短編小説集 [2.] あれは去年の今頃やった。 高校入学当初からある人に一目惚れして、その人のこと考えただけでめっちゃドキドキするくらい好きになっていった。 その人の名前は森川 詩織。入学式で見かけてビックリした。こんな綺麗な人がおっていいんか!ってゆーほど綺麗やった。 俺は昔から格好いい系の美人が好きやってんけど、詩織は正に俺の理想を形にしたようやった。 残念ながらクラスが違ってて、あんまり会うことも無かったし、名前を手に入れるだけでも一苦労やった。 いや、正確にゆえば名前は知ってた。 俺とは好みがちゃう奴が見ても絶対美人って思う程やから、クラスでもよう噂になってた。 ただ、俺はその噂の人と彼女が同じ人物って気付いてなかっただけ。 俺はやっと名前を手に入れて、いよいよ自分の気持ちを抑えられへんようになった。 その時、既に詩織は何人もの男に告られてはことごとくフっていたという話は聞いてたけど、 それでも彼女に自分の気持ちを伝えたいと思ってた。 告白したいという気持ちは強くあったけど、初めてのことやから最後の一歩を踏み出せずにいた。そして、高校初めての中間テストの日が来た。 普段全然勉強せーへん俺は、ちょっと早めに学校に来て少しくらいは勉強するつもりやった。 それで正門をくぐったら、何故か丁度そこに彼女が立ってた。周りに人は一人もおらんかった。 俺は、チャンスやと思って彼女を呼び止めた。 ここではいつ人が来るか分からんと思って、彼女を連れて校舎脇の一本だけ木の立ってる所へ行った。 「な、何?」 彼女は俺に呼ばれた時、ちょっとだけビックリした顔をして、それからはずっと複雑な顔をしている。 俺はちょっとその顔に気圧され気味やったけど、意を決して自分の気持ちをぶつけることにした。 「あなたのことが好きです。俺と付き合って下さい!」 そして俺はとうとうゆった。彼女はすぐには答えへんかった。 「い…」 彼女は小さくそう漏らした。再び沈黙が訪れる。途方もない時が流れる。 俺はその間、一心不乱に祈り続けた。その時の、ショックを受けたような顔をした彼女を見ないようにして。 そしてついに彼女が口を開いた。これで俺の今後が決まる。 「い、…イヤや……」 「………」 「………」 「………は?」 彼女の言葉にポカーンとなった俺はマヌケに聞き返してしまった。そしたら彼女は、その場で踵を返して走っていってしまった。 「イヤやてなんやねーん!」 一人その場に残された俺は、虚しくもそこでそう叫んだ。 結局俺は勉強する気にもなれず、全く勉強をしないでテストにのぞむことになった。 テスト中も、彼女のことが頭から離れなかった。 一応覚悟はしていたものの、フラれるとやっぱりツライ。しかも普通にフラれるのとは少し違う。 「ごめんなさい」とか言われるならまだ分かる。けど「イヤや」って。 イヤやてなんやねん。訳分からんわ。 さすがの俺も「イヤや」はちょっと傷ついた。 あれは去年の今頃のこと。 私は、クラスの違うある男の子に告白された。 クラスが違うといっても、私から一方的にやけどその子のことを初めて見た訳じゃなかった。 初めて見たのは入学式の日。入学式やしちょっと早めに学校に行こうと思って、その日は余裕を持って家を出た。 学校の最寄りの駅に着いて、そこから歩いて学校に向かってると、道の途中にある幼稚園の前にその男の子がおった。 あ、あの制服は私と同じ学校や。と思って何気なく彼の方を見てたら、 その男の子は、母親に手を引かれて幼稚園に入っていく子供達の方をボーっと眺めてた。 私は、歳の離れた弟と妹がいてるからか結構子供好きで、その男の子も子供好きなんかなぁって思った。 そしたら次の瞬間、その男の子が一人の子供と目が合って、その子供に男の子がニコッと微笑みかけた。 