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月夜ノ物語
第四章
〜第四章・少年ノ大人〜

光から生まれた男はその場に片膝をつく。真紅はその男の事を、滅多に見せない穏やかな目で見つめる。

「私の名前は真紅。よろしくね、アルテミス」

アルテミス。それがこの男の名前。この男こそが真紅が望んでやまなかったそのもの。
真紅が何年もかけて作り出したもの。
アルテミスは元々『Stars Palace』(スターズパレス)という既存のゲームに出てくるメインキャラクターの内の一人である。

スターズパレスとは、最近最も主流である立体型3Dゲームと呼ばれるジャンルの先駆けとなったロールプレイングゲームだ。
立体型3Dゲームの初作品という事で、それなりの値段はするがかなりの話題作であり、
あっという間のミリオンセラーという結果も残したのである。
真紅は元々ゲームという物に興味を持っていなかったが、立体型3Dというシステムに惹かれて買ったのが始まりだった。

立体型3Dゲームとは、テレビやパソコンを通す事なく使用出来る。
そのハード自体が映像を作り出せるようになっているからだ。
ハードは収納時用に四つ折の折りたたみ式になっている。使用時はそれを広げる。
ソフトとコントール方法は従来と変わらず、ディスクとコントローラーを使う。
ゲーム機を起動させると、ゲーム機、つまりハードの上に、光による映像が作り出されプレイしていく。
そういう物である。

真紅は、このスターズパレスというゲームの登場人物の一人、アルテミスを見た時、大きく心が動かされた。
アルテミスは憎悪の対象でしかないはずの《男》であるが、真紅の目には何か別の生き物のようにすら見えた。
なぜなら、アルテミスは主人公の姫一筋だったからである。
その姫は別の、その辺りの宙域屈指のメガロポリスを抱える星の王に、想いを寄せ戦いを決意するのだが、
アルテミスは姫の気持ちを知りながらも、姫を守る為に命をはったのだ。
その行為は真紅の思い描く男性像とは、大きく掛け離れていた。

真紅の考える男性とは、自己中心的で一人よがり。
カッコつけのくせに欲望まる出しで、自分の思い通りにならないとすぐにキレるガキ。
他人の大切なモノでも平気で壊す最低な生き物。
で、あったのに。

真紅が男性に好意を持ったのは初めてだった。
しかし、それは実在しない人物。
真紅はいつしか、アルテミスが実在する事を夢見るようになっていった。こんな男の人がそばにいてくれたら、と。
普通の者であれば、漫画や小説の登場人物に憧れても、
その対象が実在する芸能人であったとしても、夢見るだけで終わる。
しかし真紅は終わらなかった。
運よく真紅は頭が良かった。パソコンにも興味があり、様々な知識を有していた。
その上更に、新たな物も深く学んでいった。
そうして努力した結果が、今実を結んだ。
立体型3Dの技術の応用によってもたらされた、人間そのものと言える、
頭脳を持ち、意識と自我を持ち、そして命を持つ奇跡の産物。 


光細胞生命体 アルテミス 


「とりあえず、私はあなたにそんなにもかしこまって欲しくはないの。アル、いい?」

アルとはアルテミスの愛称である。スターズパレスの劇中で、姫がアルテミスを呼ぶ時に使用していた。
少々名前が長いので、真紅もそれを使うことにする。

「え?いいの?じゃあ…真紅、こちらこそよろしく!」

アルの返した言葉は真紅の予想よりも遥かに気楽。というより、印象的には幼稚といった感じ。
真紅は違和感を覚える。アルテミスはもっと大人な…。

「あ〜あ、とうとう本当に創っちゃった」

そこに現れたのは真白だった。いつの間にか真紅の部屋の入口に立っている。
国を護る王直属の軍、パレスガードの最高位、若き総隊長アルテミスにも気付かれる事なく。
ある意味特技とも言えよう。ちなみに今回はトイレの帰りに立ちよった。

「そんなでっかい子供、私知らないからね?真紅、あんたちゃんと面倒見なさいよ?」

自分の抱いた違和感と真白の今の言葉。共通のワードは、子供。

「こ…ども…?」

真紅が真白を驚きの表情で見る。アルテミスの性格は、とても大人っぽい。
その性格は変えていないはず。なのに何故子供なのか。

「だってそいつ今日生まれたんでしょ?」

真白は言った。そして真紅は気付いた。ゲームの中のアルテミスは、経験を積んでいる。
そう設定されれば、ゲーム中のキャラクターはそう動く。
しかし今目の前にいるアルは、既にこの世に存在する者なのだ。
経験は設定ではどうにもならない。
つまり、アルの精神はまだ子供の様に未発達なのだ。

「その人は?」

アルが尋ねてくる。

「ああ、えっと…」

「私は真白。真紅の双子のお姉様よ。君はアル?よろしくね」

真紅が紹介しようとすると、真白が先に自己紹介してしまった。

「うん、よろしく。真白」

アルも返事を返す。そしてまた真白が口を開く。

「真紅、あなたがアルの母親なんだからね?」

真紅はその言葉を重く受け止める。
いくら今、アルの性格が作中そのものでなくても、アルは真紅によって生み出されたのだ。
真紅は今のアルを受け入れた。
それに元々子供は嫌いではない。

