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南雲晴矢と私は仲が悪い。
それは周知の事実だ。会うたびにいがみ合って、隙あらば相手にちょっかいをかけてればそんな噂も広まるってもんだよね。
私たちのいがみ合いは割と長いこと続いている。我ながらよくやるなあ、そう感心してしまうくらいに。
そんな私たちのやり取りを見て、まるで戦争だねって以前友達に言われたことがある。
そう。これは私とやつの戦争なんだ。言わば意地の張り合い。
だから降伏するなんてまっぴらだし、やられたらきっちり報復しないと気が済まない。

事の発端は、些細なことだった気がする。けどもう忘れちゃった。私はいつの間にか戦争の原因よりも、この嫌がらせの行為自体に精をを出すようになってたから。原因なんてもうどうでもよくなってるんだ。




さて、今日は一体奴になにをしてやろう。私の一日はそこから始まる。私たちの戦場は様々だけど、購買で争うことが割と多い。そうなると必然的に購買で何が出来るか頭を巡らせることになる。
そうだなあ。とりあえず手始めに、南雲が大好きでいつも狙ってる、限定1個のたまごパンを先に買ってしまおう。これをやると南雲は相当くやしがる。
それを目の前で食べるのがなかなか楽しい。愉快だ。

少し早めに授業が終わったから、いそいそと購買へ向かう。


「たまごパンください」
「180円ね」
「はい」

私の読みは当たった。まだチャイムが鳴ってない購買は誰もいなくて、欲しかったお目当てのたまごパンを見事にゲット。南雲はこのパンが本当に好きみたいで、私が手を出しはじめてから、すっ飛んで購買に来るようになった。それがきっかけで私も食べるようになったけど確かに美味しい。

手の中におさまるパンを見てほくそ笑んだ。今日は見事に私の勝利だ。ふふん、ざまあみろ。
私が勝利の余韻に浸っていると、ぽつぽつ人が集まりだす。数分後には人でごった返していることだろう。

今のうちに飲み物も買おう。混んでくると自販機すら並ばないといけない。
財布から百円玉を出したところでチャイムが鳴った。あ、授業終わった。ならすぐに南雲が来るはず。アイツが来たら残念でしたーってたまごパンを目の前にぶらぶらしてやろっと。

「南雲のばーか」

お金を入れれば赤いランプが点灯する。今日の気分はミルクティーかな。りんごジュースでもいいけど。うーんどっちにしよう……。あ、迷ってきた。本当にどうしよう。こういう時、優柔不断だと困る。
赤いランプがはやく押せと急かしてくるようだった。

こうなったら両方押して出てきた方にしよっと。
決まらないってことはどっちでもいいわけだし。

指を開いてチョキの形を作る。さあ押すぞ、と意気込んだ所に、横から腕が伸びてきてこともあろうか勝手に自動販売機のボタンを押してしまった。
ピーという機械音と共にガコン。缶が落下してきた。
え、ちょっと。私押してないんですけど。

「馬鹿はお前だっての」
「な、南雲!」

出た!
いつの間にか私の後ろに来ていたらしい南雲がムカつくうすら笑いを浮かべて立っていた。
口から紡がれたざまあみろの言葉に、それはこっちのセリフだよ馬鹿、なんて思ったけど、よくよく考えてみる。
そういえば……!

「げっ!」

慌てて取り出し口から缶を出す。こっちを覗いているのはミルクティーでもなく、ましてやりんごジュースなんかでもない。

「無糖のブラックにしといたぜ」

黒いパッケージのそれは、缶コーヒー。

「……焙煎コーヒーって!こんなん飲めるかっ!」
「カロリー取り過ぎなお前のためを思ってだな」
「嘘つけ!」

やられた!最悪だ。たまごパンを買えたことに浮かれて油断しちゃった。私がどっちを買おうか悩んでる隙にアイツが勝手に缶コーヒーのボタン押したんだ!
そんな私を見て南雲はしてやったりとばかりに両手を腰に当ててふんぞり返ってる。む、むかつく……。誰が飲むのこれっ!それにカロリー取り過ぎとか余計なお世話だっての。
相変わらず今日も腹立たしい。

このままじゃ、やられっぱなしじゃ腹の虫がおさまらない。何かアイツをぎゃふんと言わせられることないかな、ってそうだ。あるじゃん。私今それ持ってるじゃん。

「……たまごパンめぐんであげようと思ったのに」
「あ!もう買ってたのかよ」
「当たり前じゃん。だけどなんだか今日はたまごの気分じゃないから、たまには南雲に譲ってあげようかなって思ってたのに……」

