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月夜ノ物語
プロローグ・第一章
〜プロローグ〜

陽は傾き、辺りには既に夜の闇が広がってきている。
普通はそろそろ食卓を囲むくらいだろうか。
そんな中を、静かな住宅街にはあまり似つかわしくない怒鳴るような大声が響く。
まだあどけなさの残る少女の声だ。

「アンタなんか大嫌いっ。どうしてお母さんがこんな目に遭わなくちゃいけなかったの?
どうして…、アンタさえいなければ…。アンタが死ねばよかったのよっ!。消えてよっ。いなくなっちゃえっ!」

少女は涙を流しながら、目の前の男に向かって、叫ぶようにして怒りをぶつけた。
しかし、いつまでもその場に居るのは辛かったのか、今居たリビングを飛び出し二階の自室へと駆け上がって行ってしまった。
少女が行ってしまった後に残されたのは、一人の男と、その隣りに佇んでいる一人の女、
そしてその二人を、心の底から憎んでいるような目で睨み続けている、先の少女と同じくらいの歳と思われるもう一人の少女。
少しの間沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは少女だった。

「私たちは、あなた達を一生恨み続けます。今の私たちの精神状態ではあなたと一緒に暮らす事など考えられません。
でも、この家はお母さんが命を削ってまで守ってきた家です。私たちはこの家を離れる気はありません。
だからあなたが出て行って下さい。そして、もう二度と私たちの前に現れないで下さい」

少女は今にも掴みかからんばかりの形相をしながらも、静かな口調で一気にこれだけを言った。
男は何も言わない。
女は何かを言おうとするが、少女の、歳に似合わない程の威圧感を感じ思わず口を閉ざしてしまう。
その後、少女はゆっくりと踵を返し二人を背にして歩き出した。
そのまま彼女も二階に行き、自室とは違うもう一人の少女の部屋へと入って行った。
その夜、少女たちは声を押し殺しながら、ただただ泣き続けた。                 

「どうするの?」
 
リビングに残された女が隣りにいる男に言う。

「私が今この家にこだわる理由は無い。代わりの家なんていくらでもある。あの子達にも仕送りはする。何の問題も無いだろう」
 
男は無表情に家を出て行った。

「あ、ちょっと」
 
女も男の後を追って家を出た。

     
〜第一章・紅白ノ双児〜
 
ここはとある高校の教室。

「そこには美しい女子高生の姿があった。彼女は音楽的才能を持ちつつも、二卵性の双子の妹に毎日いじめられる日々を――」

「真白、何言ってんの?」

「ん?うん、なんとなく」

真白(ましろ)と呼ばれた少女は、一目で明るく元気な女の子と印象付けられるような娘だ。
本人も言う通り彼女には二卵性の妹がいる。
そして自分でも言っている才能というのも本物だ。
しかし、いじめられて、というのは嘘。だが、初めてこの姉妹を見た者は大抵、仲悪いなぁ。
という印象を受ける事は事実だ。
しかもどちらかと言うとちょっかいをかけているのは真白の方。

「ところでさぁ、今日あてられるとこの数学の宿題やった?あれって全員一問はあたるんでしょ?私忘れてたんだよねぇ」
 
真白は今クラスメイトによって衝撃の言葉を聞いた。
つまりそんなものはやっていない。
真白はすぐさま妹の真紅(しんく)を頼る事にした。
真紅とは、真白と違って真面目で頭も常に学年首位を取っている程良い優等生。
しかし口数は少なく口を開けば刺々しい言葉が飛び出してくる。
真白は学年の、いや、学校の人気者だが、真紅の周りには近付くなオーラが出ているようにさえ感じられる程である。

「そだ、我が愛しの真紅ちゃんに助けて貰おう!」

「え、…月影(つきかげ)さんに?」

「ん?何?」

「あ、真白じゃなくて真紅さんの方」

「あははっ、わかってるって。冗談冗談。でも真紅なら絶対やってるだろうからね」

「じゃ、じゃあ答え入手出来たら私にも見せてね」

「由貴(ゆき)も来ればいいのに」

「だ、だってさ、真紅さんってなんか近寄り難いって言うか、すっごく美人なのが逆にきつそうっていうか、その…」

言葉を濁す由貴に真白は、仕方ないか、といった表情をして、

「わかった。でも、口は悪いけどいい子だからさ、また気が向いたら話し掛けてやってよ」

そう言って二年B組の教室を後にした。

 真白は隣りの教室、二年A組のクラスにやって来た。
そしてドアに手を掛けて、

「真紅ちゃ〜ん」

と、叫んだ。
教室にいた生徒の殆どが真白の方を見た。
しかし、真白は気にする様子もなくニコニコと真紅だけを見ている。
だが、当の真紅は一瞬だけ真白の方を向いて、また元の手元の本へと視線を戻した。