そしたらその子供もニコッと微笑み返して、私と同じ学校の制服を着た男の子は嬉しそうに笑ってた。 それを見て私は衝撃を受けた。 「ヤバい!めっちゃカワイイっ!」 その後男の子は、さすが男の子だけあって歩くのが速くて私はすぐに引き離された。 ちょっと惜しかったなぁとは思ったけど、今日から同じ学校やねんし、学年も同じやろうから見ようと思えばいつでも見れるしいっか。 みたいな感じで私も学校に着いて、入学式が始まった。 違うクラスではあったけど、隣のクラスやった。 だから入学式では私の座ってる所からすぐ近くで、私の方が後ろやったから、 その偶然にちょっとビックリしたけど、彼のことをずっと眺めてた。 そしたら突然彼がガタッと動いて、何かと思ったら、どうやら彼の、 男の子一人挟んだ隣に座ってた女の子が気分悪くなったみたいやった。 運悪く、その女の子の周りは初対面の男子ばっかりで、 女の子がおれば同性同士でそんなに気兼ねすることなく「大丈夫?」って聞いてあげれたんやろうけど、 いざって時に役に立たない男達は、異性ということも手伝って気にはしつつも声を掛けてあげる奴はおらんかった。 で、その女の子の一人挟んで隣にいてる彼、その名前は後にわかるが、春賀 暁が気付いて声を掛けたらしかった。 遠めで聞こえはしなかったけど、女の子は「大丈夫」ってゆってるみたいやった。 けど私の目からもとても大丈夫には見えない。暁もそう判断したようで、近くにおった先生を呼んで女の子を託した。 保健室に連れて行かれる前に、女の子はたぶん「ありがとう」てゆって頭をちょっと下げた。 それに対して暁は、何か言いながらニコッと笑った。 その笑顔を見て女の子は安心したような顔をした。私は彼のその笑顔を見て、胸がキュンと締め付けられるような気がした。 あの笑顔には絶対魔力があるって思った。それだけじゃない。 彼はすごい優しい人やと思ったし、頼りになるとも思った。あと、ちょっとカッコよかった。 あの女の子に対して、いいなぁってちょっと思った。けど、その女の子に彼が笑いかけた時ちょっとムカついた。なんでやろ? ないないと自分に言い聞かせたけど、一つの結論が頭をよぎって離れへん。 「これはもしかして、…嫉妬?」 でも嫉妬なんて感情、私にとってあってはならない感情やった。何故なら、私の恋愛観は「恋は勝負!惚れたら負け!」やから。 嫉妬するってことは、誰かに惚れてるってこと。私は大の負けず嫌い。負けたくない!って思ったら何が何でも負けたくない。 今私は負けそうになってる。彼にも私自身にも。絶対負けたくない。 私が誰かを好きになるなんてあってはならない!自分にそう言い聞かせながら、私は高校生活をスタートすることになった。 同じクラスにものすごくカワイイ女の子がおった。 小柄で華奢な体。 私と違って、女の子らしい控え目でおとなしい性格。形のいい綺麗な目に、ウェーブがかったセミロングのフワフワな黒髪。 私が男なら、例え何に負けようが彼女を手に入れられるなら気にしない。と思える程に。 その娘は高野 紗菜里。私は女として彼女を見事に手に入れた。というか、つまりは友達になった。 一度、親しみを込めてニックネームで呼び合おうという話になって、私は彼女を紗菜って呼ぶことになった。 紗菜は私を呼ぶ、いいニックネームが思い付かないと言って詩織と呼び捨てにすることになったけど、 結局紗菜は私をちゃん付けで呼ぶようになった。 それでも、他の人は絶対名字にさん付けで呼ぶ紗菜に、私だけ名前にちゃん付けで呼ばれてるってゆうのはちょっと嬉しかった。 紗菜とずっと一緒にいるようになって数日が経った。 初めの一日二日は気付かんかったけど、紗菜はたまに休み時間に一人でどこかに行ってる。