「ま、兼恋人って感じなのかな?それじゃあ私は部屋に帰るわ。愛しいあの娘が待ってるからね」

真白はそう言って隣の部屋へと去って行った。

「恋人?」

再び二人きりになってから、アルが自分を指差しながら聞いた。

「あなたさえ良ければ」

真紅は答える。生まれて初めて告白を意味する言葉で。しかしあっさりと。

「喜んで!」

アルは満面の笑みでそう言った。真紅はその顔を見て、かわいいと思った。
それはもう、スターズパレスの格好良いアルテミスにではない感情だった。



翌日の朝。

昨日の感じでは、アルと真白はなかなか仲が良いようだ。
性格的にもピッタリとはまっているようで、二人とも楽しそうにしていた。しかし、今問題が勃発した。

「い〜や〜だ〜!俺も行く!俺も学校に行くぅ〜」

真白と真紅が学校へ行こうとすると、アルが駄々をこね出したのである。

「アル!昨日も言ったように、あなたはこの家を出る事は出来ないの。
出ると消えてしまうのよ?昨日は絶対に出ないと約束したじゃない」

アルは、今は人としての質量を持ち、触れたり触れられたりする事が可能だが、元は光の集合体。
外に出てしまうと、光が形を保てなくなり拡散してしまう。
それに、例え拡散しない方法を取ったとしても、アルを形作っているのは、真紅の部屋の立体型3Dゲーム機。
そこから離れ過ぎるとアルの身体を保てなくなるのだ。

「でもでも、それでも行くーっ!!どうしても駄目って言うなら真紅も学校に行っちゃ駄目!!」

「もう、どうしてそんなに私一人で学校に行かせたくないの?」

昨日、一度は納得しているのだ。それを何故直前になって…。

「だってさっき、
『学校はとても恐い所なの。各ジャンルのスペシャリストの、教師と呼ばれる学校を統括する者達が何人もいて、
更にそれらのトップに君臨する学園長の言う事は、誰も逆らえない。
まさに絶対服従。
私達はA〜Eの五組に分けられ、それぞれの組に一人ずつ教師が一時間毎に入れ代わりつつ私達を監視してるの。
私達はその間微動だにしてはいけない。
もし動けば見張りをしている教師の手によって…』
って真白が…」

あっさりと原因がわかった。隣で真白が笑いをこらえきれない程にウケている。

「ま〜し〜ろォ〜。あんたの仕業かぁ!!」

「あっはっはっ、まさか信じるとは思わなくて」

真白は、真紅の一喝を受けても笑いが止まらなかった。

「とにかく、学校はそんな所じゃないから大丈夫よ。心配しないで。ね?」

「本当?」

「本当よ。ね?真白」

やっと少し笑いがおさまってきた真白にふる。今度はちゃんと本当の事を言う。

「本当本当。だからそんなに心配いらないって」

言うと、アルはボソッと、

「初めから真白の事は心配してないけど」

「どういう意味だ!」

しかししっかり聞こえていた。

「だって、真白ならなんとかなりそうだしっ」

真白とアルが口論を始めると、真紅は腕につけている時計に目をやった。

「あ、もう時間。真白、行くよ!アル、お留守番お願いね!」

真紅は真白の腕を引っ張りながら出て行った。その後ろ姿を見送りながらアルは手を振る。

「行ってらっしゃ〜い」

アルの、初めてのお留守番がスタートした。



今日も、特にどうという事もない一日だった。
ただいつものように授業を受けて、休憩時間になるとたまにやってくる真白をテキトーにあしらって、終礼を終えて帰るだけ。
しかし、家に帰れば、いつもとひと味もふた味も違う時間が待っている。真紅は昨日と同じように速足で帰る。

「ただいま〜」

真紅は玄関カギを開け、声をかけながら靴を脱ぐ。
すると、二階からバンッという大きな音がし、アルが階段を物凄い勢いで下りて来た。
真紅が身動きをとる間もなく、アルは接近していき、真紅にぶつかる寸前で急ブレーキをかけた。

「ど、どうしたの?」

真紅が顔をしかめながら聞くと、アルが一気に表情を崩した。

「真紅ぅ…。ひ、暇だったぁ〜」

アルは、今にも泣き出さんばかりのなんとも情けない顔だった。

「あ〜、はいはい」

真紅としては、(しょーがないなぁ)といった感じだが、結局嫌ではないのだった。

「よしよし。お留守番ありがとね」

真紅は、自分より大きな子供を抱きしめる。そして、背中を二度、ポンポンと軽く叩いてやった。

「よし、アルはリビングで待ってて?私は着替えてから行くから。二人でお茶にしよう」

「はーい」

アルは嬉しそうに笑いながらそれに従った。



殆どの者が帰宅の途につき、ここ、二年B組の教室は既に数人の生徒しか残っていなかった。
その内の一人に月影真白がいた。カターンカターンとイスを鳴らしながら、何をする風でもなくただそこにいた。
そこへ、

「遅くなってすいません!HRが長引いちゃって…」

慌ただしくやってきたのは、桂木美咲だった。真白は美咲を見て、ホッとしたように笑った。

「良かった。来てくれて。見捨てられて先に帰っちゃたのかと心配したよ。
あと十分もしたら、美咲ちゃんの一年D組に行こうと思ったとこ」

それを聞いて美咲は更に頭を深く下げる。

「ホンットーにごめんなさい!」

「いいよ。美咲ちゃんが悪い訳でもないんだから、そんなに謝んないで?ね?」

言って真白はもう一度笑った。

「じゃ、帰ろっか」

真白と美咲は共に途についた。





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