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月夜ノ物語
第六章
  〜第六章・必来ノ別離〜

脱衣場の扉を閉め、さっそく二人は身に纏っていた衣服を脱ぐ。

「真紅も意外と可愛いところあるわね」

「何が?」

「さすがのあんたもいきなり一緒にお風呂ってのは恥ずかしかったんだ?」

「そりゃ、…多少は。いいでしょっ?別に」

「待って」

真紅は全て脱ぎ終わり、先に浴室に入ろうとした。すると何故か真白に呼び止められた。

「何よ」

真紅は、相手が他でもない真白なので、微塵も恥ずかしがることなく、振り返って正面から真白を見た。

「アンタ、ムカつく」

「はあ?」

真白がまた突然なんの脈絡もないことを言い出した。

「真紅。どうしていつもそうやってお姉ちゃんをイジメるの?」

「だから、私が一体何を…」

「『何を』…ですって?これよ!」

真白は真紅の体をビシッと指差した。

「しばらく見ない間にこんなにも…。何っ?この胸!このウエスト!この腰!」

「だから何なのよ」

真紅は訳が分からないていった様子で顔をしかめる。

「いつの間にか私より胸が大きくなってるじゃない…」「少しだけじゃない。あんまり変わらないでしょっ」

「そのクセにウエストは私より細いし、くびれがいやらしい程綺麗だし…」

「それだって大差ないでしょ?」

「大有りよ!私はCカップ。真紅はDカップ!カップが一つ違うのよっ?
この前洗濯してるとき我が目を疑ったわ。私のじゃない、Dカップのブラが…。
つい最近までは『お姉ちゃんばっかりおっぱいふくらんできててズルいっ』って。可愛かったなぁ」

「なっ、そんなこと言ってないでしょっ?」

「言ぃーった!」

「いつの話よ、全く」

「それがいつの間にか、私よりも美しいプロポーションを見せつけてくるようになっちゃって…」

「真白が勝手に見たんでしょ?それにもう大分前に成長止まってるし。気付くのが遅いのよ」

「そんなの気にしてなかったんだもん」

「ってゆーか寒い!」

一糸纏わぬ姿のまま、脱衣場で真白のしょーもない愚痴に付き合わされて、真紅は体が冷えてしまった。
真白も話している間に全て脱ぎ終わっていたので、二人して慌てて浴槽へ向かう。
浴槽に近かった真紅が先に湯船に浸かる。

「お姉ちゃんも入れて〜」

続いて真白が入った。女性とは言え、大人と呼ぶに十分な程成長した身体を持つ二人が、同時に浴槽に入るとさすがに少し狭かった。

「………」

真白はまだ真紅の身体を、胸を中心にジーッと恨めしそうに眺めている。
真紅は、この肌と肌が触れ合う程の至近距離で凝視されるのは、いくら相手が真白でも少し恥ずかしくて僅かに身をよじらせた。

「真白、もしかして一緒にお風呂入ろうって言い出したのって、さっきのが言いたかっただけ?」

「まさかぁ。ただたまには姉妹仲良く裸の付き合いいいかな?ってさ、思ったの。
それにしても、真紅と一緒にいると惨めになるわ。
真紅の方が、頭はいいし、しっかりしてるし、運動出来るし、プロポーションいいし、それに顔だって絶対真紅の方が綺麗だもん。
勝ってるのなんて性格の良さだけじゃない」

「最後に余計なものがあった気がするわ」

「きっと気のせいじゃないわ」

「うるさい!」

真紅は湯船から出て頭や顔、体を洗っていく。その間中、真白は何を考えているのか、ずっと黙っていた。
真紅が全て洗い終わって湯船に戻ると、真白が「ちょっとのぼせた…」と言って湯船から出た。

「ねえ」

真白が髪を洗っていると真紅が話し掛けてきた。

「何?」

「さっき、私の顔が真白より綺麗だって言ったじゃない?」

「悔しいけどね」

「でもさぁ」

ザーっと真白がシャワーで髪を洗い流し始めたので、真紅は話を中断する。
そして真白がシャワーを使い終わり、洗う対象を身体に移したのを見て再開する。

「でもさぁ、私、顔は真白の方が良いと思うな」

「どうして?」

「どうしてって…。だって私は自分で見てもキツそうって言うか、冷たそうな顔してると思うし。
そんなつもりはなくても実際そういう性格だと思うから別にいいんだけど、
顔の良し悪しで言ったら、我が姉ながらどんな人にも好かれそうな真白の方が良いと思う」