パンを見せ付けてやるだけでもよかったけど、ブラックの缶コーヒー買わされたんだから、今日はもう一ひねり加えることにした。
わざとらしく落ち込んだふりをして項垂れる。ちらりとパンを見せれば、南雲は慌て出した。更に追い打ちをかけるために悲しそうに俯く。

なのに、せっかく私が歩み寄ろうとしたのに南雲はそういうことするんだね。そう言えば奴は面白いくらい目を見開いた。

「お、お前適当なこと言ってんじゃねぇよ!」
「そんなことないもん」
「騙されるか」
「いつも食ってかかってくるのって南雲からじゃん…」
「お前だって――」
「もういいよ……南雲は私のこと嫌いなんだもんね」

おい。その制止を無視してとぼとぼ歩きだす。手にはパンと缶コーヒー。混みだした購買はすでに人の波が出来ていた。そこからするりと抜け出して渡り廊下へ向かう。

後ろを振り向かずに歩き続けると、南雲に腕を掴まれた。
追いかけてくるかなとは思ったけど、まさか腕を掴まれるなんて思ってなかったからちょっとびっくりだ。

「待てって」

あ、南雲のやつ、困ってる。あの言葉が案外効いたらしい。
前を向いたままじっとしてると、奴が気まずそうに呻いてて、思わず笑いそうになる。大成功だ。肩が震えるのを必死にこらえた。
南雲って結構単純なんだよね。雰囲気にのまれやすいし。

渡り廊下と購買は、静と動で表すことができるように対局で、その間にいる私たちはうるさいような静かなような場所にいる。

「悪い」
「え、」
「悪かった」

そんな場所だからか。聞きなれてるはずの南雲から、感情がいつもより上乗せされて伝わってきた。焦りを含む、奴の声。

「なぐ――」

振り返った瞬間、ドキッとした。
全部うそでした!なんてふざけることが出来なくなってしまう。
だって今までずっと、ほんのさっきまで馬鹿にしたような笑い顔してたのに、今はすごい真面目な顔してるんだもん。おまけにじっとこっちを見てくる。なに、これ。ええっと。そうだ。これはやつの演技なんじゃないか。そうだよ。いつもふざけてるから真面目に見せて私を驚かせようとしてるんだ。そうに違いない。

そんな私の思いとは裏腹に、掴まれた部分が熱を帯びる。

「別にお前のことが嫌いだからこんなことしてんじゃねーよ」

南雲は眉を寄せた。口をヘの字に曲げて、人が見たら誰もが不機嫌だって印象を抱くだろう。でもそんな思いを打ち消したのは、奴の頬がほんのり赤くなった気がしたから。怒ってる人が頬を染めることはない。顔を赤くはするだろうけど。

「だって」

え、嘘。何この展開。やばい。心臓がドキドキしてきた。

「お前と話せるきっかけってこんなことしかねーじゃん」

雑踏が遠く感じる。あれだけうるさかったはずなのに、今は耳に入ってこない。ここだけ隔離されているような錯覚に陥る。


いがみ合う原因は忘れてしまうようなほんの些細なこと。だからこんなに長く続ける必要はなかったんだ。嫌いなら避ければいいのにとも言われたけどそれもしなかった。
行為自体が。このお互いふざけ合うような関係をいつの間にか心地いいと感じていたから、楽しみになってたから止めなかったんだ。私も奴も。

ああ、なんてことなんだろう。
最悪だ。
とんでもないことを気付かせてくれたよこの人。
ちょっとからかうつもりが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


「……こうなった原因覚えてる?」

自分の気持ちを実感した途端に熱が顔に集まる。南雲の言葉を咀嚼すれば、体内で火災が発生した。
なにこれ。すごい恥ずかしい。涙出そうなんだけど…。
きっと今私の頬も赤くなってるんだろう。そしてさっき私が感じたのと同様に、それを見た相手に何かしらを伝えてるんだろう。

「……んなの忘れた」
「私も」
「どうでもよかったし」
「うん」
「ジュース買ってやるよ」
「え、いいよ」
「いいから」
「……じゃあ、パンあげる」
「ああ」


この日から購買で密かに行われていた戦争は終わりを見せた。
結果は、悔しいけど私の惨敗だと思う。それをあいつに言ったら、オレの方がなんて言ってきた。いや私の負けでしょ。地雷踏んだし。色々ボロボロにされたし。だけど南雲も引かなくて、またお互い対立しそうになったけど、友達にでかい声で恥ずかしい会話しないでと言われて、双方痛み分けってことで終結した。

(20100501)






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