私は気になって、紗菜に聞いてみた。 そしたら「隣のクラスにいてる知り合いに会ってるだけやで?」って言われた。 いきなり私もその子に会いたいってゆうのもなんやし、まさか彼氏とかとちゃうやろなっ?と思ったけど、 とりあえず「ふ〜ん」ってゆっといた。 でもやっぱりどうゆう知り合いかとか気になるし、私はこっそり紗菜のあとをつけることにした。 「あっ」 隣のクラスは、階段の踊り場を挟んで隣にある。 私はその階段の踊り場の角を利用して身を隠した。 隣のクラス前で紗菜は対象の人物を見つけたらしく、その人物に声を掛けた。 「暁ちゃん!」 それを聞いて私はちょっとホッとした。とりあえず彼氏ではなさそうや。だって「アキちゃん」やし。 けど、あの紗菜が私以外を名前にちゃん付けで呼ぶなんて、よっぽど仲いいんか?とか思って対抗心を燃やしてたら、“アキちゃん”が紗菜に返事をした。 「おう、紗菜里。これサンキューな」 聞いて私はビックリした。「男やん!」って。しかも紗菜を呼び捨て。 ということは、彼氏説再び急浮上やん!紗菜のハートを射止めたんは一体誰や? 顔見ても大概分からんやろうけど、 どんな顔してんのか気になったから壁からちょっとだけ顔出して“アキちゃん”の正体をばっちりこの目に焼き付けたった。 「ああ、あの男の子か。…って、えぇ〜っ?!」 私は思わず二人からなんの障害もない所へ飛び出してしまった。 「し、詩織ちゃんっ?」 「あ…」 二人がそれぞれに反応してこっちを見てる。 「えっ…と、さ、紗菜、ちょっと話あるから後で私のとこ来てな?じゃ。それだけ」 私はとっさにそう言って、すぐさまこの場を退散することにした。 私がおらんようになった後、二人はまだちょっとだけ喋ってたみたいやった。 「紗菜里、お前今の娘と友達なんか?」 「うん。森川詩織ちゃんてゆう娘。今一番仲良いんよ」 「へぇ〜、森川…。えっ?森川?」 「そやで。暁ちゃん、詩織ちゃんのこと知ってるん?」 「あ、ああ。クラスで噂なってるからな」 「あ〜、詩織ちゃん美人やもんね」 私は教室に戻ってから、オーバーヒート気味の心臓を落ち着けようと、とりあえず精神統一の真似事をしてみた。 私は結構形から入るタイプやけど、それが意外と上手くいったりするもんやで。とちょっとアドバイス。 なんとか落ち着いてきた時に、紗菜が古典の文法の本を持って戻ってきた。 席に座ってる私の前で、視線を合わせるようにしゃがんで律儀にも「私に話って何?」と聞いてくれた。 ヤバい。カワイイ。こんなカワイイ女の子がライバルじゃ、絶対勝てる訳ない。 付き合ってたとしたら可能性はゼロやし、そうじゃないとしてもこんなカワイイ娘と知り合いやったら惚れてへん方がおかしい。 けど僅かな望みはある。可能性がイチかゼロは大きな違いや。 「紗菜、さっきの男の子と付き合ってるん?」 「暁ちゃん?暁ちゃんはそんなんちゃうよぉ。私ら幼馴染みやねん」 可能性はイチやった。いやもしかしたらもう少しあるかもしれん。 幼馴染みやのにまだ付き合ってないってことは、お互いそんな気はないってことじゃないの? いや、でも幼馴染みの二人がおっきくなってからくっつくなんてのはよくある話やしなぁ。 「詩織ちゃん、話ってそれ?」 「いや、まぁ、うん」 心なしか、紗菜が不安げな顔になった気がした。でも今の私にはその意味を考える程の余裕はなかった。 「もしかして、詩織ちゃん、暁ちゃんのこと好きなん?」 紗菜にそう言われてハッとなった。何が可能性や。何が勝ち目ないや。私は人を好きになったらあかんねん。 好きになったら負けなんや。私はもう一度よく自分に言い聞かせた。それだけは認める訳にいかんから。 [前へ][次へ] |