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月夜ノ物語
第三章
〜第三章・幻影ノ青年〜

 真紅は駅と家を結ぶ道を急ぎ足で歩いていた。

「ただいまぁ〜」

 真紅はあの後すぐ帰路についた。つまり、終礼の直後に発ったのとほぼ変わらない。

「おかえりぃ〜」

 なのに何故か真白が先に帰っていた。
真紅が、学校から駅まで、駅から家までの道を、いつもの二倍程のスピードで歩いていたにも関わらずだ。

「真白、何でそんなに帰るの速いのよ…」

 玄関を入った正面の廊下の、1番手前にあるリビングの入口の向こうから、覗き込む様にしてこちらを見ている真白に向かって真紅が言った。

「ん?」

 よくわかっていないような顔をして真白は首を傾げている。
が、その服装は既に制服ではなく私服に変わっていて、紅茶を飲みながらかなりリラックスしている様子だ。

「ああ、今日部活なかったから」

「そうじゃなくて、…やっぱりいいわ」

 真紅は、今度暇な時にでも真白と一緒に帰ってみよう、また暇な時に。
と思いつつ、リビングの方へは寄らず階段を上って自室へ向かった。



カシャカシャと無機質な音が響く。

 自室でさっさと着替えを済ませた真紅は、少し大き目のサイズのパソコンの電源を入れた。
パソコンの起動が完了すると、真紅は早速データを呼び出し、そのデータに更に書き込みを加えていく。
画面には、暗号か、或いはキーボードをただ闇雲に叩いただけなのでは、と思われる程、意味の解らない数字やアルファベットの羅列が表示されている。
それらが真紅の手に拠って生み出されていく。
しばらくそれを続けていると、扉をノックする音がした。

「真紅〜、ちょっといい?」

「何?」

真紅はキーボードを叩いていた手を休め、扉の方を見た。真白が扉を開いて話し掛ける。

「あんたまたそれやってるの?ここんとこずっとじゃん。無理だって言ってるのに。夢見る少女もここまでくると変態よ?」

「うるさいっ。何してようとそんなの私の勝手でしょ?!それに、変態なんて真白には言われたくないわ」

「はいはい、どうせ私は変態ですよ」

 真白は大袈裟に肩をすくめて見せた。

「それより、何?そんな事言いに来たの?」

「そうそう。もうすぐ私の大事な人が来るから一応知らせにね」

 真紅は僅かに顔をしかめる。

「あんまりうるさくしないでよ?それから、ヤル時は二人共声のトーン下げてね?特に相手。
真白が激しいんだか知らないけど、いつも声おっきいんだから」

「ご心配なく。今回は本気だからまだ手は出してないの」

 真白は顔に笑みを浮かべて言う。真紅は体ごとパソコンの方へ向く。
回転椅子が少しだけキィと音を立てた。パソコンを置いている台に肘を乗せて真紅が言う。

「真白の本気はどこまで本気なんだか」

「うるさいわねぇ、自分が処女だからってひがまないでくれる?」

真紅は再び、今度は顔だけ真白に向ける。

「真白だって処女は処女じゃない」

「まぁ、私いつも攻める方だし。あんまり特別な事もしないからね」

「エラソーに言えないじゃない」

「でも、今回の相手でロストヴァージンしちゃうかもよぉ〜?じゃあ、私お出迎えの準備するから」

 そう言って真白は真紅の部屋の扉を閉め、一階へと下りていった。

 真紅は、一つ溜め息を吐いた後、真白が来る前と全く同じ様子で、再びキーボードを叩き始めていた。



 時計の針はあれから1時間の時を刻んだ。

「もう!またダメだ!」

 真紅は相変わらずキーボードを叩いていたが、たまにその動きを止めるようになっていた。

「ここまできて…。あともう少しなのに!」

 先程から続けていた作業が終盤に入り、あと僅かというところで行き詰まってしまったのだ。
真紅は、何度もやり方を変えてトライしているのに、一向に上手くいかない事でイライラを隠せなくなってきている。

