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短編小説集
第二話
その日はとても良く晴れていた。しかしそれは喜ばしいことではなく、むしろあたしを鬱々とさせている。
まだ六月の初めだというのに、ここ数日は今日のような真夏日が続いていた。日本に四季があることを忘れさせるような暑さだ。
今日は、お母さんの結婚相手が初めて我が家へやって来る。お母さんは朝から出掛けていて、今頃はきっと役所で籍を入れているのだろう。
結婚の話を聞いてから二ヶ月近く経っているが、あれは今すぐということではなかったらしい。特に急ぐ必要もないので、具体的な話はゆっくりと進めていったようだ。つまり、あたしに話をした時点では本当に何も決まっていなかったみたいだ。
そして今日、お母さん達はやっと籍を入れに行った。それから二人はウチに来る予定になっている。
だからあたしはお母さんに、今日はどこにも出掛けちゃ駄目だ、と言われていた。せっかくの日曜日なのに、とは思わなかった。窓の向こうにある殺人的な陽射しを見ると、とてもじゃないけど出掛ける気になんてならなかった。
ところで、今日やって来るお母さんの結婚相手、矢野 大介とは実は今まで一度も会ったことがない。
結婚の話を聞いてから、結婚する前に一度くらいは会うことになるだろうと考えていた。けれど、忙しい等の理由で結局最後まで会うことはなかった。
はっきり言ってあまり会いたくなかったので、長引いてくれるのは良かったが、こんな形になるとは思ってもみなかった。
私の中は今、緊張と不安が渦を巻いている。法律上、矢野大介はお母さんと結婚してもあたしの父親になる訳ではない。あたしが望まなければ名字も変わらない。しかし、世間は彼を新たな父親として認識するだろうし、同じ家の中で父親的な立場になることも事実だ。
果たして上手くやっていけるのだろうか。あたしにどう接してくるだろうか。そんなことが昨日の夜から頭の中でグルグルと回り続けている。あたしは、お母さんに言われた通りにちょっと良い服を着てベッドに寝ころんでいた。
すると、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。あたしは慌てて鏡の前に立ち、急いで服と髪を直して玄関に向かった。狭い廊下を走って行くと、お母さんの隣に、丁度お父さんと同い年くらいの男が立っていた。
あたしはその男の顔を見た瞬間、胸の奥が激しくざわめくのを感じた。あたしが結婚を賛成してお母さんの喜んだ顔を見た時と似た感覚だった。あたしが何も言わずにいると、母が先ず口を開いた。

「美奈子、この人が矢野大介さんよ」それに合わせて矢野が自己紹介をする。

「初めまして、矢野大介です。君が美奈子ちゃんだね? 話に聞いていた通り、とても賢そうで可愛らしいね。本当はもっと早く会いたかったんだが、なかなか時間が作れなくて、悪かったね」

矢野の顔を見た印象では、嫌な人だと思った。勿論、印象なので根拠はない。なんとなく、だ。しかし口を開いてみると意外とそんなことはなかった。優しそうだし穏やかな雰囲気だった。それに、真面目そうだとも思った。
交番勤務とは言え警官だったお父さんが、よく『直感は、実は何よりも確かなものなんだよ』と言っていたのをふと思い出した。しかし、たまにはハズれる時もあるのだろう。

「あ、いえ。えと、美奈子です。宜しくお願いします」

あたしがそう言うとお母さんが、

「はいはい、堅い挨拶はそこまでにして上がりましょう? お茶を入れるわ」と言って、片手であたしの背を押しながらもう片方の手で矢野を招いた。



あたしと矢野はテーブルを挟むようにして向かい合わせで座った。お母さんは、来客用の紅茶と、昨日の内に用意しておいたお茶菓子を出してから、矢野の隣に座った。あたしにはそのツーショットがひどく不自然なものに見えた。
それから割合長い時間、あたし達はその状態で会話を続けた。主に、矢野があたしに質問を投げかけ、あたしは質問の答えだけを返して、お母さんがそれを拾い上げて会話を繋げようとする。というパターンだった。
別に話すのが嫌だったとか、そういう訳ではなくて、ただ聞かれた事以外に何を話せばいいのかが分からなかったのだ。友達となら、中身のないくだらない話でも、絶えることなく言葉が湧いてくるのに。
あたしは矢野を『矢野さん』と呼び、矢野もあたしを『美奈子ちゃん』と読んだ。お母さんのことは呼び捨てにしていた。矢野がお母さんの名を呼ぶ度に耳がどうにかなりそうに感じたのは気のせいだろうか。
今の段階では特に悪い印象ではないのに、何故か湧いてくる負の感情はきっと、母の結婚相手だからだろう。独占欲の為か、寂しさを感じている為か。



矢野は日が暮れる前に家に帰った。近い内にあたし達は矢野の家に引っ越す。父と過ごしたこのマンションを離れるのだ。
思い出の詰まったこの家を出たくはなかったが、結婚に賛成してしまったからには従うしかなさそうだった。そう遠い場所ではないが、少し高校から離れることになる。
あたしは名残を惜しむように、ゆっくりと荷造りを進めていた。矢野が帰ってからも同じ調子で進めていった。
来週には矢野の家に住むことになる。そこに三人で住み始めてから、改めてあたし達は家族になる予定だ。



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あきゅろす。
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