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短編小説集
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  2.


夏休みに入ってから数日が経った。
いつもと変わらぬ暑い今日は、しかしいつもとは違う。なぜなら、今日の午後には大和がやって来るからだ。
夏休みに入る前、大和から手紙が届き到着日時を知らせてくれていた。
毎年この季節は落ち着かない。手紙のやり取りや電話はしているものの、会えるのは年に一回だけ。
もうすぐ大和に会えると思うと、いてもたってもいられなくなる。
本当は、大和の祖父母の家に行って、そこで大和の到着を待ちたい程なのだが、流石にそれは今年から中学生になった身としては遠慮する。
実際に、小学生の低学年まではそうしていた。
それでも、大和の家族のみんなと小夜は仲がよかったので、誰も何も言わなかったが、
いやむしろ歓迎すらしてくれていたし、大和の祖父母からも、
「今年はウチで待たないのかい?」
と言われてはいるが、やはり分別がつく歳になってからは、行きたい気持ちを抑えて遠慮している。
しかし、そう出来るのも、大和が到着したらすぐに小夜の家まで会いに来てくれるからだった。
大和の祖父母だって、ずっと大和に会える事を楽しみにしているだろうに、普段からよく話したりしている小夜の気持ちを知っているので、
「自分達は後回しでいいから早く小夜ちゃんに会いに行ってあげなさい」と大和に言ってくれる。
そのことに、小夜はいつも感謝している。
しかし、小夜は有り難く甘えさせて貰いながらも、初日は早い段階で大和と別れるようにしている。
それは、大和の祖父母が小夜の気持ちを知っているように、小夜も大和の祖父母の気持ちを知っているからだった。
そして翌日からは、大和と大和の家族、大和の祖父母のいるその家に入り浸るのだった。今回も同じだ。
大和の到着予定時間から一時間程経った時、小夜の家のインターホンが鳴らされた。
小夜はすでに玄関で待ち構えていたので、大和がインターホンを押した瞬間に扉を開けた。

「久しぶり」

少し驚いてから、大和ははにかんだような顔でそう言った。
小夜は口より先に抱き着いた、いや、飛び付いた。
全身で大和の存在を感じながら小夜も、「ひさしぶり」と返した。
この、再会の時に大和に飛び付くのも既に恒例となっていた。
二人は並んで坂を上がって行く。大和の首からはカメラがかけられていた。

「そのカメラどうしたの?」

道中、小夜が大和にそう尋ねる。

「俺、将来カメラマンになりたいんだ。主に風景の」

昔から大和の夢は、自分の大好きな風景を、より多くの人にその美しさを共感して貰う事。
そしてその風景を、人々の心だけでなく後世にも残す為に、形あるものとしてもおさめておく事だった。

「じゃあ、もう絵はやめちゃったの?」

以前はその形を絵にすると言っていた。実際に練習も重ね、今ではかなりの腕前だった。

「ううん、絵を描くのは楽しいからね。趣味としてはこれからも続けるよ。
でもあの風景を残すのは写真に決めたんだ。
学校の友達のお父さんが写真屋をしててね、カメラを教えてくれたんだ。
それからどんどんハマっていってね」

カメラは絵画よりも忠実に映像を残す事が出来る。
つまり、より忠実にその風景を人々に伝える事が出来るという事だ。
しかし、今まで大和が写真を好まなかった理由は、ただシャッターボタンを押すだけで映像を残せるという、手軽な行為だと思っていたからだった。
ボタンを押す事に技術などない。誰が撮っても同じだと思っていた。
だけどそうではないことを、その、写真屋をしている友人の父親に教わった。

「この世に存在するどんな物にでも、一瞬一瞬の表情っていうものがある。
写真家の技術は、被写体の最も良い状態を引き出し、尚且つそれを逃す事なくシャッターをきれるというとこにあると思うんだ。
そんな風にその人は言ってた。
それ聞いてさ、俺もいつか自分の手で、あの景色のベストな表情を撮ってやりたいって思ったんだ」

「そうなんだぁ。大変だろうけど頑張ってね!絶対応援するからさ!」

「うん、ありがとう」

大和にとって、小夜の言葉は大きな励みになる。何故だか分からないが、とても心強くて安心出来た。

頂上に着くと二人は、二人が初めて出会った時に座って話をしたベンチに腰掛けた。

「実はさ、このカメラ使うの今日が初めてなんだ。
今まではその友達のお父さん、内藤さんっていうんだけど、内藤さんにお古のカメラを貸して貰ってたんだ。
で、この前やっと自分のカメラ買って、初めは自分の一番好きなものを撮ろうと思って、ここに来るまで使わないようにしてたんだ」

