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短編小説集
[5.]  [m5]
   5.


大和、そして小夜の二人が高校の二年生だった頃。いつものように、夏休みの一週間前後を大和は小夜と共に過ごした。
ある日、激しい雨が降っていた。2、3日は覚悟しなければならないらしい。しかしそんな日は別段珍しい事でもなかった。
既に八月になっていたとしても、やはり夏は雨が多かった。
一週間もあればその内の数日が雨になるなんて事はしょっちゅうだった。
そんな日は大概、小夜が大和の祖父母の家に入り浸るのだが、今日は話の流れから、大和が小夜の家へ行く事になった。
朝から大和は小夜の家を訪れた。例の如く小夜の家には、小夜以外誰もいなかった。
午前中は他愛のない話をして過ごした。
昼になり、大和が小夜の家を訪れる事になった大きな要因である、小夜の料理を食べる事にした。
久し振りに食べる小夜の手料理はとても美味しかった。
大和は小夜に、素直にそう言った。小夜は照れながら「ありがとう」と言った。
小夜の笑顔は大和にとって必要不可欠な物になっていた。
昼食の片付けを二人でし、それを終えた後場所を小夜の部屋に移した。その間、ずっと大和は何かを言いたげにしていた。

「どうしたの?」

その様子に気付いた小夜が尋ねた。
大和も、小夜が自分の様子に気付いて問い掛けてきたのだと分かる。それをきっかけに大和は口を開いた。

「俺達、来年度には受験だろ?つまりだんだん小夜と一緒にいられる時が近付いてるって事だ。
それで、俺他にもいろいろ考えたんだけど…」

「うん」と相槌を打ちつつ、小夜は、小夜ベッドに座った大和の隣に自分も腰をおろした。

「大学、入れたらさ、やっぱりそこでもサークルとかで写真撮ってると思うんだ。
だってやっぱり夢を諦めたくはないしさ。
で、大学に通っている内にプロの人の事務所回って、弟子にして貰えるように頼み込んでみようと思ってるんだ。
写真家って仕事は、定期収入でもないし、いつか認められるって確証もどこにもないけど。
だけど、そうやって努力して、少しでも早くちゃんと生活出来るようになって、その、そしたら俺と…」

大和は、一度言葉を切って大きく深呼吸した後、意を決したように小夜の目を真っ直ぐに見つめた。

「俺と、結婚して欲しい」

数秒の沈黙が流れた。外では相変わらず強い雨が降り続いていた。その雨の音と、壁掛け時計の音が二人を包み込む。
小夜は僅か16歳でプロポーズされたという事実を、必死に理解しようと頭をフル回転させる。
確かに、付き合い初めて期間は長いし、ずっと一緒にいたいという気持ちをお互いが持っている事も知っていた。
だけどまさかプロポーズされるなんて思ってなかった。
断るつもりなんて毛頭ないが、その事実をただゆっくりと頭の中で確認する。
大和から見れば、自分の事をボーっと見てるだけの小夜がそうしている間に、大和は沈黙に耐えられなくなったのか再び言葉を紡ぎ出した。

「俺が生きていくのには絶対に小夜が必要なんだ。もちろん、今から結婚の話なんてのは早過ぎるって分かってる。
だけど、一度そう考え出したらどうしても小夜に伝えたいって思って。
もし何かあってこの想いを小夜に伝えられない状況になったりしたら、俺、絶対後悔すると思ったんだ」

話す事に必死になっていた大和が改めて小夜を見ると、小夜は真っ直ぐ大和を見つめ返して、口元には微笑みを浮かべていた。
大和は、こんな時なのに、突然小夜の大人びた表情を見ると(ああ、この人はこんなにも美しく笑うのだな)と改めて思った。
小夜が口を開き始めた事で大和は我に返った。

「大和君、ありがとう。ちょっとびっくりしたけど、すごくうれしい。答えはもちろんOKです。
って言うか、むしろ私の方が、きっと、大和君がいないと生きていけないと思う。
だから、私がしわくちゃのお婆ちゃんになっても、ずっとずっと、一緒にいて下さい」

小夜はそう言いながら、大和の両手を自らの両手で包み込む様にして握った。

「ありがとう」

大和は呟くようにそう言って、大和の手を包んでいた小夜の手を握り返した。
そして、小夜の目を見つめ自分の手を小夜の肩に移す。次第に大和の身体は、小夜の方へと近付いていった。
小夜は(キスされる!)と思った。今まで大和とキスした事はなかった。
初めての事なので胸がドキドキする。当然、大和以外の人とキスした経験もない。
つまりキスすること自体が初めて。
初めて、他者と、大和と性的な身体的接触をする。
そんなに大袈裟な事でもないのかもしれないけれど、だけど初めてのそれは、やはり恐くて、不安で、だけどどこか甘美な誘惑のようで。
だから小夜は大和にキスされる事に、少し期待した。
少しずつ小夜の身体が大和に引き寄せられていく。
小夜の期待通りに大和の顔が近付いて来る。
小夜は(そろそろかな?)と目を閉じた。その直後、大和は小夜を抱きしめた。
大和の唇は小夜を逸れ、小夜の顔の横にあった。
大和はそこでもう一度小さく「ありがとう」と呟いた。
夕刻になると、雨はすっかり止んでいた。真っ赤な夕日が小夜の部屋をも真っ赤に染めた。

