いただいたSS
天空朱雀さんから
様々な人達が行き交い、様々な思惑が交差する大きな商業都市。
平日だというのに人の流れは絶える事は無く、道のあちこちで客寄せをする声が響き渡り、狭い道端だというのに沢山の露店がひしめき合っていた。

そんな騒然とした表通りから少し離れた所にある裏通り。
街路樹が街に緑の彩りを与えるものの、裏通りという事もあって人通りは極端に少ない。

何処となく寂しげな雰囲気さえ纏ったような裏通りに、二つの足音が響き渡る。
どうやら、足音の主はどちらも男性のようである。
1人は頬に大きな絆創膏を貼っており、もう1人は一見美少女と見間違える程の美貌の持ち主であった。

中性的な魅力を持つ美少年──ヴァンクールは、傍らを歩く絆創膏を貼った青年──アシェルへとさりげなく視線を逸らす。
彼は様々な荷物を両手に抱えつつ、ヴァンクールの視線には気づいていないようであった。
ちなみにヴァンクール自身も紙袋を両手で抱えており、2人合わせて相当な大荷物である事が窺える。

「…ってか、こんなに買う必要あるの?」

「う〜ん…でも、食料って意外とあっという間に無くなるものだよ。いざって時に無くなっても困るし…。
けど、流石にこれだけ大量の食材の買い出しってのは疲れるけど」

ヴァンクールの問い掛けに、口元に手を当て考えを巡らせつつもそう答えるのはアシェルだ。
だが、アシェルの顔には疲労と気怠さが浮かび上がり、どうやら渋々といった意味合いが強いようだ。
2人の話から推測される事は、2人の大荷物の正体は買い出しした食材のようである。

「…アシェル、大丈夫か? 何なら俺が荷物持つけど?」

「ああ、このくらいの荷物なら持てるから大丈夫。ありがとう、ヴァンクール」

普段、他の者には冷たい態度を取る事もあるヴァンクールであるが、命の恩人でもあるアシェルにだけは優しく気遣いを見せる。
そんなヴァンクールの気遣いが嬉しくて、アシェルの顔には自然と笑みが浮かんだ。

「まぁでも、これだけ食材があれば色んな料理が作れそうだ。折角だから、今度新しい料理に挑戦してみようかな」

「ふぅん…。そっか」

「…あ、できた料理は皆に食べて貰うつもりだよ。勿論ヴァンクールにもね。誰かに味見して感想言って貰った方が、腕も上達する気がするんだ。
あー…でも、別に強制じゃないし、食べたくなければいいよ」

「べ、別に食べたいって訳じゃないけど…そんなに言うなら貰ってあげてもいいけど?」

にこにこ笑いながら、これから挑戦するであろう料理の事を思い浮かべて上機嫌なアシェル。
一方、ヴァンクールは正直にアシェルの料理が食べたいと言うのが気恥ずかしいのか、それとも元々の性格故なのか天邪鬼な発言を吐いてからツン、とそっぽを向いて見せる。
いつもの事なら、彼の素直になれない態度が可笑しかったのか、アシェルは笑いを堪えるのに必死な様子。

「ふふっ…はいはい、それなら是非とも貰ってくれよ」

「…何笑ってるんだよ、別に可笑しい事無いだろ?」

「…え? 笑ってないって、気のせいだよ」

相変わらず笑いそうになるのを堪えつつ、適当な事を言ってその場を凌ごうとするアシェル。
2人の間を流れる、そんな穏やかな時間。

しかし、とある事をきっかけにそんな時間はあっという間に消え去る事となる。
それは、突然の出来事。

丁度、2人が街路樹の真下を歩いている時であった。
2人は何気ない会話に夢中になっている為に、街路樹の茂みがガサガサと物音を立てているのに全く気付けずにいた。

「……ん? 何か木の上から物音がしない?」

ようやくアシェルが気づくも、時すでに遅し。
思わず真上を見上げようとした2人の視界に、一つの影が映り込んだ。

…と同時にヴァンクールの頭にのしかかる、何か物体らしきもの。
急に頭上に感じた重みに不信感を露にしつつも、ヴァンクールは恐る恐る手を伸ばしてその物体に手を触れてみた。

ふわり。
手触りは良好。ふわふわしていて、むしろ気持ちがいいくらいだ。

…とはいえ、流石に放っておく訳にもいかず、意を決したヴァンクールがそれをおもむろにがっしりと掴み、そのまま眼前にまで下ろしてみれば。
彼の両手に収められていたのは、意外なものであった。