大和がそう言うのを、小夜は大事なモノを抱きしめる様に聞いていた。
自分も大好きなここからの風景を、大和が今でもずっと変わらずに好きでいてくれている事が嬉しかった。
初めて出会った時から変わらぬ夢を持ち続けてくれている事が嬉しかった。
一年に一度しか会う事は出来ないけれど、見た目はとても変わったけれど、だけど大和は変わらないと実感出来た。
そしてまた安心出来た。そうすると、(ああ、今大和君が隣にいるんだなぁ)と改めて思って笑みがこぼれた。

「あんまり遅くなると、日が暮れてきちゃうかもしれないからそろそろ撮ろうか」

そう言って大和は立ち上がった。

「うん、そだね」

大和は撮るポイントを決めて、サクから少し距離をとる為に歩き出す。小夜が大和に付いて行こうとすると、大和がそれを止めた。

「あ、小夜ちゃんはそこに立っててくれる?」

「え?」

大和が指示した場所は、大和が撮ると決めたポイントと、大和がカメラを構えた位置の線上。

「で、でも大和君は風景の写真を撮るんでしょ?それに初めは、っ……」

小夜はそこまで言ってハッとなった。二人だけしかいないこの空間に、一瞬の沈黙が走る。
そして、一度構えたカメラを下げてこう叫んだ。

「俺、小夜ちゃんの事が好きです!世界中のどんなモノよりもっ!だから俺と付き合って下さいっ!」

お互いの気持ちには何となく気付きながらも、どこか会えるだけで満足というのがあり、
また、もし断られて仲がギクシャクしてしまうと、
仲直り出来る可能性が極めて低い事もあって踏み出す事の出来なかった一歩を、今、大和から踏み出した。
小夜は顔を真っ赤にしながら小さく頷いた。
しかしその真っ赤な顔は、とても穏やかに笑っていた。
その瞬間、大和の指はカメラのシャッターをきっていた。



 モノローグ ― monologue 2 ―


小夜の目の前にあるアルバム。一番初めの写真に写っている赤面した自分。
自分でもびっくりする程自然に笑っている。
この時、確かに大和は小夜の最高の表情を引き出せていたのかもしれない。
その事は、今でもとても嬉しい。
もちろん告白された時の事を思うと、顔から火がでそうになるし、胸だってドキドキする。
だからこの写真は、大和が撮ってくれた写真の中でもかなりのお気に入りだ。
だけど、それだけいーっぱい嬉しい分、今の小夜にはそれ以上に悲しいのだった。


 
 3.


シャッターをきった大和は、大きく息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。

「っはぁーっ、緊張したーっ!」

その大和のもとに、小夜が慌てて駆け寄る。

「大丈夫?大和君。どうしたの?」

大和が突然その場にうずくまったので小夜は驚いたのだが、近付いてみるとその口元は僅かに笑っているように見えた。

「どうしたの?」

小夜はもう一度聞く。

「すごく、緊張した。だって、もしも小夜ちゃんにOKが貰えなかったら、最高の表情どころの話じゃなくなっちゃう所だったからね」

「大和君…」

小夜がとても小さく微笑んだ。

「ありがとう。私も、大和君の事大好きだよ」

小夜は目元にうっすらと涙が浮かべていた。お互いに大切であり過ぎて、逆に近付く事が出来なかった。
その二人の関係が、今やっと動いた。

「今日は、そろそろ帰ろうか」

小夜がそう言ってから、二人はゆっくりと歩き出した。
恋人になってから、初めて並んで歩く、この喜びを少しでも長く感じていたくて。
二人の距離は、いつもよりも近いように感じられた。



 モノローグ ― monologue 3 ―


小夜は、二人が付き合う事になったあの日大和が撮ってくれた、自分でもそう言える程の最高の笑顔を見て必死に口を歪ませた。
自分の笑顔の真似をする。顔の筋肉を上手く動かせないのがもどかしい。
その内、両の頬を生暖かい物が伝った。頑張った結果作り出せた表情は、結局笑顔ではなかった。

「大和君…、私、もうこんなカオ出来ないよ!」

小夜は叫んだが、シンと静まり返った周りの空間がそれをいとも簡単に吸収してしまった。
小夜はうずくまり、静かな鳴咽を漏らしていた。もう、何度も何度も繰り返していた。
既に目元は赤く腫れ上がり、少し触れるだけで痛みが走る程だった。それでも毎日泣いていた。
感情をコントロールする事が出来ず、泣いても何にもならないと分かっているのに、いつまでも涙が止まる事はなかった。


長かった日照時間の終わり。夕日が完全に沈み夜が訪れた。
全てを闇に隠し、全ての物を飲み込んでしまうこの夜ですらも、小夜の悲しみを奪う事は出来なかった。
少し落ち着いた小夜は、次のアルバムを開いた。
そこには、遠くに見えるコバルトブルーの空と、パステルグリーンの草が生えそろった山の腹を、
爽やかな風を全身に目一杯受けながら一気に駆け降りている小夜と大和がいた。


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