「いつ見てもここの夕日は綺麗だなぁ」

大和が、外を眺めながら呟いた。

「俺、小夜の部屋から見えるこの景色も大好きなんだ」

大和は嬉しそうにそう言いながら、カメラを構えフィルムに収めていった。
結局大和は、あの後も特に何をするという事もなくいつも通りだった。
小夜の部屋で、両親もいず、結婚の約束もして、しかも二人ともベッドの上にいたのだから
(もしかするとキスより後の事も有り得るのかも!)
と内心これ以上ない程ドキドキしていた小夜は、些か拍子抜けといった感じだった。
窓を開け、夢中になって写真を撮っていた大和の背中に向かって、小夜は小さく「意気地無し」と言った。

「ん?何か言った?」

大和が手を止め、小夜を振り返った。

「うんん、何でもない」

小夜がそう言って首を振ると、大和は「そ?」とだけ言った。

「それより小夜、こっち来て」

大和が少し興奮気味に小夜を手招きした。
(大和君って時々子供みたい)そう思いながら大和の隣に立ち、
大和が「ほらほら」と指差す方を見てみると、そこには夕日に架かった大きな虹があった。

「きれ〜い」

思わず小夜が感嘆を漏らすと「うん」と言いながら大和もそちらをジッと見つめていた。
かと思うと、小夜の肩を大和の廻した腕が掴み、そして抱き寄せられた。
(今はこんなものか)と思いながらも、小夜は満足気な笑みを零して大和の胸にもたれ掛かった。


数日後、大和が自宅に帰る日が訪れた。

「母さ〜ん、ちょっと小夜の所行って来る!」

大和は母にそう告げ祖父母の家を出た。少し坂を上り、この山唯一のアパートを訪れた。
一階の小夜の家の前まで来、インターホンを鳴らそうとすると、それより先に小夜が扉を開いて出て来た。
小夜は大和の姿を確認すると驚いたというように目を丸くした。

「あれ?どうしたの?今から大和君のとこに行くつもりだったんだけど」

大和達は朝の内の電車に乗らなければならないので、もうそろそろ出発しなければならない。
駅までは、電話で家に呼んだタクシーで向かうので、いつも小夜は大和の祖父母の家の前で見送りをしていた。
今日もそのつもりだったので、大和がわざわざ小夜の家を訪れる必要などどこにもない。
その疑問に大和は答える。

「ちょっと忘れ物しちゃってさ」

「え?嘘?!ホント?ちょっと待ってて。えと、何忘れたの?それらしいのは見てないけど。
あ、自分で探した方が速いよね?上がって?」

そう言って小夜が大和を家に招くと、大和は突然小夜の両肩を掴み、一気に引き寄せてキスをした。
ほんの一瞬の出来事。唇と唇が僅かに触れ合うだけの子供の様な。

「ええ?!」

小夜が咄嗟の事に目を白黒させていると、大和が悪戯っぽく笑いながら言った。

「とっても愛しい忘れ物、回収完了っ」

それを聞いて小夜の顔は、一気に着火したようにボッと赤くなった。
頭の中をほんの一瞬前の、ほんの一瞬の出来事がぐるぐるとエンドレスで回り続けている。
大和は「ちょっと臭かったかな?」等と呟きながら小夜に手を差し出した。
小夜が半ば反射的にその手を握ると、大和と、大和に連れられた小夜は、大和の祖父母の家へと向かって歩き出した。


結局、大和の祖父母の家の前に到着するまで、小夜は真っ赤に赤面した顔を下に向けたままだった。
間もなく迎えのタクシーが現れ、大和の両親が、大和の祖父母と小夜に別れを告げ乗り込んだ。
大和も祖父母に別れを告げ、小夜にも「手紙書くから。じゃ、また」と言って乗り込もうとした。

「待って!」

それを小夜が引き止めた。大和が小夜の方を向くと、やはりまだ真っ赤な顔した小夜がこちらを向いていた。

「ずっと、一緒にいようね?」

大和も、一点の陰りもない瞳で小夜を見つめ返し、嘘偽りのない心からの返事を返した。

「ああ。もちろん」

それは約束。
今ではない未来の約束。
近い未来から、遠い未来までの、人生の最後の最後まで守ると誓った、二人の大事な約束だった。


私はとても浮かれていた。もちろん原因は帰り際にされた大和のキス。
大和を見送ってから家に帰ったが、それからもずっと、確か数日の間はその事を思い出しては、
真っ赤な顔をして自室のベッドの上で意味もなくゴロゴロと転がったりしていた。
それだけの事が、とても幸せだった。
そして近い未来、その幸せの色は更に濃度を増し、小夜自身と大和を包み込むものだと信じて疑わなかった。



  モノローグ― monologue 5 ―


電話が鳴ったあの日から数日を経たある日以後、小夜は毎日のように訪れる場所があった。
小さな頃、ことある毎に向かった展望台と休憩場所を合わせた、山頂のスペース。
そこから、塗装された道とは反対側にある、少し歩き難い未塗装の道を使って四、五分下った所にあるちょっとした空間。
そこには、ある程度揃った形の石が等間隔にいくつか並んでいた。
そこに、アルバムを見て大和と過ごした日々を思い返していた小夜は、その日も訪れるつもりだった。
瞼を真っ赤に腫らしながら、時を忘れて過去にさかのぼっている間に、現の世はいつしか朝を迎えていた。
アルバムを全て見終わった頃には既に、朝日は夜の闇を打ち消すのに十分なだけの力を以て世界を照らしていた。
小夜はそれを見て、いつものように出掛ける準備をした。

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あきゅろす。
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