「ね…猫?」

横から覗き込んだアシェルが、目をぱちくりさせながらも何とか声を絞り出す。
──そう、ヴァンクールの頭に振ってきた物体の正体とは、1匹の猫であったのだ。
猫はというと、いきなり下ろされたにも関わらず驚く事も暴れる事もなく、ただただ不思議そうに2人の姿を見つめるばかり。

「何だ、猫か。上の木から落ちてきたのかな?」

「多分、そうだろうね」

2人はお互いに頭上の木を見上げつつ、そう結論付けて納得したようだ。
アシェルは突然の来訪者に興味を引かれたのか、猫をまじまじと見つめると、

「へぇ〜、可愛い猫だね。…あ、首輪してるよこの子…。じゃあ、飼い主がいるのか」

「あ…本当だ。散歩か家出か…まぁそんな所だろ。…俺には関係無い事だけど」

アシェルが指さした先には、猫の首にかけられた赤い首輪。
しかも、首輪には黄色い鈴がつけられており何とも可愛らしいデザインだ。

一方、じっとしているのにも飽きてきたらしい猫が2人にじゃれつこうと必死に前足をぶんぶん振ってみせる。
その様子が可愛らしかったのか、ヴァンクールは嬉々として猫の暇潰しに付き合い始めた。

ヴァンクールが自分の手を猫のすぐ目の前でひらひらさせれば、それを獲物と錯覚した猫が狩人のような双眸を向けつつ必死にヴァンクールの手の動きを追いかける。
時折猫が彼の手を捕まえようと前足を伸ばすも、猫より一枚上手なヴァンクールはわざとギリギリの所でするりと猫の追撃を躱してみせた。
そんなやり取りを遠巻きに眺めていたアシェルは、

「ははっ、猫もそうだけど…ヴァンクールも楽しそうだな。そういや、いつも猫と遊んでたっけ」

そういえば、と普段のヴァンクールの姿を思い浮かべるアシェル。
彼は暇さえあれば、自分の飼っている猫とじゃれて遊んでいるのだ。元々、猫好きな気質なのだろう。

特に止める理由も無く、そして何より猫と戯れるヴァンクールが心なし楽しそうだったから、微笑ましくそんな光景を眺めていたアシェルだったが。
そんな穏やかな一時は、あっという間に崩れ去る事となる。
たった一つの声によって。

「あぁぁぁっ! や〜っと見つけたよ〜探したんだからねーもうっ」

突如2人の前方から響き渡る、1人の少女の声。
聞き覚えの無い声に首を傾げつつ、声のする方へと視線をずらしてみれば。
そこには、金色の髪をポニーテールにした、鳥人の少女の姿があった。

どうやら彼女の目的はヴァンクールが抱いている猫だったようで、猫の姿を目の当たりにするなり怒涛の勢いで2人の傍に駆け寄る少女。
そして、ヴァンクールの腕の中の猫を一撫ですると、

「やっぱりこの猫ちゃんだね。首輪もこれで合ってるし…。はぁ〜もう、猫1匹探すのにどんだけ苦労したってーの」

ホッと安堵の息をつき心なし晴れ晴れした表情を浮かべる少女であるが。
事情が全く掴めない2人は、訳も分からずきょとんとしているしかなかった。
…というより、自己完結していないで説明して欲しい所である。

「えーと…とりあえず君、誰? それから、この猫の事知ってるんだ?」

アシェルの問いにようやく2人の姿を視界に映してから、少女はあっけらかんとした様子で説明を始めた。

「いや〜あたしはこの近くの街にある傭兵ギルドに所属してるんだけどさー。そうそう、この猫ちゃんはあたしの飼い猫じゃないからね〜、一応言っとくけど。
ギルドに、飼い主から依頼があってさ〜、家出しちゃった猫ちゃんを捕まえて! …ってな感じ? だから、あたしがこうして汗水垂らして猫追跡してたって訳よー、おけ?」

