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天に召しませ
[1]
それはこのごろ希少になってきた風景だった。

「お兄ちゃん起きて!」

「う、うん〜」

妹が健気に兄を起こしに来る。
なんとも微笑ましい光景。

「ほ〜ら、起きてってば〜」

「うう〜む・・・・」

「もう!・・ふふ♪起きろ、ねぼすけさん」

兄の方はなかなか起きない。
妹は最後の手段とばかりに兄の顔の方へ自分の顔を近づけていく。
二人の距離がどんどんゼロになっていく。
そして双方の唇が重なり合いかけた瞬間、方向転換して耳の方に行き、決定打を放つ。

「火・事・だ・ぞ♪」

「なに〜〜〜〜〜〜〜〜〜−−−−−−−!!」

そう、周りが火の海であるということを除けば。



第一話 

/1

その光景を兄<聖 恍大 ひじり こうだい>は未だに信じられなかった。
燃えている。家が、俺たちの家が、見まごう事なき灼熱の炎によって、燃えていた。

「な、な、なんでどうしてどうなって!? WHY!?」

「うっわー。すごいねー、お家が真っ赤だよお兄ちゃん!あ、今屋根から、火が噴いたー!」

その横で、妹<聖 愛利 ひじり あいり>がまるで映画を見ているようにはしゃいでいるのを横目で確認して、
妹が無事なことに恍大はひとまず安堵した。
あの時、完璧に通路を炎に絶たれ、その向こうの扉が不気味に振動しているのを確認し、
とっさに愛利を抱え窓から飛び出したのと、火がその扉から吹きだし窓を破壊したのは寸分の差だった。
その時、ここは3階だったのだがそんなぐらいでこの体は壊れやしない。
そのまま愛華を地面に下ろし、恍大は呆然と家を眺め今に至る。
いつまで眺めていても仕方がない。
まず、自分を落ち着けることにした、

「しかし、これからほんと、どうするよ?いろいろ掘り出すにもまだまだ鎮火しそうにないし。
ってゆうか、まずこれからどこで寝るのよ住むのよ生活するのよ?!ドウシテイッタイコウナッタヨノ!?」

が、やっぱり無理だった。

「もお、お兄ちゃん落ち着いて。そーだねー。ちゃんと寝る前には火は消したか確認したんだけどねー?」

こういうとき落ち着いている愛利を見て、洸大はその落ち着きを見習わなければと思った。
自分はこいつの兄なのだ。
こんなときこそ自分がしっかりしなければ。

「でもでもお家が燃えてるってことは愛利の服とかも全部燃えちゃってるんだよねー。どーしよー」

前言撤回。
あいつは落ち着いているんじゃねえ。
ただ、の〜天気なだけだ。

「ああーもー!世のため人のため、はたまたお空の上にいる天使たちのためにまで働いているこの俺が!な・ん・で・こんな仕打ちを〜」

がくっと地面に手をつき項垂れる恍大、
愛利はそんな兄を見て肩をぽんぽんと叩いて慰めながら未だに轟々と燃えさかる家だったものを眺めていた。
周りの家や近所の通りからもぞくぞくと人がやってきて二人を遠巻きにしながら口々に話し合ったり、
写メで自分たちの家だった炎の固まりを撮ったりしている。
誰も二人に話しかけようとはしない。
そんななか、二人に近づいていくものが一人。

「おやおやお〜や、こりゃまた随分大変なことになっているじゃないか〜恍く〜ん?」

解いたら腰までありそうな金色の髪のポニーテール、紫のスーツの上からでもわかる完璧なプロポーション、
赤いヒールを履いたすらりと伸びた足、まるで人々の持つ女神のイメージを具現化したようなものがそこに存在した。

「・・・・なんだよ、ガブリエル。あんたは今会いたくないベスト10には確実にランクインしているんだ。
できればそのままUターンして帰ってほしいね」

恍大はジト目で睨んだ。
そんな恍大に後ろから抱きつくような恰好で愛利も同じように睨む。

「も〜。切ないな〜、切ないな〜。
せっかく恍くんが大変だってサリエルから聞いてすっ飛んで来たってのに、君はそんな反応しか返せないのかい?」

ガブリエルはその豊満な胸を腕の間に挟んで前屈みなり、上目遣いで恍大を軽く睨んだ。
ちょうどそのおおきな胸が恍大の目の前にくる。
普通ならその神々しさ、美しさに目眩がしそうだが、恍大は全部無視してカブリエルの顔を見上げた。
そんな洸大を見てガブリエルは立ち上がり、

「ああ!神はなんて残酷なのだ。
いつもいつも僕らのために働いてくれている恍くんにこんな仕打ちをするなんて!
主よ、これからする行為をお許しください。
これは決して背徳的なものではなく、ただ哀れな子羊に一時の祝福を───」

「それで、この大変な状況を目の前に絶望のどん底にいるこの俺に、あんたはいったい何を告知しに来た?」

そのまま腕を広げ胸の間へ恍大の顔をうずめようと近づいたガブリエルだが、恍大の無慈悲な一撃によりあえなく撃沈した。

「は〜あ、せっかく慰めてあげようと思ったのに、なんでそう場を白けさすのかな〜君は」

「そんなもん、こっちは最初っから白けっぱなしだ。それに、人間への告知はあんたの専売特許だろ〜が、さっさと言え」

「そうです!そうです!こんどはいったいどんな<天命>なのですか?
こっちにだっていろいろ準備があるんです!今はお家も燃えちゃっているから、大変なんです!
そんなに無駄に大きい胸をお兄ちゃんに近づけてないで早くおっしゃってください!」