「どう…しよう。ここさえ、ここさえなんとかなれば…!」

 そしてとうとう真紅の指が止まった。良い解決案が出てこない。
そこから一歩も動けなくなってしまった。それでも真紅は、何か見落としている方法はないかと思考を重ねる。
とりあえず今の状態を保存する事にした。今は出なくとも、また後で良い案が出るかもしれない。
保存が完了した。
すると直後、一階のリビングの隣にあるキッチンから、ボンッという破裂音が響いた。
しかし、それなりに距離もあり、扉を閉めきっていた真紅の部屋には、その音は殆ど届かなかった。
再び思考を練り始めていた真紅は気付く事すらなかった。
 それから数秒の後、突然真紅の部屋の電気が消えてしまった。真紅の目の前にあったパソコンもまた電源が切れていた。

「な、何?!」

真紅は我が目を疑った。
滅多に無いとはとはいえ、パソコンはシャットダウンを正しく行なわなければ、保存ファイル等に支障をきたす場合がある。
今までのデータは、保存はしてあるので、直接消えている事はないが、万一保存ファイルに何かあれば、ここ2、3日の分の努力が水の泡と化す事になる。
それ以前の分は別のROMにコピーしてあるので心配はないが。
すぐに電気は回復したので、真紅は慌ててパソコンのスイッチを押した。
そして、再び起動するまでの間に、恐らくこの停電の原因であろう真白の所へ向かった。



真白は、一階廊下の突き当たりにいた。

「これでよしっ。っと、それにしてもびっくりしたなぁ」

 真白は用が済んだので、キッチンに戻ろうと廊下を引き返した。すると、大きな足音が階段を下ってきた。

「あ、真紅。どうしたの?」

「真白さん、一体何をしているのかなぁ?」

 真紅は必要以上に丁寧な話し口調で、表情を見ても必死に怒りを抑えてはいるようだが、真白はその背後に修羅を見た。

「あ、あのね、とりあえず話を聞こう?ね?」

「いいわ。私もそれを聞きに来たのだから」

「その前に、一つ聞いても…いい?」

「何かしら?」

 真白は、何故真紅がこれ程怒っているのか分かっていなかった。
ただ、今は真紅の下手に出るのが賢明であると本能が告げるのだ。
しかし、真紅が何に対して怒っているのかを把握しておかなければ、
そこをオブラートに包み、また、仕方無かったのだ。
という真紅の怒りを和らげる上手い言い訳もし難くなる。

「真紅さんは私がした事の何に怒っていらっしゃるのでしょう?」

「私が何に怒っているかですって?あんた、私の部屋のブレーカー…落としたでしょ?」

「あ、わ、わざとじゃないの。ホントよ?」

「へぇ〜、わざとじゃなくてどうやって私の部屋のブレーカーが落とせるのかしら?」

「そ、それは、まずこちらをご覧頂きたい」

 真白が指差した先の光景に真紅は少し驚いた。

「何…してたの?」

 そこには大量の器具、材料、器、そしてその中にある洋菓子の累々が所狭しと並んでいた。

「いやぁ〜、今日初めてお家に招待するんだから、目一杯お持て成ししなきゃと思って張り切っちゃったんだよねぇ〜」

 真紅は半ば呆れ顔になった。

「あれ?だけど今までは初めてでもこんな事してなかったじゃない」

「だから言ったでしょ?今回は本気だって。
そう、そしていつか私達は誰にも断ち切る事の出来ない、深く、固い絆で結ばれるの!
うふふぅ。子供は何人がいいかしらぁ?三人くらいかな?一姫二太郎で、三人目も女の子がいいなぁ」

「そんな事はどーでもいいから、どうしてそれで私の部屋のブレーカーが落ちるのか説明してよ」

「ど、どうでもって、真紅が聞いたんでしょー?」

「真白の将来設計なんてミジンコ程、いや、緑虫程も興味ないわ。それよりブレーカー」

「そこまで行くとどれくらいの差があるのか分からないけど、とにかくもの凄く興味ないのね…。わかったわよ。
それで、お菓子作りの為にレンジとかオーブンとか、
この辺の電気機器をフル稼働させようとしたらここのブレーカーが落ちちゃって、ブレーカー上げに行ったんだけど、
どれがどれかわからなくてテキトーにカチカチやってたから、
多分その時に間違えて真紅の部屋のブレーカーもうごかしちゃったって訳!分かった?!」