真紅が言い終わると、真白は再びシャワーで全てを洗い流してから真紅のいる湯船に浸かってきた。
そしてそのまま、湯船に身を沈めていた真紅にガバッと抱き付く。

「真紅〜、まさかアンタがそんなこと思ってたなんてね〜。お姉ちゃんは嬉しいぞ〜。
でも真紅、アンタは良い子だし、間違いなく美人だよ。
そんな性格だから敵は作るだろうけど、アンタを悪く言う奴なんか私がとっちめてやるからね〜。
ん〜、愛いやつ愛いやつ」

真白は、真紅の頬に自分の頬を擦りつけ、濡れた髪をワシャワシャと撫で回す。

「ちょっ、真白!やめなさいって!真白!」

真紅がいくら言っても真白は止めようとしない。

「真白!もう私出るよっ?」

すると真白はあっさり身を引いた。

「あ、ちょっと待って」

その顔は今さっきまでのふざけた顔ではなく、お風呂に一緒に入ろうと言ったときと同じ、真剣なものだった。
つまり、とうとう本題に入るということだ。

「…何?」

二人共落ち着いて、浴槽に向かい合うようにして座りなおす。

「アルのこと、どうするつもりなの?」

真紅の表情が揺れる。

「どうする…て?」

「アルを作ってすぐのアンタに言うのは酷かもしれないけど、アンタだって分かってるでしょ?
アルと一緒に歳を重ねる事は出来ないのよ?」

「だから…何?」

「はっきり言うわ。あの子を生かしている限定された条件、いつか必ず崩れるわ。長くはもたない」

「な、何でそんなこと言うの?そんなこと分かってるわよ!それでも一緒にいたいの!私はアルを愛してるのよ!アルだって――」

「愛してない!アルは真紅を愛してなんかいない。あの子は愛なんて感情知らない。ただ依存してるだけよ!」

「っ…。それでも、私はアルを手放したくないの…」

「分かってるわ。だからこそ聞いてるの。今なら、真紅はまだ苦労して手に入れた彼を失うのが辛いと思うだけ。
アルは、自分が消えるのを、あなたに必要とされなくなったことが寂しいと思うだけで済む。
辛いとは思わない。だけど、これからずっと一緒にいれば、真紅はアルにきっと本当の愛情を抱く。
アルだって、もしかしたら愛という感情を学ぶかもしれない。
そうなってからアルを失えば、真紅、あなたの絶望は今失うのと比べものにならないものになるわ。
それでもいいの?」

「じゃあ真白、真白はそういうけど今アルを消せって言われて真白は消せるの?さっきだって楽しそうにゲームしてたのに!」

「出来る。たった一人の妹の為なら何だって出来る」

真紅は真白の目の強さに驚いた。決して揺るぐことのない決意の硬さをみた。

「ごめん、真白…。それでも私、アルを失いたくないの」

それでも真紅はアル失うなんて出来なかった。
真白の言うことは分かる。きっと真白の言う通りになる。
それでも、真紅は少しでもアルと共に過ごすことを望んだ。

「分かった。真紅がそういうなら好きなようにしな?
いつかくるアルとのお別れの日に、今日の決断を後悔しないよう、失うものより大きな、大切な時間を手に入れたらいいんだから」

真紅は忘れていた。かけがえのないこの姉は、いつも自分の味方だったことを。
私が決めた道をいつも応援してくれていたことを。
そして、失敗したり辛くなったりしたときはきっと、そっと支えてくれるであろうことを。

「真白、ありがとう。きっと後悔しないわ」

「うん。ところでさぁ、倒れていい?」

「え?」

真白は突然フラフラし出した。今度は完全にのぼせたのだ。
真紅は、話してる途中で思わず立ち上がったりしていたのが良かったらしく、特になんともなかったようだが、
真白は一度のぼせかけてた上に湯船に浸かり続けていたせいで耐えられなかったようだ。

