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天に召しませ
[1]
恍大は目を覚ました。夢を見ていたようだ。そう、たしか新しい家ができる前のやつ。
あれは仕事以外の方が大変だったよな〜と考えながら恍大はベッドから降りた。

この天使達からもらった体も、ちゃんと一般の人間と同じように睡眠や栄養補給も必要である。
そして当然夢も見る。
しかし、恍大の見る夢はすべて自分が天界異端審問官として送られてからの出来事だった。
自分が死ぬ前のことは一度も見たことが無かった。いや、恍大は生前のことは何一つ覚えていないのだ。
一体自分がどんなふうに生まれ、どんなふうに生きて、どんなふうに死んだのか、それすらも覚えてはいない。
まあでも、悪魔に連れて行かれそうになったのだから、どうせまともな死に方はしなかったんだろうな〜、
と恍大は考えることにしている。
それでも、生き返った当初は結構悩んだりしたのだが、ある事件のあと愛利に、

「生前のお兄ちゃんがどんな人だったかなんて関係ないよ。
私のお兄ちゃんは《今》ここにいるお兄ちゃんなんだから!」

と言われて今はもう開き直っている。
ガブリエルに言わせてみれば、人は大概死んでしまったら生きていた頃の記憶を失ってしまうらしい。
失わないのは極善人か極悪人だけだとか。

恍大が下に降りると、愛利が朝食の準備をしていた。

「あ、お兄ちゃんおはよ〜。もうちょっと寝てたら私が起こしに行ってあげたのにな〜」

と、愛利がテーブルに朝食を盛ったお皿を並べながら言った。恍大は今朝見た夢を思い出し苦笑いをした。

「起こしに来るときはちゃんと火の元を確認してから来てくれよな?」

「へ?何のこと?」

「いや、こっちの話だ。さ、早く食べようぜ」

「???」

こうして、今日の朝食は始まった。



朝食を食べ終わり、恍大がコーヒー片手に新聞を読んでいると、家のチャイムが鳴った。
天命が下らない時は、恍大達は普段私立探偵として世間の目を欺いている。
しかし、今日は客の予約は無かったはず。

「ん?誰だ、こんな朝っぱらから?」

愛利がまだ台所で後片付けをしているので、恍大が応対に出た。

「は〜い、今開けますよっと」

恍大がドアを開けると、

「おお、おはよー。どうした、こんな朝っぱらから」

「おはよう、恍大。」

そこにはひとりの女性が立っていた。



彼女の名前はカスミ=シルバーアロー、ICPOの「心霊・規格外生物対策室」に所属している。
階級は警部。
彼女の家系は先祖代々退魔師(クインシー)の一族であり、彼女はその最後の生き残りでもある。
恍大とは任務の遂行中に出会い、お互いの利害の一致から、その場は共闘して悪魔を追い払った。
それ以来、カスミは時々恍大に任務の話を持ちかけてくるようになったのである。

カスミは上下を紺色のスーツに包んでソファに座っている。
体格、顔立ちともによく見るとなかなかのモノであるが、
動くのに邪魔にならないほどに切ってあるショートヘアーとあまり表情をださない顔のせいであまり知られていない。
本人も気づいてほしい訳でもないのでほっといているわけだが。

「それで、一体今度は何が起こった?お前がここに来るってことはまた結構やばいんじゃないのか?」

カスミを応接間のソファに案内して、愛利の持ってきたコーヒーを飲みながら恍大は尋ねた。
カスミは現在残っている退魔師のなかでもかなりの腕利きで、仲間の中でも一目置かれる存在である。
しかしカスミが所属している部隊も、カスミに負けず劣らない腕利きの奴らを集めたプロ集団である。
そんな集団が助けを求めるのだから、ただ事ではないのだろう。
カスミはコーヒーを一口飲むと話を切り出した。