愛華もここぞとばかりに恍大に加勢する。
もともと愛利はいつも兄にちょっかいかけてくるこの天使のことをライバル視していた。
むろん一方的にだが。

「ふふふ、愛利〜、そんなに僕の胸が羨ましいのかな〜?ああそうか!
その貧相な胸のままじゃあ、いつまでたっても大好きな恍くんを挟んであげられないもんね〜」

「・・・っ!そ、そんなことないです!わたしだって毎日毎日お───」

「だーーーー!そこまでそこまで――!愛利もいい加減にしろ、そうやっていつも墓穴掘るのはお前だろうが。
ガブリエル、あんたも本当にただすっ飛んできたわけじゃないだろ!早く言え、今度はいったい何なんだ?!」

こうやって恍大が仲裁をいれないと二人の言い争いはいつも終わらず過激になってゆく。
頼むからやるなら俺がいないところでやってくれ、耳に入るこっちの身にもなってほしい。

「もう、恍くんは仕事熱心だね〜。もうちょっと遊ばしてくれたっていいじゃないか〜」

「うるへー、こちとら死後の安泰がかかっているんだ。いつもいつもあんたのお遊びに付き合っている暇はねーんだよ、この怠慢天使」

「そうだーそうだー、この淫ら、んむーっ!」

「ふふふ、言ってくれるね。ならこっちもお仕事しましょうか」

そう言った瞬間ガブリエルからお気楽な空気が消え、【神々のオーラ】が放出されはじめた。
それは、人間には到底たどり着けない高みにいる存在だけが放つものだ。
顔には今まであった笑みとは違って、見た人全てが幸福になるような慈愛の笑みがあった。
すべての者を卓越し、すべての者を隔てなく見下ろす。そう、まるで《天使》のような。
この姿になったガブリエルを見て、聖兄弟はいつも思う。
最初っからこのまま来てくれたらこっちの苦労も減るんだけどなー、と。

「『天界異端審問官』聖恍大、貴公に天命を申し渡す!」

   ─天界異端審問官─

その仕事は人間界にはびこる邪悪なるもの、または外界からの侵入者達を元にいた世界に送り返すことがその仕事である。
もともと天使や神々が住まう場所<天界>と悪魔や邪神、堕天使達の住まう<魔界>とは人間界を挟んで只今降着状態にあり、
そのせいか人間界には人の他に多くの悪魔や天使が入り交じっている。
悪魔はヒトを地獄へ陥れるために。
天使は人々を天国へ導くために。
時には良き友人として。
時には愛すべき伴侶として。
我々のすぐ側にいる。
こうして人間界では善と悪のバランスが保たれてきた。
しかし近年、悪魔達の活動が活発になり、そのバランスが大きく傾いてきた。
この事態を収拾するために天界から送られてきたのが天界異端審問官である。
彼らは元々悪魔によってその魂を地獄に連れて行かれそうになった人間である。
その魂の救済を条件に新たな肉体を譲受され、また人間界に戻り、神々からの天命を実行するのだ。
また、蘇った体も普通の体ではない。
天界のテクノロジーの粋を集め作られており、その身体能力、霊的物への超感覚、全てにおいて常人を遙かにしのぐ能力が備わっている。
そして今日も、また一つの天命が天界異端審問官 聖恍大のもとに下った。






恍大はとある廃ビルの前に突っ立ってその相貌を眺めていた。うしろにはちゃんと愛利の姿もある。
天命を宣告されたあと、火事のことと後の家のことはまかせて〜と言っていたガブリエルに見送られて、彼らはここにやってきた。
今の彼らの服装はさっきのままではない。
恍大はTシャツの上に革ジャンをはおり、下にはジーンズとごつい編み上げの靴。
革ジャンの背には片羽の天使と”I want to go to heaven”の文字。
左手には十字架の周りに聖句をあしらったマークが入ったグローブ、
右手には中世の騎士がしているようなガントレット(篭手)無論十字架と聖句が掘ってある、
そして長い鉄パイプみたいな物を右肩に担いでいた。
愛利の方は、兄ほどものものしくはないが走るのに邪魔にならないほどの丈の紺色のスカート、
真っ白のワンピースに身をつつみブーツを履いている。
首からは魔除けのペンダント、兄と同じグローブを両手にはめ、水の入ったアンプルを腰に吊していた。
そして頭にはトレードマークの二本のアンテナ(髪の毛)。
ちなみにこの服や装備一式、今回はすべてガブリエルに出してもらった。
なぜなら家からはまだまだ掘りだせる状況じゃなかったし、愛利はパジャマ姿で恍大にいたってはハーフパンツとシャツだけだった。
これで貸し一らしい。

「ねえねえお兄ちゃん、ガブリエル様が用意してくれる家ってどんなのかな〜?」

そう言って愛利が顔を見上げてきた。

「さあな、あのやろうのことだからおとなしく普通の家を用意するとは思えねーが・・・・
まあそれもこの仕事をちゃっちゃと済ませればわかることだ。というわけで、こんな任務さっさと終わらせようぜ?」

な?と、恍大が頭を撫でてやると、愛利は顔を綻ばせて頷いた

「うん!」

そういって、二人はビルの中へ足を踏み入れた。


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