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短編小説集
[4.-1]
  4.


二人が付き合うようになったその年を合わせると、今年で三度目の夏。二人は中学三年生になっていた。

「ねぇ、今日はさ、あっちの山に行ってみない?」

今日は大和が来た、その翌日。小夜が朝から大和の家を訪れていた。

「いいよ。じゃあ準備するから上がって待ってて?」

小夜は大和の後に続いて行き、居間に通されたところで大和の家族と対面した。

「小夜ちゃん、いらっしゃい」

「お邪魔します。おばあちゃん、おじいちゃん」

一番初めに声をかけて来たのは大和の祖母だった。
自宅にあまり両親のいることがない小夜には、
家も近所で小さい頃から面識もあった大和の祖父母は、まるで自分の家族でもあるように感じられていた。
また、大和の祖父母も小夜の事を大和と同じ自分達の孫の様に思ってくれていたので、
小夜は時間があるときにはしょっちゅうこの家を訪れて、
大和の祖父母と話をしたり、一緒に食事をするなんて事もよくあるのだった。

「久し振りねぇ、小夜ちゃん。あら、また可愛くなったんじゃない?会う度にどんどん美人になっていくんだからぁ」

次に声をかけて来たのは大和の母。父は母の言葉に相槌を打ちつつ、同じ様に小夜に話しかけている。

「そんな、二人だってまだまだ若いし、お母さんはずっと美人なままだし、お父さんだってキマってますよ〜」

小夜は軽いノリではあるが、心からの言葉で返す。

「あら、そお?」

「いやぁ、小夜ちゃんに言われると嬉しいなぁ」

と、それぞれ感情を隠そうともせず満面の笑みを浮かべるのだった。

「今はもう大和の彼女なのよね?嬉しいわ。
今まで小夜ちゃんの事は本当の娘みたいに思ってたけど、もうすぐ本当の娘になるんだもの。ホント楽しみだわ〜」

母がそう言っていると、山へ行くには着ている服が適さないと思い、動きやすい服に着替えていた大和にも会話が聞こえていたようで、

「何を気の早い事言ってるんだよ、母さんは。
父さんも母さんも近所のおばさんみたいな事言って、ちょっと褒められたからって浮かれてそんな事まで…」

そう言いながら、出掛ける準備の整った大和が現れた。

「まあまあ、そう照れない照れない。それに小夜ちゃんはもう再来年には結婚出来る歳よ?」

大和が僅かに頬を赤らめていることに気付いた大和の母は、からかうかのようにニヤケ顔でそう言った。

「俺はまだ出来ないだろ〜?!小夜、もう行こっ」

大和が小夜の手を取り玄関の方へと引っ張って行った。

「付き合うようになったからって、もう小夜ちゃんのこと呼び捨てにしてるんだぁ」

「大和ばっかりズルぞ?!父さん達だって小夜ちゃんと会えるのを楽しみにしてたのに。一人占めかぁ?」

後ろから聞こえる両親の声を無視して大和は、「昼は外で済まして来るから」とだけ言った。
代わりに、相変わらず手を引っ張られている小夜がそれらの声に応える。

「今日もたぶんそんなに遅くならないし、
明日もまた来ますから、その時ならゆっくりお話出来るので、今はごめんなさい。じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃ〜い」

