[携帯モード] [URL送信]

短編小説集
[4.-2] [m4]
着替えを済ませた二人は、先程通り過ぎた草原もどきにやって来た。
既に昼時には少し遅い時間になっていたので、二人はとりあえず昼食にしようともと来た道を引き返していた。
草原もどきに差し掛かった時、不意に小夜が大和の事を呼び止めた。
大和は、山を下りた所の町に出て、そこで適当な店を見付けて昼食を摂るつもりだったので、
昼食にしようと言った後に呼び止められたのは少し意外だった。
大和の予想は過去に基づいた物だった。
毎年、朝から出掛ける時は駅周辺の町の適当な店で昼食を済ませていた。
大和が「どうしたの?」と言うと、小夜は顔を俯き加減にして、持っていた鞄を目の前まで持ち上げて言った。

「その、お弁当作って来たんだ。ここで食べない?」

小夜が大和にお弁当を作ったのは初めてだ。
大和と小夜が出会う事になるのはいつも真夏。お弁当を作るには向かない季節だ。
小夜の料理の腕は中々の物である。
両親が家を空けがちな為に、自分で料理をする事が自然と多くなっていた。
となれば、小夜が大和に自分の料理を披露して喜んで貰いたいと思うのが心理というものだった。
そうして今回、メニューにいつも以上に気を付けながら大和にお弁当を作ったのである。

「え?!すごいじゃん!じゃあそこの木陰で食べようか」

大和は小川があった方の木が作っている陰を指差した。
小夜は嬉しそうに微笑みながら、「うん」と頷いた。
大和は改めて、小夜が抱えていた自分より大きな荷物の一部に、二人分のお弁当箱が入っていた事に気付く。
それまでは、女の子はいろいろと必要な物が多いんだなぁ。と思っているだけだった。
二人は木陰に敷いた、小夜が持って来ていたシートに座った。
小夜が鞄から取り出したお弁当をそれぞれの前に置いた。大和は照れ隠しに、少し大仰な動きでいただきますをした。
大和がお弁当箱の蓋を開けると、それはとてもかわいらしかった。
ちょっとだけ、食べるのが勿体ないなと思ってそれを黙って見つめていると、
隣にいた小夜がどんどん不安げな表情に変わっていったので、大和は箸を動かした。

「おいしい!」

思わず大和がそう叫ぶと、小夜はホッとしたような、嬉しそうなような、そんな顔をした。
大和は、自分の知らなかった小夜の特技に素直に感動した。
結局大和は、あっという間に残さず全てを食べ終わってしまった。

「ごちそうさま。すごくおいしかったよ」

大和が心からそう言うと、小夜はとても嬉しそうに笑った。

「喜んで貰えて、良かった」

大和が先に食べ終わっていたので、小夜が急いで残りを食べようとしたが、
大和が「ゆっくり食べていいよ」と言ったので、小夜はそれに甘えてペースを落としたが、
それでもいつもよりは急いで物を口に入れていった。
そして、二人の間に僅かな沈黙が流れた後、大和が口を開いた。

「あのさ、小夜…」

大和が改まった口調で話し始めたので、小夜は箸を止めた。

「いや、食べながらでいいよ。あのね、まだちょっと早いかもしれないけど、俺こっちの大学受けようと思ってるんだ」

ここらにある大学は国立の大学が一つだけ。
難易度は高いが、大和は頭の悪い方ではなかったので十分に目指せるレベルだった。
大和の通っている学校は中高一貫なので高校入試はなく、今から大学の事を考えている人も少なからずいた。

「だってそうすれば俺はこっちで一人暮らしする事になって、
もしかしたら始めの内くらいはじいちゃんとばあちゃんの家に住ませて貰うかもしれないけど、そしたらいつでも小夜に会える。
国立だから大学としても申し分ないし、やっぱり俺は小夜とこの先ずっと一緒にいたいと思うんだ」
大和が一通りそこまで言うと、小夜は既にお弁当を全て食べ終わっていて、大和の目をじっと見つめた。

「だったら私も、おんなじ大学に入れるように頑張るねっ」

そう言って小夜は笑った。
それから少しの間、二人は空を見ながら寝転がってひなたぼっこをした。
流れて行く雲を見ながら、たまに言葉を交わした。だけど殆ど黙っていた。
黙っている時間がとても気持ち良かった。
繋いだ手から確かにそこにお互いがいる事を感じ、お互いに、お互いの隣にいる事の心地良さをも感じていた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。正確にはわからないが、お腹の中は大分落ち着いたようだ。
大和はふと思い付いた事を口に出す。

「ねぇ、変な写真撮らない?」

それがあまりに突然だったので小夜は聞き間違いかと耳を疑った。

「あ、いや、幻聴じゃないよ?
今日ここに来た記念に撮ろうと思ったんだけど、普通に撮っただけじゃ面白くないでしょ?
からちょっと変わった事をしたいなぁ、って」
それを聞いて小夜は思わず吹き出してしまった。それから、笑うのを我慢した引き攣った顔で「いいよ」と言った。

