で試すためにアメリカに渡った。
そして誕生したのが専用武装絡繰り篭手「ヤタガラス」と日本と欧米の技術を併せ持つクインシー、シルバーアロー一族である。
愛利が解除呪文を放ち、封印が解かれ、扉がゆっくりと内側に開いてゆく。
そこはまるで教会のようだった。両側に長いすが奥に向かって並んでいる。
壁には等間隔で松明が掲げられ、必然的に真ん中が一番暗い。
その真ん中には祭壇まで真っ直ぐに通路が走り、こちらに背を向けた男まで続いていた。
その向こうには祭壇が見えるが何があるのかは男が邪魔で確認できなかった。
男がゆっくりとこちらを振り返る。男はその顔の半分を仮面で隠していた。
「ようこそいらっしゃいました迷える子羊達。しかしすみません、今宵のミサは中止となっております。お引き取り願えませんか?」
「はん!今更『普通』の神父の真似しても遅いっつうの。それに俺達、残念だけど入信者じゃねーんだわ」
恍大がロンギヌス・レプリカを神父の顔に突きつけながら答えた。カスミが一歩前に出て通告する。
「ICPO心霊・規格外生物対策室です。
拉致誘拐、神殿の無断建設、そして個人での規格外生物無断召還の現行犯であなたを逮捕します」
カスミの通告にも仮面の神父は何ら応えた様子は無かった。
口元に笑みをこしらえ両手を広げて祭壇の上から恍大達を見下ろして叫ぶ。
「それがどうしたというのですか!たかだか3人で一体何ができると?!
せめてこの前よりも多い人数でこないとこちらも楽しめないじゃないですか?」
男の周りに無数の影が生まれる。それは上から降りてきた人形の影だった。
しかもそれは1体だけではなく次々と現れた。
顔が継ぎ接ぎだらけのやフランス人形のような精巧な人形まで種類は様々だが、皆一様に手には武器をぶら下げていた。
中にはリボルバーを持ったやつまでいる。
「しかも、ご丁寧に挟み撃ちってか?」
恍大が後ろを振り向くとドアの前にも同じように人形達が立ちふさがっていた。
これで逃げ道は断たれた。
恍大はロンギヌス・レプリカを構え、間合いを計りながら対峙する。
「ねえお兄ちゃん。あの斧ってさ、やっぱちゃんと切るのかな?」
そこに愛利が脳天気な質問を吹っかけてきた。何で今なんだよと思いながら恍大は一応返答してみる。
「さあ。でもやっぱり切れるんじゃね〜か〜?いっぱしに持ってるわけだしよ。なんでだよ、いきなり?」
「え?だってさ〜普通あんなサイズの何処にも売ってないよ?どこで手にいれたのかな〜って」
「・・・・・」
愛利に言われてよくよく観察してみると、人形達が持っている武器のサイズはすべて人形達にあっていた。
ナイフや包丁ぐらいなら有るかもしれないが、流石に鉈や剣なんかは一体どうしたのだろうか?
むしろ愛利が言っていたリボルバーなんかはもってのほかだ。
つーかあれ何口径になるんだ?
ってか、そしたらここにある武器って全部オーダーメイドってことに・・・一体いくら掛かるんだよ?
は!まさか、全部あの野郎の手作りなのか?!
そういえば、なんか着ている服なんかもどこかしら手作り感のようなものが・・・・・
「恍大、真面目にやってくれませんか?」
はっ!と恍大が気づくと、皆の視線が自分に注がれていた。
(うっわ〜、なーにこの空気。ってか何ちゃっかり愛利まで兄をそんな目で見てるんですか?)