奥から聞こえるみんなの声を聞いてから、大和は扉を閉めた。家を出て歩き出した大和が小夜に謝る。

「小夜、ごめんな。二人とも久し振りに小夜に会えてちょっと浮かれ気味でさ」

しかし、小夜は首を振って答える。

「いいの。私もお父さんとお母さんに会えて嬉しいもん。私みんなの事大好きだから」

「うん、ありがとう」

二人はその後も、途切れる事なく会話を楽しみながら山を下って行った。


二人が訪れたそこは、山の中腹よりも僅かに下かといった辺り。
木々に囲まれた道を歩み進んで行く。すると不意に視界の開ける場所がある。それがここだ。
ここは、何もない空間がかなり広くに渡っており、丘や草原に見まごう様な地元民ならではの穴場だった。
しかし二人はそこを横切り、再び木漏れ日の降るトンネルの中へと入って行った。
それというのも、こういう空間に適した遊具があれば楽しい時間を満喫出来るのだが、今回はそれがない。
なければただの開けた場所。
綺麗な空と、傍らを過ぎ去って行く澄んだ風、小鳥や木や草達の合唱に身を委ねながらのんびりするのもいいものだが、
到着して早速のんびりしようというのは、元気のみなぎる二人にはおかしな話だった。
結局二人が足を止めたのはその僅か先の小川だった。
二人は砂利の上に荷物を、濡れないよう気を付けて置いた。
この辺りの土地は、山と海に囲まれているのに、いや、だからこそだろうか、川が殆どなく、大きな川などは一つもなかった。

「やっと着いたねぇ。そんなに遠くないけどこれだけ暑いとここまで来るのも大変」

小夜はかぶっていた麦藁帽子を荷物の上に重ねながらそう言った。

「そうだね。だけど山の中は木が屋根になってくれてたからまだマシだったな」

大和も小夜の荷物の隣に自分の鞄と帽子をおいた。川の幅はだいたい2mくらいのところもあるが、深さは30cmに満たなかった。
川の上に障害物はなく、存在感のある夏の太陽が容赦なく照りつけている。
しかし、その光が水面にうつりキラキラと宝石の様に輝いているのは美しかった。
川原にあった岩に何の気無しに手を付いた大和はその行為を後悔した。
真っ先に頭に浮かんだのは天然のフライパンという言葉だった。
その様子を見て小夜はケタケタと笑った。

「笑ったなぁ?」

大和は何かを企んでいるかの様な笑みを浮かべた。

「キャーッ!!」

小夜は楽しそうに悲鳴をあげながら川の中程までザブザブと入って行った。
大和が小夜の足元を見ると、既に靴も靴下も履いておらず、いつの間にか準備は万端だったらしい。
爪先から、膝までないひらひらの短いスカートまで小夜の脚を隠すものは何もなく、
川の水を弾き光るその様子に大和は一瞬目を奪われたが、直ぐ我に帰って自分も靴と靴下を脱いだ。
川原の砂利に素足を乗せると、またしても大和は後悔するのだった。

「アハハハ!」

小夜は再び大きく笑った。大和は急いで川に飛び込んだ。
川の水は以外に冷たくて気持ちよかった。周りには自分達以外いない。
ただ美しい自然と小夜と、そして大和がいるだけだった。
大和が川の以外な冷たさに気を取られていると、いつの間にか小夜が目の前にいた。
そして、その足を大きく振り上げた。小夜の足は水を蹴り、蹴られた水は大和目掛けて飛んで行った。

「うわっ」

大和は思わぬ不意打ちに、とっさに顔を腕で覆いながら後ろを向いた。ちょっとだけやましい事を思ったのは事実だ。
後ろなんて向かずにじっと前を見ておけばよかった。そう思って急いで前に向き直ると、小夜は既に大和から離れていた。
陽の光を反射する水飛沫をあげながら、川の中を駆けて行く小夜の姿はどこか現実とは違った空気を纏っていた。
今の小夜の姿を写真に残したいと思ったが、少し迷って、今は小夜と同じここにいる事にした。
写真を撮ろうと思ったら、被写体を対象化しなければならない。
つまりここから一歩外へ出なければならないということだ。
そんな事は、今の自分にはとても出来そうになかったし、そんな事をしたら小夜に悪いと思った。
写真は後。今は小夜といるこの空間を楽しもう。そう思って、大和は小夜を追い掛けた。


どれ程の間川で遊んだのだろうか。
未だ太陽の光は強く地上に降り注いでいるが、ほんの今さっきよりも僅かに暑さはひいたかもしれない。
二人は、途中のんびりする時間を挟みながらも今までずっと川の中を走り回っていた。が、大和の方にそろそろ限界が訪れた。