「ああ、実は───」








そこは絶えずパイプオルガンが鳴り響き、十字架にかけられた神の使いを祝福している。
彼の前に、人々は跪き、手を合わせ、ある者は祈り、ある者は懺悔し、そして皆崇拝する。
ここは教会だった。人々が安らぎを求めやってくる。そんな場所だった。
そこの教会の神父、ロマリーは跪く人々を祭壇の上から見下ろしながら、
まるで人々が自分を崇めているかのような錯覚に陥りながら、
迷える子羊たちに、今日も神のすばらしさを説いていた。
そして、話が終わると、人々は皆ロマリーに感謝をしながら帰って行った。
ロマリーはこの優越感に浸るのが好きだった。この教会に配属されてからこの時が一番幸福だった。
ロマリーは後のことはシスター達に任せ、奥の部屋に戻った。
するとそこにいた者によって、その気持ちは一気に吹き飛んでしまった。
紫色のバンダナ、血まみれの天使がプリントされたTシャツの上に革ジャン、
下はジーパン、そして、首にぶら下がった、金色の十字架。
はっきり言って、
こんなところよりもダウンタウンの路地でドラッグのバイヤーをやってる方がよっぽど似合っている男が、
足をテーブルに放り出し、聖書を顔に載せ爆睡していた。
ロマリーはぶち切れそうになるのを必死で押さえ込み、あくまで紳士的に対応する。

「やっと来たのかい。たしか、招集は3時間前にかけたはずだがね?」

男は、何の反応も見せずに爆睡している。ロマリーは、
こんどこそ切れると思ったが、これも何とか押さえ込むことに成功した。

「いつまで寝たふりをするつもりかね?レナード君?」

そう言われると、その男、レナードは肩を小刻みに震わせながら、顔に置いていた聖書を取った。

「ククククッ、よ〜くキレなかったな〜。てめえの心拍数の上昇から見て、二回目で逝くと思ったんだがな〜。
随分がんばるじゃね〜か〜、ロマリー?」

「わたしとて、君に何回もされていたらいい加減慣れるよ」

「ちぇー、つまんねーのー。ここに来る唯一の楽しみが無くなるだろうがー。あー?」

レナードは乗せていた足を下ろしてロマリーの方へ向き、相手を完璧になめきった目で応対した。
ロマリーは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、テーブルを挟み、レナードの向かいに座った。

「体の具合はどうかね?」

「は!おかげさまで。不調の一つもありゃしねえよ。んなこたあ、てめーらが一番よく知ってることだろうが」

いちいち癪にさわる男だ、ロマリーは決して表には出さず心の中で毒づいた。

「そうか、ならいいんだ。」

「それで、今回は何退治すればいい?
いつもみたいにショボイやつらじゃ〜よ、そろそろつまんねーんですけどねー?」

レナードはロマリーの顔を見ずに天井を仰ぎながら話す。
ロマリーは自分でも驚くほど我慢強くなったなーと思いながら、
顔をヒクヒクさせ、レナードはその顔を見てにやっと笑う。

「我々も君にあんな仕事ばかりやらせるのはしのびないと思っているのだがね。
しかしデータを採ることも大切のなのだよ。何せ君は、やっと完成した本作なのだから」

「あー、そーですか。で、その大事な大事な俺様は、今度は一体どんなことをやらされるのでせうか?
こっちはどんな任務でも遂行可能ですぅ、大佐殿」

レナードは欠伸をしながら、適当に答える。
今度はどんな顔をするのかな〜?と、ロマリーの顔を薄目で見ると、予想をはずれ、少々真剣な面持ちである。

「どったの?さっさと言ってくれよ。こっちは今日もふかふかのベッドで寝たいんだ。
さっさと行って、さっさと片付けてくるからよ〜」

軽口を叩いても反応なし、こりゃマジで真剣だな。
ここにきて、レナードは初めてロマリーにちゃんと向き合った。

「・・・教会本部から通達が入った。君の動作試運転の結果に、枢機卿、以下の幹部達も皆、満足だそうだ。
よってこれより<レナード>を正式に教会武装兵器として採用し、実戦データの収集にステップを移項することとする。
すみやかに任を遂行し、世界に平和と神々の恩恵を行き渡らせるよう努めよ、とのことだ」