「成程…。つまり、脱走した猫を探してたって事か」

「うんにゃ。一言で言えばそーなるね」

僅か一言で纏めるアシェルに、さっくりと同意しこくこくと頷く少女。
そして、ヴァンクールの腕の中でじゃれている猫を指差すと、

「そんな訳だからさ、その猫ちゃん返して貰ってもいいかな〜?」

「…ああ。俺も猫の相手させられて困ってたんだよ」

ヴァンクールは素っ気なく言い放つと、抱えた猫を少女に手渡してやった。
相手“させられる”も何も、彼が自ら進んで猫の相手をしていたのに…とアシェルは内心呟くと、彼の素直になれない所が可笑しくて心の中でクスクスと忍び笑いを零した。

少女はようやく捕まえた猫の頭を撫でその手触りを楽しんでいると、ふと2人へと向き直り、

「2人とも、ホントにありがとね。いや〜、なかなか猫ちゃん見つからなくて困ってたからさ〜、お2人さんがいなかったら、もっと苦労してたかも」

「いいってそんな、気にしないでくれ。俺達も偶然この猫を見つけたようなものだし、お礼を言われるような事じゃないよ」

深々と頭を下げる少女に恐縮して、ぶんぶん手を左右に振るアシェル。
一方のヴァンクールはというと、元々親しい人物以外はまるで興味が無い性格も相まって、礼を言われてもまるで気に留める様子は無くさっさとその場から立ち去ろうとしている始末。
慌てて彼の後を追いかけようとしたアシェルが、最後に少女に軽く会釈をしてから踵を返した…まさにその時であった。

ぐぅ〜う。

盛大に鳴り響く、腹の虫の音。
予想だにしなかった音にアシェルもヴァンクールもその場に固まってしまい、それでも何とか顔だけは音の主へと向ける。
2人の視線の先にあったもの、それは照れ臭そうに誤魔化し笑いを浮かべ腹を摩る少女の姿であった。

「あ…あはははは〜…。もしかして今の音…聞こえちゃった?」

「ご、ごめん、聞くつもりは無かったんだけど…」

「いやいやいいって〜、謝らなくてもさ。あたしだって、まさかこんな盛大な音が鳴るとは思ってなかったし」

「それだけ鳴るって事は…もしかしてお腹ペコペコとか?」

「…あはは、お恥ずかしながら。ずっと街中駆け回ってから、ものっそいカロリー消費しちゃったのかもねぇ」

少女のお腹を指差しながら恐る恐る問い掛けるアシェルに、適当に照れ笑いを浮かべながら同意する少女。
一方、そんなやり取りを遠巻きに眺めつつ、完全無視を決め込むヴァンクールはさっさと先へ進もうとしたのだが。
次いで放たれたアシェルの言葉に、彼もその場に足を止めざるを得なかった。

「そっか…。それじゃあ、うちに来ないか? これから料理を作ろうと思っていた所だし…俺の料理で良ければ、ご馳走するよ」

「え? え、それマジで!? いいのホントにっ!?」

「勿論。…まぁ、味の保証は出来ないけど」

まさかこんな申し出を受けるとは思わなかったのだろう、目を見開きながらアシェルに掴みかからんばかりの勢いで捲し立てる少女。
しかし、驚愕を覚えたのは少女だけでは無かったようだ。

「なっ…何言ってんだよアシェル? 何でこんな見ず知らずの奴に料理あげる必要があるんだ?」

「まぁまぁ、そう言うなって。これだけ食材があれば、1人くらい増えたって大丈夫だろ?」

「……っ、アシェルがそう言うならいいけど…」

必死に食い下がるヴァンクールであったが、のほほんと切り返されたアシェルにそれ以上の反論は出来ず、最終的にはすごすごと引き下がるしかなかった。
その一方で、少女は心底嬉しそうに顔を綻ばせ、満面の笑みを浮かべてみせた。

「猫ちゃんを見つけてくれただけじゃなく、料理までご馳走になるなんてホントありがとね、2人とも。…あ、そんじゃ折角だし、自己紹介くらいしとこっか。あたしはユイザっていうんだ、まぁ一つ宜しく〜」

「ユイザ、だね。俺はアシェル、そしてこっちがヴァンクール。こちらこそ宜しく」

自己紹介を促されてアシェルは自分で名乗るものの、我関せずを貫くヴァンクールが自分から自己紹介をするとは思わず、アシェルが代わりに説明をしてやった。
そして、自己紹介も済ませた所でようやく帰路に着く2人、そして2人の後についていくユイザ。

ユイザの持つブラックホール並みの胃袋のせいで、後に誘った事を後悔する羽目になるアシェルであったが…それはまた別の話。


END.




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