月夜ノ物語
第五章
〜第五章・三人ノ以後〜
月影宅では、真紅とアルがテーブルを挟んで向かい合い、ちょっとしたティータイムを楽しんでいた。が、
「そろそろ時間だな。私今日バイトあるから行くね」
真紅が席を立つ。
「え〜っ?!まだ三十分しか経ってないじゃん!」
アルとしては、真紅達が学校に行っている間暇でしょーがなかったので、
今はやっと来た楽しい時間。なのに三十分だけでお開きというのはあまりに物足りない。
「明日はバイトもないし、特にやることもないから。今日はごめん。
それに、真白は今日も部活行かずに帰るって言ってたから、もうすぐ帰ると思うし」
そう言って真紅は家を出て行った。
しかし、数分も経たない内に真紅が行ったように真白が帰って来た。その隣には美咲もいた。
「ただいま。おやおや?アル一人かい?真紅は…ああ、バイトか」
玄関でアルが座り込んでいる様子を見て真白が言った。同じ様にアルを見た美咲は疑問の表情を浮かべている。
「あの…」
「美咲ちゃん、昨日は会わなかったんだっけ?紹介するね。こちら真紅が連れ込んでる男、アル君。
アル、こちらは私の可愛い後輩の美咲ちゃん」
「よろしくね。美咲ちゃん」
アルはいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をする。しかし美咲はさっきの疑問の表情から、今度は混乱の表情になる。
「あ、あの真紅さんが男の人を家に連れ込んでるんですか?!」
真白はニヤリと笑う。
「そうよぉ。アルはあの娘の部屋に住んでるんだもの。ね?」
そう言われたアルは何を疑う事もなく、正直にうんと答える。
そしてそれを聞いた美咲は、ショックを受けたような表情になった。すると、その様子を見た真白が、
「あれ?もしかしてショックだった?」
「あ、はい…。
だって真紅さんって、クールでかっこよくて、美人で頭も良くて、なんだか憧れちゃうなぁって感じだったんで…。
それに、あまり男性とかに興味なさそうなイメージでしたから…」
「も、もしかして、美咲ちゃんは真紅みたいなタイプが好きなの?!」
真白が言うと、美咲が慌ててフォローをいれる。
「あ、でも真白さんはすごく優しくて暖かいし、真紅さんとは違うタイプの美人でカッコイイし、
何より歌ってる時の真白さんは、本当にとっても素敵で憧れます!」
美咲は必死に真白の良い所をあげる。真白はそんな美咲を可愛いと思いつつ、もう少しだけ意地悪してやる。
「美咲ちゃん…、そんなフォローなんてしなくていいよ…。どうせ私なんて…」
沈んだ口調でそう言うと、美咲は更に慌てるのだった。
「そ、そんな…っ」
そして、真白としては嬉しい言葉が後に続く。
「わ、私がっ、…私が、一番好きなのは…、真白さん…ですから」
それを聞いた真白は、喜びを隠しきれずに、
「ほ、本当?!」
と言ってしまう。美咲は、言ってから自分の言った事を思い返して恥ずかしくなる。
「あ、あの…、変な意味じゃなくてっ、純粋に…」
「わかってるわかってる」
美咲が言い終わる前に、真白はいかにもわかっていなさそうな、緩みきった顔をしながらいうのだった。
「美咲ちゃん…、私も美咲ちゃんの事好きだよ…。私の部屋に行こうか」
「え?あ、…はい」
真白の、邪な想いのたっぷり詰まった告白を、美咲はそうと知らずただ純粋に受け止める。
しかし、妙な雰囲気になっている事だけは感じ、赤くなった顔を隠すように俯き、真白に肩を抱かれながら歩き出したのであった。
すると後ろから、変に情けない声が聞こえて来た。
「俺の相手もしてぇ〜」
それは、せっかく帰って来た真白に忘れられていて、揚句の果てには、おいてきぼりをくらいそうになっているアルのものだった。
二階にある真白の部屋に三人はいた。
「まーったく、何してんのよ!まったくあの娘は!」
真白は美咲との大切な時間と、さっきのいいムードを間接的に邪魔した真紅に腹を立てていた。
「だから、バイトっていうやつだろ?」
アルは真白の、怒りという感情によってこらえきれずに出た嫌味というモノを理解出来ず、それに素直に答えてやる。
だが、その彼の口もまた尖ったまま元に戻る様子はない。
「あの、アルさんは真紅さんのお部屋に寝泊まりしているんですよね?」
「そだよ。どうしたの?夜何してるのかとか気になる?」
美咲は真白の言葉に何を想像したのか、頬を真っ赤にして否定する。
「い、いえ!そうじゃなくて…、だとしたら真白さんも一つ屋根の下で暮らしてるってことですよね?
