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短編小説集
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『君のいない夏』



もうすぐ夏が来る


君のいない夏



 プロローグ


最近、随分と暑い日が続くようになってきた。
気の早い蝉なら、もう一、二週間もすれば鳴き始めてもおかしくはない。
もうすぐ夏がくる。

ついこの間までは、まだ肌寒くて長袖の服だったのに、一週間程前から、それでは何もしなくても汗が流れる。
近頃の気候は昔と違って変化が激しい。しかも一瞬の内に変わる。
ずっと、冬だ冬だと思っていたのに、春は殆ど感じられなかった。
夏の入り口はもうすぐそこだ。

私は暑いのが大嫌い。寒いのが好きな訳ではないけれど、暑いのだけは耐えられない。
だけど夏は好き。大好き。正確に言えば、大好きだった、だけど。
だってね、

「夏になると君に会えるから。だから夏が大好きなんだよ」

そう言いながら、大山小夜(おおやま さよ)は手元のアルバムの中から笑いかけてくる〈君〉、小道大和(こみち やまと)に微笑み返した。

小夜は、山と海に挟まれた町の、その山の中腹に位置するアパートに、両親と自分の三人で暮らしている。
両親は昔からとある名家に仕えていて、それぞれ執事と家政婦をしている。
今二人は仕事で家にはいない。

小夜は自分の部屋で大和と過ごした時間を思い返していた。
途中でそれに最適なアイテムがある事を思い出し、こうして引っ張り出してきたのだった。
アルバムの中には、二人が小さかった頃の写真はない。
何故なら、その写真を撮っているのは自分達だからである。

「そういや、大和くんと初めてあった時はまだ小学校にも行ってなかったんだもんなぁ」

二人が頻繁に写真を撮るようになったのは、大和がカメラを持って来るようになってからだった。
そんなに小さな頃からカメラを持っている訳がないので、その頃の写真がないのだ。
そんな事を考えていると、二人が出会った時の事が思い出されてきた。



  1.


真夏の太陽が照り付け、全身から汗が噴き出すような日が続いていた。
耳が痛くなる程に蝉が鳴き、普通なら何事にもやる気が起きないような季節。
一人の小さな少女、小夜はそれに負けぬ元気で、塗装された山道を登っていた。
通っていた幼稚園も長い夏休みに入り、午前の内から意気揚々と家を出た。
目的地は自分の家がある山の頂上。そこには展望台を兼ねた休憩用スペースがある。
その場所から見える景色が好きだった小夜は、たまに暇を見付けてはそこを訪れていた。
今日は夏休みに入ってから三度目だった。
そこに人がいる事も少なくはなく、今日は一組の母子がいた。
母親は若く、子供もまだ小夜と同じくらいだった。
小夜が備え付けのベンチに座っていると、それに気付いた母親が子供をつれて近付いて来た。

「こんにちは。あなたは一人で来たの?」

大和の母親は小夜の前にしゃがみ、小夜に視線の高さを合わせてそう話し掛けた。

「うん。お家がすぐ近くだから」

「あら、そうなの?私達も今はすぐ近くの家にいるのよ。
ここに登って来る途中の道の、赤い屋根のお家に。あ、この子大和っていうの。よろしくね」

「こみちやまとです」

母親に促されて、大和が初めて口を開く。

「あたし、さよ」

「小夜ちゃんは何歳なのかな?」

「5さい」

「まぁっ、じゃあ大和と同い年ね」

大和の母親は笑顔を絶やさない人だった。しかしそこで彼女は、腕時計を見て少し残念そうな顔をした。

「もうそろそろ帰らなきゃいけないの。またね、小夜ちゃん」

そう言って彼女は立ち上がった。隣にいた大和の手を取り繋いでから歩き出した。

「大和、じゃあ行こっか」

すると大和がそれに抵抗した。
母親が不思議がっていると大和は、「もうちょっと見てる」と言った。
だからと言って大和を一人にしておく訳にはいかない。母親が困った顔をしていると、小夜が口を挟んだ。