「おやおや?つれないなぁ〜。大好きなお姉さんがこうして会いに来たっていうのに」
 
真白は真紅の放つ、《近付くなオーラ》をあっさり通って真紅の机の目の前まで近付いた。
真紅は、今度は視線を動かしもせず言う。

「何の用?」

「もう、ちょっとは愛想良くしなさいよ。
そんな事より、実は数学の宿題やるの忘れててさぁ、あんたのクラスも数学の担当原でしょ?同じとこ出されてたら真紅やってるかなぁって」

「やってるに決まってるでしょ。それくらい」

「ホントっ?じゃあちょっとそのノート貸してくんないかな?」

「嫌。やってない真白の為にどうして私がわざわざ貸さなくちゃいけないの?」

相変わらず真紅は真白を見ようともせずに淡々と話し続ける。

「そこをなんとかっ」

「なんともならない」

「ケチ!」

「ケチで結構」

二人が言い合っているとそこへ一人の少女がやってきた。

「あの、真白さん、私真白さんのファンなんですよ!去年の文化祭でのコンサート最高でした」

「あらぁ、そうなの?ありがとう。ときどき部活の時、出入り口解放してるからいつでも遊びにきてね。第一音楽室だから」
 
真白は軽音部員で、この学校のスターと呼ばれる程迫力のある、そして美しい声を奏でる力を持っている。
真白の人気の、一番の理由はこれだ。

「行っても良いんですか!?ありがとうございます!」

「どうぞどうぞ。でも、同い年なんだから敬語はなしね」

少女は本当に嬉しそうにしている。

「それとぉ…」
 
少女は今度は真紅の方に向き、何かを言い難そうにしている。

「何?」
 
真紅が、今度はちゃんと相手に目を向けて先を促した。
するとその娘は意を決したように口を開いた。

「今日の数学の宿題で分からない問題があって、一応やってみたんだけど見てみて貰えないかなっ?」
 
そこで真白が口を挟んできた。

「無理無理。その子不親切でケチだからそんな事してくれないよ」
 
少女は真白の言った事を聞いて一気に不安そうな表情になる。
だが、真紅の口から出た言葉は真白の予想とは反するものだった。

「いいわよ。見せて?」

「えっ、ホントっ?ありがとう!これなんだけどね――」

「ああ、これは等比数列じゃなくて等差数列でいいの。等差数列はこっちの問題で出来てるから大丈夫ね?」

「あっ、そっかぁ。ホントだ。こんなミスするなんて私バカだぁ」

「大丈夫よ。次は同じミスしないんだから」

「う、うん!そだね。ありがとう!」

「どう致しまして」

 そう言って、真紅は微かに微笑んだ。
今、仲間の下へ帰って行った彼女の名は清水 舞(しみず まい)。

 真白は内心で、学校でも優しい顔出来るじゃない。と感心していた。

「ところでさ、あの子は良くてどうして私は駄目なの?」

 もちろん数学の事だ。

「彼女と真白の決定的に違う所。やってるかやってないか。以上。それよりもうすぐチャイム鳴るよ?そろそろ自分の教室に帰ったら?」

「うぐっ…」

 確かに結局は真白が宿題があることを忘れていた、否、正確に言うと、あると告げた教師の話を聞いていなかったのがいけないのだ。
だが、真白の心には(ノートくらい別に貸してくれればいいのに)というのがある。

「はいはい、ご忠告有難う御座いました」

 結局真白は引き攣った笑みを浮かべながら真紅にこう言って、自分の教室へ帰って行った。


「どうだった?」

 教室に帰ると金田 由貴(かねだ ゆき)が聞いてきた。

「ダーメだった。あのケチケチ魔人め!」

「そうなんだ。あの…私ね、今度真白に言われた通り真紅さんに話し掛けてみるよ。人を見かけで判断するのはよくないもんね」

「真紅なんかに話し掛けなくていいよ!あいつは見かけ通りの無愛想でケチな奴なんだから!」

「そ、そう?」

「そう!」

 こうして真紅の友達になれそうだった人が、また一人消えた。

 そして数学の時間、結局真白と由貴の二人は原に怒られる破目になった訳で。
だが当然やってこなかったのは二人だけではなかったりするのだが。


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