その…、真白さんは平気なんですか?知らない男性が一緒に暮らしてて」
最後の方は、アルに聞こえないよう耳打ちするように言った。
「私は全然平気だよ。アルは男っていうよりただの子供だしね」
「はあ…」
美咲はイマイチ要領を得ない顔をしている。
自分や真白よりも大きな体の彼を捕まえて「子供」というのはどういうことだろう、と。
しかし全く理解出来ない訳でもなかった。先程からのアルの言動からは大人のイメージには繋がらない。
結局アルという人物は何者なのか、美咲に分かっているのはあの真紅が家に連れ込む程好きな彼氏らしいということだけだった。
真紅がこの場にいないので、それすらも確かではなかったが。
やがて、真紅がバイトを終え帰って来た。時間は既に午後九時を回っており、美咲は二時間も前に家に帰っていた。
「真紅ぅ〜!」
玄関の鍵穴に鍵が差し込まれる音を、
美咲の帰宅後夕食も食べずに真白の部屋で格闘ゲームをしていたアルが、耳敏く聞きつけて飛び出して行った。
「あ、アル。待たせちゃったね。いい子にしてた?」
「うん!」
そこに遅れて、格闘ゲームでアルを散々イジメていた真白が階段を下りてきた。
「いい子にはしてたけどね。よくよく考えりゃ家には四六時中この子がいる訳だから、なかなか不便かもね」
もちろん、美咲を家に連れ込んであんなことやこんなことをするのに、という話である。
「いいじゃない。いつも隣の部屋に私がいても気にしないじゃない」
真紅は靴を脱ぎ、荷物を置くために自室へ向かう。アルは金魚のフンのように真紅の後をついて行く。
「真紅だけなら静かだし、別に邪魔になるようなことはないじゃない」
階段の半ばに立っていた真白は、自分の横を通り過ぎていった真紅を見上げる。
遠回しに邪魔だと言われているアルは、真紅のことしか目に入っていないようで特に反応を示さない。
「分かったわ。これからは出来るだけ家にいるようにする。
バイトの日を少し減らして貰うわ。家計に困ってる訳でもないしね。それに、私自身いつでもアルと一緒にいたいし」
真紅が家にいれば、当然アルは真紅と一緒に真紅の部屋でジッとしているだろう。
そうすると真白はいつものように好きなように動ける。
「何にせよ、そうしてくれると助かるわ。すぐ下りて来てね。これからご飯作るから。
下ごしらえはしてあるけど手伝ってね」
「え?二人共まだなの?」
「アルが、『真紅とじゃなきゃヤだぁ!』って言うからね。しょーがないから私も付き合うことにしたの」
「アル、そんな我が儘言ったの?」
「だって、家に帰ってから真紅一人でご飯食べるの可哀想だと思ったんだもん」
「そう、私の為に…。ありがとう、アル。嬉しいわ」
「エへへ」
「何でもいいから早く下りてきてね」
自分を無視して二人だけの世界に入ってイチャつかれるのもちょっとムカつくもんだな。真白はそう思った。
食事を済ませた後、アルは真白に格闘ゲームでのリベンジを申し渡した。
しかし真紅とは離れたくないので、自分の後ろにいてくれと言う。
「はいはい。食器の後片付けとお風呂洗いが終わったらね」
「うー、じゃあ早く終わるように手伝う」
「ホント?ありがとう。じゃあ私が渡した食器を食器乾燥機に並べていってくれる?」
「うん!」
二人が台所に立つと、真白は満足そうにウンウンと頷きながら自室に向かおうとした。
「よし、じゃあ仕事はお二人さんに任せて、私は美咲ちゃんに電話でもするか」
「真白!」
呼び止めたのはアル。
「真白は俺達がこれやってる間にお風呂を掃除してくんの!」
「な、なんで私が…」
「その方が早く終わるでしょっ?」
「はいはい。わぁかったよ」
真紅はその二人の様子を、真白は意外と子供好きなんだな、と思いながら眺めていた。
真白の部屋。
「真白っ、今のズルい!真白の攻撃受けてる間、俺動けなかった!」
「コンボなんだから当たり前じゃん」
「コンボってなんだ!ズルいぞ!」
「だから、さっき教えたでしょ?ここに書いてる通りにボタン押せば出来るんだって」
ゲームを始めてから一時間が経過した。
その間、真紅はずっとただ座っているだけだが、アルの一挙手一投足を見ていると飽きない。
が、そろそろ時間も時間なのでいつまでもそうしてはいられない。
「私、お風呂入って来るね」
しかしアルはまだ、真白相手に思うような戦績を残せていないのでここで止める訳にはいかない。
かと言って真紅がいなくなるのは嫌だ。アルは悩んだ挙げ句真紅を選んだ。
「俺も一緒にお風呂入る!」
「ダ、ダメ!」
「え?」
アルは想像もしていなかった真紅の言葉に驚いた。
「どうしてっ?いつでも一緒にいたいって言ってくれたじゃん!」
「それはそうだけど、さすがにお風呂は、ちょっと早い」
「どうして?」
二人の間に真白が割って入ってくる。
「じゃあアル、私と一緒に入ろっか」
「ヤだよ。真白となんて」
「ぶっ飛ばすぞコラ」
「とにかく、お風呂はダメ!」
「ぶー」
「『ぶー』じゃない」
「びー」
「『びー』でもない」
「じゃあ」
「『じゃあ』でも、って何?真白」
アルの不平不満の訴えに続いて、同じようなリズムで真白が話し掛けてきたので、アルと同じように制してしまいそうになった。
「じゃあ、私が真紅と一緒にお風呂に入ろう」
「はい?」
真白のしたいことの意味がわからない。
「嫌よ」
「そうだよ。それに真白と一緒に入ったりしたら真紅が心配だよ」
「真紅、久し振りに姉妹揃ってお風呂入ろうよ。昔は毎日一緒に入ったじゃない」
真白の口元は微笑んでいたが、目は本気だった。どうやら只の冗談ではない様子を真紅は感じた。
「好きにすれば?」
これにショックを受けたのはアルだった。
「どうして?どうして俺はダメで真白はいいの?真紅は俺のこと嫌いなの?」
「嫌いな訳ないじゃない。大好きよ。だからそんなこと言わないで?お風呂なんてすぐに上がるんだから」
「……、わかった」
アルは呟くように返事をした。
「アル、 寂しいからって覗いちゃダメよぉ?」
三人は揃って真白の部屋を出た。真白が部屋を出る時にまた、アルをイジメるように言った。
「覗かないよ!」
真紅は一度部屋に寄って、パジャマと新しい下着を取ってから、真白と共に一階奥の風呂場へ向かった。
アルはそのまま部屋に残って真紅のベッドの上をゴロゴロした。
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