 真白は自分の将来設計をドウデモイイコト扱いされて、僅かではあるが、語尾で怒りを露わにしてしまった。

「何…逆ギレしてんの?こっちはあんたのせいで大損害を受けたかもしれないのよ?!」

 そう、真白は忘れていたのだ。今の真紅に逆らうべきではなかった事に。

「わ、わ、ごめーん!キレてませんキレてません!全面的に私が悪うございました!
私の将来設計なんてどーでもよかったですーっ!」

「問答無用―っ!!」

 真紅が強大なオーラと共に腕を打ち下ろそうとした時、真白は先の真紅の言葉からある事に気付いた。

「…かも?」

 真紅の動きが止まった。

「そうだよ!真紅今『かも』って言ったでしょ!ってことは受けてないかもしれないんだよな?!
それくらい確認してから怒るなりして欲しいな!」

「ちっ、わかったわ」

 真白の言っている事は至極最もなので、真紅は引き下がる事にした。
するとその時、来客を知らせるインターホンがなった。

「あ!来たぁー!!」

 真白が声を上げ、満面の笑みで玄関へ向かった。

「いらっしゃーい!」

「あ、お、お邪魔します!」

「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいわよ」

「あら、随分と可愛らしいコね」

 真白がその客を迎え入れていると、自室へ戻る為にキッチンのほうから現れた真紅がそう言った。

「へ?」

 その客がポカンとしていると、真白が慌てて

「あ、こいつ私の双子の妹で真紅っていうの。愛想なくて口悪いけどたぶんいい奴だから…」

その客は、たぶんですかとは思いつつも真白の妹なのできちんと挨拶をする。

「え、えと初めまして。真白さんと同じ軽音部でお世話になっている、一年D組の桂樹美咲です。よろしくお願いします!」

 そう名乗った少女は深々と頭を下げた。

「こちらこそよろしく、美咲ちゃん」

 真紅はニッコリと笑みを浮かべて言った。

「それじゃあ私は失礼するわね。あ、そうそう。真白、女同士じゃどんなに頑張っても子供は出来ないのよ?」

 そう言い放って真紅は階段を上がって行った。その場にしばしの沈黙が流れた。

「…子供…ですか?」

「気にしないで…」

「……。」

「そうだ!私今お菓子作ってたの。美咲ちゃんと食べようと思って」

「へぇ〜、楽しみです!」

 二人はリビングへと入って行った。



 部屋へ戻った真紅はドキドキしながらパソコンを覗き込んだ。

「…え?」

 真紅の表情は明らかな驚愕だった。
データの破損なんて滅多にしないのに、そこに表示されていたのは自分の見覚えのないものだった。

「何…これ…。あ、でも、も、もしかしたら!」

 真紅は椅子に座って瞬きするのも忘れて画面に記号や文字を打ち込んでいった。
そして、幾分もしないうちに再び真紅は手を止めた。作業が終わりを向かえたのだ。

「こ、これで…」

 真紅は最後のエンターキーを押した。
するとパソコンに接続された別の機械が突然激しい音を出し始め、ついには煙が出始めた。
かと思うと、その機械の上で光が何かを構成し始めた。真紅はその様子をジッと見つめている。
その心臓は破裂しそうな程のスピードで鼓動している。それを抑えようとしているかのように両手を胸の前に添えて。
そしてついに光が安定した。光が構成したのは一人の男だった。その男が床を踏んだ。
それは既にただの光ではなくなっていた。間違いなく男としての質量を持っていた。
それから男は静かに瞼を開いた。その眼が真紅の存在を認めた。真紅と目が合う。

そして、

「あなたが、私のプリンセスですか?」


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あきゅろす。
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