恍大はその態度を見て、妹の新たな一面を見たような気がした。
「ふ、ふふ、ふははははは!本当に驚かせてくれますねあなた達は。
しかし私も余り時間が有りませんのでこの辺で終わりにさせていただきます!」
口元に笑みを作りながら仮面の男が腕を振ると恍大達の後ろにいた人形が恍大達に襲いかかってきた。
「へっ!」
刹那一閃!人形達は恍大の手にある光の槍によって薙ぎ払われた。
「な!」
仮面の男の顔が驚きに歪む。
「あなたもバカですか?一部隊壊滅させられた私たちがなぜ今度はそれよりも弱い戦力で突入しなければならないのですか?」
カスミが男に向かって弓を構える。
恍大が、封印を解除し顕現させたロンギヌス・レプリカを構え直し、仮面の男に近づいてゆく。
男はとっさに残った人形を前面に集め、攻撃させる。
「そういや〜、自己紹介がまだだったなぁ」
向かってきたうちの2体がカスミの放った矢に堕とされる。
眉間のど真ん中に矢を撃たれた人形は空中で炎上し、崩れ落ちた。
「俺の名前は、聖恍大。職業は探偵兼──」
恍大は顔面に鉈を振り下ろしてきたやつを右手のガントレットで撃ち抜く。
飛ばされた人形は仮面の男の後ろの聖堂に着弾した。
「天界異端審問官だ。観念しなドールマター、貴様を元居た世界に還しにきたぜ」
恍大がロンギヌス・レプリカをドールマターの鼻先に突きつける。
「ふ、天界異端審問官が相手では仕方有りませんね」
ドールマターが操っていた人形達が地に落ちる。まるで操り人形の糸が切れたかのように。
これには恍大達も驚きを隠せない。
「これはどういうことだ?」
「どうもこうも、私をこのまま還してくださってかまわないといっているのですよ」
ドールマターが祭壇の上で手を広げる。
「なぜなら、この私の役目は、たった今、終わったのですから」
「っ!お兄ちゃん!強力な邪気反応!男の真後ろから!!」
愛利が叫んだ瞬間、ドールマターの後ろから蒼い火柱が天井を突き破る勢いで発生する。
その火柱の中に攫われた12人の裸の女性達が浮かび上がる。
歳は女性から少女までまちまちだった。
彼女らの体には番号と爪のマークが掘られている。その顔に表情はなく何かで眠らせられている様だ。
「クソッ!今までのは全部時間稼ぎか!」
「もう、遅いですよ!さあ、今ここに顕現せよ!魔界の第8圏5濠より来たりし12の悪魔達よ!!」
蒼き炎がより一層燃えさかり、恍大達は近づくことすら出来ない。
「お兄ちゃん!このままだと本当に召還されちゃうよ!」
「って言われてもなあ?!カスミ!何とできねえか?!」
「くっ!今のままでは無理です!
あの周りに展開している結界を突破しその上召還陣さえ破壊するほどの霊力を込めるのに、このままでは!」
そのうちにも儀式は着々と進行してゆく。陣の周りからは邪気が溢れ、炎の勢いはどんどん増してゆく。
「ちっ!しかたねえ!」
恍大はロンギヌス・レプリカをやり投げのように構えた。
「な、お兄ちゃんまさか!」
「愛利!小言なら、コレが終わってからいくらでも聞いてやる!」
あいつからも絶対グチグチ言われるな、と頭で考えつつ、
「カスミ!援護頼む!」
恍大は全力でロンギヌス・レプリカを投擲した。
「させるかー!!」
ドールマターが残った人形を展開するが、それらはすべてカスミのシルバーアローに撃ち落とされる。
「な、なに!?グファ!」
そしてロンギヌス・レプリカはドールマターを貫き、後ろの召還陣に迫っていた。が、前に張ってある結界に足止めを喰らった。
「くふぅ!は、は、さすが、聖槍、レプリカでも、この、威力、か。でも、もう遅い!さあ、顕現せよ!マレブランケ!!」
「マ、マレブランケ!?まさか神曲の!」
儀式も最終段階に入り、生け贄にされた彼女たちは、その体に悪魔を孕み始める。
「いけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その時、ついに結界を破り、ロンギヌス・レプリカが召還陣に刺さった。
その瞬間、猛烈な衝撃波と閃光が恍大達をのみこんだ。
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