(は、何が神の恩恵だ。吐き気がする)

「へー、へー、ありがたいお言葉で。これで俺もあんたらのお仲間かい。ぞっとするね」

「そしてこれが、君の初任務となる」

ロマリーが机の上に任務要項を置いた。
それを手に取り眺めていると、レナードの顔つきがみるみるうちに変わっていった。
それは、やっと自分が狩るにふさわしい獲物を見つけた肉食動物の様だった。

「大いに奮起してくれたまえ。君が望んでいた戦闘だ」




「召還儀式の妨害と、その儀式場の破壊、ね」

「ああ、すでにこちらからも一度仕掛けたのだが一向に連絡がない。
それにその地点から邪気が流出し、周りにも被害が出始めている。
つまり召還の決行日はそんなに先じゃないし、何を召還する気か解らんが、
してからよりもする前に叩くことに越したことはない。手伝ってもらえるか?」

カスミは少し上目遣いで恍大に尋ねる。

「くれるもなにも、そんだけでかい儀式やらかそうってんなら、こっちも黙って見てはいられないな。
喜んで手を貸すよ」

「そうか。こちらとしても、天界異端審問官の恍大が支援してくれるなら心強い。頼むぞ」

「こちらこそ、あんたと手が組めるなら、仕事が速く済んで助かる。なんてな」

「ふふ、そうだな」

カスミが軽く笑う。こんなに綺麗に笑えるのにな〜、勿体ね。
と、恍大が考えていたら、後ろからもの凄く鋭い視線が突き刺さった。
おそるおそる振り返ると、すれ違いに、愛利がクッキーを持ってきて、机に置いた。

「どうぞスミレさん。このクッキーとても美味しいんですよ♪」

「ありがとう、愛利さん。あ、ほんと」

ちなみにそのクッキー、実は恍大があとで食べようと思っていた、サンゼリゼの三つ星クッキーだったりする。
そして愛利は恍大の方を向いて、

「お兄ちゃん?手を貸すかは、ちゃんとガブリエル様に許可を頂いてからじゃないとだめだよ?」

と、かなりのスマイルで言い放った。

「いや、でもだな、どうせすぐ同じ任務で天命が下るだろうし、
下ってから返事をするか、返事をしてから下るかの違いだけで・・・」

「もし下らなかったらどうするの?それより大きな事件が起きないとも限らないでしょ?」

極上のスマイル。

「あの、その、」

「ね?」

でも目は笑っていなかった。

「・・・・・・はい」



レナードは、教会の裏口から出てそのままダウンタウンの方へ向かう。
表の方は光に向いてても、裏にはすぐに闇が迫っている。
そして、そんな明るい方にしか顔を向けないここの信者たちもシスターもあの司教も、
レナードはとても滑稽に思えて好きだった。
自分のすぐ側に闇が迫っているのに全く気づかない、
気づいていても周りと一緒に気づかない振りをし、そして祈っている。
自分たちから、自分たちの周りから、闇が無くなりますように、と。
しかし人よ知るがいい。そなた達は闇に向かって祈っているということを。
神の使いの後ろには闇が続いているということを。
そして、そなた達を闇から救っているのも、また闇だということを。
レナードはぶらぶらと暗い通りを歩いてゆく。
ふと、路端にうずくまっている子供を見つけた。子供はボロボロの毛布にくるまりながら、必死に耐えていた。
それを少し見た後、また何もなかったように歩き出した。
何かを変えたければ自分で動かなくてはならない。
ただうずくまっていたって、来るのは冷たさだけだから。


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あきゅろす。
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