小咄
2009-09-17(木)
花(Nさんシリーズ)

さて、曼珠沙華という花を知っているだろうか。
別名彼岸花と言い、茎が細い真っ赤な花だ。
中央から外側に向けて開かれたそれは一種手のようにも見える。
まるで、助けてくれと手を伸ばしているようにも見えるそれに気を惹かれ足を止めてはならない気がして、未だに見掛けると物悲しい気持ちになる。
そう言ったところ、友人Sが面白い事を言った。

「俺には手になんて見えないよ」
「じゃ、何に見える?」
「花」

花。
それはそうだ、花だもの。

「あぁ、でも、今見たらちょっと違うかなー」
「ん?何でだ?」
「手に見えるって言われたから。でも、俺としては手じゃなくて花なんだよな」
「花、な」
「あの中心から、死んだ人の声がするとか」
「助けてくれぇ、ってか?」
「そうかも」

成程、あれは声の出口か。
声無き声を届ける為のパイプのような物か。
同席していたJは、Sの話を聞き終えると同時に大きな溜め息を吐いた。

「Jはどうだ?」
「俺?俺はー…俺も、手かな」
「そっかー」
「Jも助けて欲しがってる人の手に見えるのかぁ」
「いや、それも違う」
「へ?」

なら、どんな手に見えるのだろう。
此方側の人間を、あの世へと引きずり込もうとしているとでも言うのだろうか。秋の訪れを示すように高くなりつつある空を見上げ、Jは重い声で言った。

「代わってくれ、って言ってるように見えるよ」

代わってくれ。
その生と、死を、代わってくれ。
そう伸ばされた手を、どう振り払えばいいのだろう。
背筋に流れる冷たい汗を感じながら、俺は彼岸花を思い出した。
…何処か恐ろしくも見えるあの花が近所に無い事に安堵しながら、俺は足早に家へと向かうのだった。
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