「小夜、ちょっと上がって休憩しよう?」

そう言った大和は全身水浸しになっていた。
それは9割方小夜の手によるものだった。両手で水を掬って掛けられたり、足で水を飛ばされたり、
時には、魚がいる等と言って大和に水面を覗き込ませて後ろから押したりという、罠に嵌められたパターンもあった。
そして残りの一割は、自分一人で足を捕られたり滑らしたりしたことによる。
その度に大和は小夜に指差しながら笑われるのだった。
それだけ濡れていても、照り付ける太陽のお陰で風邪をひくことはなさそうだ。
しかし、体力だけは確実に奪っていたようで、都会育ちであまり慣れていなかった大和が先にダウンしたのだ。

「あ〜、今の、どこかの子連れのお父さんみたい!」

そう言う小夜も大和と変わらず体中を雫が伝っているが、大和とは基礎体力が違うのか笑う顔に疲労の色は見られなかった。
始めの内は、薄着でいる小夜の服が濡れて肌に張り付いていく様を見るとドキドキしたが、
少しでもぼうっとしていると水を掛けられるのですぐに余裕は無くなった。今は既にそんな事は忘れている。

「しょーがないなぁ。じゃあ、休憩しよっか」

どこか不服を感じさせる口調でそう言った小夜だったが、実際には十分に満足していた。
それに、日が暮れるまでにはまだ時間があるだろうから、気が済まなければもっと遊べばいいだけだ。
小夜の了承を得て大和は自分の荷物を置いている岩の下へ行った。
二度の失敗から、地面の砂利や岩に迂闊に触れないように気を付けたが、
遊んでいる間にたくさん水が飛んだせいか、自分の体が水に濡れていたせいか、大して熱くはなかった。
持って来ていたタオルで体を拭きながら着替え用の服を取り出していると、隣に置いてある小夜の鞄の前に小夜が小走りで近付いて来た。
そこで小夜は大和に背を向けて、「アッチ、向いてて」と呟いた。
大和は即座に意図を察しきれず、「え?」と聞き返すと、
「着替えるとこ見られるの恥ずかしいからあっち向いてて!」と言われて大和はやっと思い出した。
好きな女の子の服が水で透けている事を。
そして、改めて目の前で後ろを向いている小夜を見ると、スカートは材質と色的に問題はなかったが、
上は下着のラインが浮かび上がっていた。
当然濡れたままでいる訳はないので服を着替える事になる。
今更ながら大和は意識してしまう。一度意識してしまうとそう簡単に頭から離れない。
当然小夜の後ろ姿に釘づけになっている目も。

「大和君?」

気が付くと小夜が首だけを捻ってこちらを見ていた。その様子があまりにかわいいのと、
釘づけだったのを見られて恥ずかしいのと、その罪悪感から「ごめん!」と叫び、
大和は慌ててクルリと回れ右をして必要もないのに目までつむった。
小夜が大和と一緒に川から出ず、少ししてから小走りで駆け寄ったのは、
その直前まで自分の服が透けている事にも、
その後着替える為に一度服を脱がなければならないという事にも気付いておらず、
突然意識した為に恥ずかしさが襲って来たかららしかった。
ここで大和に向こうに行けと言ったり、自らが一度、木の生い茂っている所まで着替えに行ったりしないのは、
小夜が大和を気遣い、また信用しているからだ。
もしかすると、大和になら少々見られてもいいと小夜は思っているのかもしれない。
というのはただの思い上がりなのだろうか。大和はそんな事を考えながら自分の着替えを済ませていった。
始終、後ろで着替える小夜の気配を伺っていたのは言うまでもない。
そして、パサ、パサと絹擦れの音がする度に大和は振り向きたい衝動と葛藤し、
しかし跳びはねる心臓だけは抑える事が出来ないのだった。


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