「それで、変な写真ってどうするの?」

「うん。せっかくだからカメラをセルフタイマーにして二人で撮ろうと思うんだ」

大和は、カメラを少し斜度のある平原の真ん中に置き、自分達はそこから目印まで走り、目印をUターンしてカメラを目指して走るのだと言った。
大和はカメラを、鞄に入れて持ってきていた小さな三脚を目一杯伸ばしてその上に置いた。
それでも大和達の腰ほどもない高さのカメラは、少しローアングルだった。
大和は準備しながら「上手くいくかどうかわからないけど」と言っていた。
小夜も内心では(上手くいかないだろうなぁ)と思っていた。
でも、上手くいかなかったとしても後々「やっぱり上手くいかなかったね」と笑い合うのだろうなと思うと、それだけで十分楽しめた。

「さ、準備出来た。いくよ?」

大和がシャッターを切った。リミットは10秒。距離は結構ある。大和と小夜は一気に飛び出した。
小夜は今、フワッと広がったロングスカートを穿いていて走り難いかと思いきや、
田舎育ちのクラスメイト達の中でも断トツに運動が得意な小夜は、大和から離される事なくピッタリとくっついていた。
目印までは上り坂で思ったようにスピードが出なかったが、ほぼ同時に折り返した二人はスピードを上げて一気に坂を下っていった。
すると大和が突然「あーーーっ!!」と叫び出した。
小夜が驚いて大和の方を見ると、その大和の顔がとても気持ち良さそうだったので、小夜も大和と同じ様に大声で叫びながら走ることにした。
なんだかスッキリする様な感じがした。
実際にはほんの数秒の事だったが、二人はその瞬間が永遠のように感じられた。
パシャリ
カメラがその瞬間を捕らえた。
そしてその音をきっかけにしたように永遠が終わった。
だけど大和と小夜は気にしなかった。二人は、永遠に感じられた瞬間が妙に面白くて、止む事なく笑っていた。
この時の、大和の変な思い付きで撮った写真は、小夜の予想に反してとても上手く撮れていた。
妙に面白かった永遠の詰まったその写真は、後に小夜のお気に入りの内の一枚となるのだった。
ひとしきり笑った後、二人は再び小川へと戻ってきた。
身体が火照っていたので、小夜が「足だけでも川に浸かって少しクールダウンしてから帰ろう?」と言ったからだった。
小夜は早速靴と靴下を脱ぎ、スカートの裾を手で持ち上げながら川に入って行った。
その瞬間大和の周りから全ての音が消えた。
耳障りな程に五月蝿く鳴いていた蝉の声も、吹き抜ける風に揺られ擦り合う草木の音も全て。
大和にはただ小夜だけが見えていた。
それ以外の感覚を全て失ったような不思議な気分だった。
そして唯一目に映る小夜は、まるでこの世の存在ではないような気がした。
自分と小夜が同じ世界の存在ではないような気が。
大和は思わず、カメラを構えシャッターを切っていた。



 モノローグ ― monologue 4 ―


小夜の目の前にあるそれは、間違いなく一瞬の中の永遠を封じ込めていた。
その写真を撮ってから数日を共に過ごし、そして大和は帰って行った。
それから幾日も経たぬ内、
いつものように小夜の下へは大和からの手紙に同封された、共に過ごした間に撮った全ての写真が送られてきた。
二人共正直(上手く撮れてないだろうなぁ)と思っていた、
“変な写真”が思いの外とても上手く撮れていたと、手紙の文面からも大和の興奮が感じられた。
その写真を見て、私も少し興奮した。変どころか、そこには美しさや楽しさ、そして高揚や開放感があった。
私は再び永遠を感じた。ここからは永遠が溢れ出していると思った。
ふと同じ写真を見て、私と同じように興奮している大和を思い描いてみた。
同じ物を見て同じように感じているのだなと改めてそう思うと少し照れた。同時に嬉しくもあった。
そう、その時私は間違いなく満たされていた。
だけど今はどうだろう。
その写真を見ても、写真はもう私を永遠の世界に誘ってくれはしなかった。
ただひたすらに今の影を濃くする光でしかなかった。光が四角い枠を、飛び越えて来てくれる事はなかった。
小夜はその写真を眺めたあとも、アルバムをめくりながら全ての写真に目を通して行った。
それら一つ一つに思い出があり、その記憶を呼び起こしながらだったので、長い時間がかかっていた。
ただその時の流れに、小夜だけが取り残されていた。
小夜が新しく手をかけたアルバムには大和との最後の日々が詰まっていた。

「もうすぐ。もうすぐだったのにね…」


[前へ][次へ]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!