「しっかりしてよ。真白!」

真紅はとりあえず、真白がまだなんとか意識を保っている間に浴槽から出ることが出来たが、
脱衣場に到着するとついに気を失ってしまった。
仕方ないので、真紅は真白の体にバスタオルを巻きつけ、自分も同じようにして二階の真紅の部屋にいるアルを呼んだ。

「アルーっ!大変なの!すぐ来てーっ!」

真紅にすぐ来いと言われたアルは、五秒と経たない内に真紅の元に到着した。

「どうしたのっ?」

「真白がのぼせて倒れちゃったの。真白の部屋まで運んでくれない?」

「ガッテン!」

どこで覚えたのか、妙な相槌を打ってからアルは速やかに真白を部屋のベッドまで届けた。
真紅は、自分と真白のパジャマと替えの下着を持ってアルに続いた。

「アルはそこで待ってて?」

アルは真紅に言われて、真白の部屋の扉の外に立った。真紅はその扉を閉めた。
扉を閉めた真紅は今度は窓を開けた。外から見えないようにカーテンは閉めておく。
次に、ベッドに寝かされた真白を包んでいた、白いバスタオルを取った。そしてゆっくりと真白を団扇で扇いだ。

「真白って本当にバカね。しんどかったのなら、話なんて後回しにしてそう言えば良かったのに。全く、一生懸命なんだから」

「真紅、大丈夫?」

外からアルが声を掛けてくる。

「大丈夫。だからアルはお風呂入ってらっしゃい」

「う、うん。あの、俺がお風呂入ってる間、真紅にドアの外にいて欲しいんだけど…」

一緒に入れなかったのでせめてと思っているらしい。が、真白をこのまま放っておくわけにはいかない。

「アル、でもね――」

と、そのとき、真白が目を薄く開いた。

「ごめん。やっぱり気を失っちゃったんだね。真紅、アルのとこに行ってあげて?私はもう大丈夫だから」

「うん、ありがとう」

真紅は持っていた自分のパジャマを着て、真白の部屋を後にした。



真紅が一階の廊下の奥にある扉にもたれている。

「真紅ぅ、いるー?」

もう何度目かになるアルの問い掛けが、浴室から聞こえてくる。
真紅は背もたれにしている、脱衣所に入るドアをコンコンと叩いてから「いるよ」と返事をした。
それから間もなく、パジャマに着替えたアルが脱衣所から出てきた。

「ねえ、真紅たちがお風呂入ってたとき、二人とも何か叫んでたみたいだけど、何かあったの?」

真紅は少しギクッとした。

「何て言ってるか聞こえた?」

「ううん」

アルが首を振って答えた。真紅はアルに悟られない程度に、安堵にホッと胸を撫で下ろした。

「何でもないのよ。それより、真白が気になるわ。行こ?」

真紅はアルの手を握って階段を登った。二階に着くと一応、小さくノックをしてから真白の部屋の扉を開いた。
中を覗くと、きちんとパジャマを身に纏った真白が、何事もなかったかのように静かに眠っていた。
真紅は音を立てないように扉を閉めた。

「もう寝てる。私たちも寝よっか」

「うん」

二人は、真紅の部屋に入ると、真っ直ぐベッドに向かった。そして布団の中に潜り込む。

「アル、おやすみ」

「うん。おやすみ、真紅」

二人はお互いに寄り添うようにして目を閉じた。目を閉じてから、真紅は真白との会話を思い出した。

「アル、ずっと側にいてね?」

呟くように真紅が洩らすとアルは、「ずっと側にいるよ」と囁いた。



近い未来、真白の言った通り、真紅はアルを本気で愛することになる。そしてアルは愛を知り、その上真紅に恋をしてしまう。

アルが深い愛を持って真紅に恋してしまったが為に、二人を引き裂く悲劇が生まれた。
その悲劇によって、二人が共に過ごす時間は終わりを告げることになってしまう。

そしてそのとき、真紅は今日のこの日の決断を後悔してしまうのだった。


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あきゅろす。
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