「あたし、赤い屋根のお家知ってるから、景色見終わったらやまとくん、お家まで連れてってあげる」

「あら、そお?じゃお願いしちゃおうかな。ありがとね」

「うん」

「じゃあ、次に長い針が12の所まで来たら帰って来てね?」

大和の母親は自分の腕時計を外し、二人にそう言って渡した。今は十一時二十分だった。
母親が帰ってから、二人は景色を眺めながら話した。

「やまとくんもここの景色気に入ったの?」

「う、うん」

初めの内は殆ど口を開かなかった大和も、小夜が話し掛け続けていると少しずつ口数が増えて言った。
景色の話から、だんだんと脱線していき、いつしか将来の夢の話になっていた。
しかし、五歳同士の会話なので、具体的にどんな職に就く等といった話では当然なかった。

「キミは…」

「さ・よ!」

「さ、さよちゃんは、いつかしてみたい事とかあるの?」

大和は、話す事には随分照れがなくなったが、名前を呼ぶのはまだ気恥ずかしいようだった。
小夜はそれをいちいち訂正させていた。

「あたしの友達は、お花屋さんとか看護婦さんになりたいって言ってた。
けどあたしはわかんないや。ただ、お父さんやお母さんみたいなお仕事はしたくないな」

子供にとって親とは絶対的なものである。
その親が身近で、他人に頭を下げたり等下手に出ている姿を見せられるのは、
小夜にとってもかなりのショックなようだ。
そんな感情が形を変え、小夜は、両親の仕える家、またそこの人間、そして両親の職業に嫌悪感を抱くようになっていった。

「ねぇ、やまとくんは?何かあるの?」

「ぼくはね、ここの景色みたいに綺麗な所を何かに残したいんだ。絵を描く人とか」

大和を目を輝かせながらそう言った。それを聞いた小夜も、同じように目を輝かせる。
小夜もここの景色が大好きなので、大和が言った事は自分としても嬉しい事なのだ。小夜は興奮気味になる。

「じゃあ、もう絵を描く練習とかしてるのっ?」

「それは、まだ…」

「なんだぁ〜。アハハッ」

二人はこの時間をとても楽しく感じていた。そして十二時になった。

「あ、もう長い針が12の所に来た」

それに気が付いたのは、腕時計をつけていた大和だった。

「もうそんな時間かぁ…。しょうがないね。あたしについて来てっ」

小夜は座っていたベンチから、ピョンと飛び下り歩き始めた。大和はその後について行った。
道中も二人は絶えず話し続けていた。が、楽しい時間はすぐに終わってしまう。
大和が寝泊まりしている家には、あっという間に到着してしまった。

「ただいまぁ」

大和がそう行って入って行くのを、小夜が玄関の前で見送っていると大和が、

「あれ?入らないの?」

「え?入るの?」

するとその時、奥から大和の母親が出て来た。

「おかえり。小夜ちゃん、ありがとう」

「お母さん、小夜ちゃんお家に上がってもいいでしょ?」

大和が母親を見上げながら言うと、

「いいけど、きっと小夜ちゃんのお母さんもお家でお昼ご飯作って待ってるから、お昼ご飯を食べ終わってからまた遊ぼう?ね?」

「うーん、…わかった!じゃあ小夜ちゃん、また後でね」

「うんっ」

小夜の親は、昼時に一度帰ってきて昼食は家で食べる。確かにそろそろ用意が出来上がった頃だろう。
小夜は大和と別れてから、坂になっている道を駆け上がって行った。
昼食が済んだ後、小夜はすぐに大和の家へ行った。
大和のいる家は、母方の祖父母の家で、毎年夏休みの約一週間の間訪れていた。
冬休みには正月があるので、父方の祖父母の家へ行く。
小夜は大和の家族達ともすぐに仲良くなった。
みんなに、小夜が住んでいる場所を含め、山の頂上から見る景色が好きな事などたくさんの話をした。
それが小夜と大和の初めての出会いだった。



モノローグ ― monologue 1 ―


小夜は閉じていた目を開く。
視界には何もない。
ただ、僅かに陰り始めた太陽に照らされるだけの天井と壁。ただそれだけが目に映る。
でもそこには、小さかった頃の大和と自分の微かな残り香があった。

「そういや、初めて君に会った時、君はお母さんと一緒だったね。とても優しそうで綺麗なお母さんが少し羨ましかった」

まだ、口元は緩んだままだ。だけどその残り香も長くはいてくれなかった。緩んでいた口元がもとに戻る。
小夜は側に置かれたアルバムの中から、一番古いものを取り出した。
そして初めのページを開く。左上。
そこには、信じられない程顔を真っ赤にした自分と、二人が出会った場所からの風景が写っていた。
小夜はそれを見て、再び輝いていた世界へと落ちて行った。


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