「これだけあるとどこだか分かんないな……。」
右手にトランク、左手に紙切れを持って辺りを見回した。
紙切れには寮の名前と本当にちょっとの説明があるだけ。
ちなみに、今あたしが歩いてるのは学校の寮専用区域。
360度寮があって、寮に囲まれている。
今日から住む寮を見つけないといけないんだけど、全く見つからない。
しかも、かれこれ30分くらい歩いてるのに人の気配さえもない。
聞こえるのはあたしの呼吸をする音と足音だけ。
まるで無の世界に放り出されたみたいな感覚に陥る。
大きく溜め息を吐くと、その世界を壊すように足音が聞こえた。
はっとして前を見る。
見れば制服のような物を着た人がこっちに向かって歩いてきていた。
「あ、あの!すいませんっ!」
時雨と別れた後に人の姿を見ていなかったから、これを逃したらまずいと思って慌てて声をかけた。
横を見ながら歩いて来た人はびくりと肩を揺らしてあたしを見る。
「……ん?見慣れない格好だけど、新入生?」
最初は驚いた顔をした男子はすぐにニコニコとした人当たりの良い笑顔になった。
「はい。今日ここに着いたんですけど寮が分からなくて……。ここなんですけど……。」
紙切れを見せると男子は無言で瞬きを繰り返した後、困ったように苦笑した。
「あ、あの……。」
「……あぁ、ごめん。この寮ならこのままひたすら道成に歩いて……。そうだな、30分くらい歩いた所にあるよ。」
男子の言葉に何も返せなくなる。
……あと30分歩く?
時雨と別れるまで30分くらい歩いて、今まででまた30分くらい歩いてるのに更に30分!?
「わ、分かりました……。ありがとうございます。」
別に苦な距離ではない。
むしろ時雨の訓練に比べたら10分の1、ううん30分の1くらいだ。
「大丈夫?手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました。」
手を貸してくれようとした男子をやんわりと止めてお礼を言う。
男子が去ったのを確認してさっきよりもっと深い溜め息を吐いた。
「そろそろだと思うんだけど……。道間違えてたらやだなー……。」
明らかに周りが街より林に近くなった。
さっき道を教えてくれた男子が言うには、この道をひたすら歩き続ければ寮の玄関に着く、らしい。
歩いても歩いても辿り着く気がしない目的地にムカついてきた。
音波を使って走れたらどんなに楽だか。
でも誰かに見られちゃやばい。
変装の意味がなくなるし、音響科の学生に見られたら即刻転科させられるに決まってる。
正体を隠すのってやっぱり大変。
歩く為に機械的に動かしていた足の爪先が何か硬い物に触れた。
足元ばかりをガン見していた視線をちょっと上に上げると段差、じゃなくて数段の階段がある。
更に上に上げると扉があった。
首を動かして左右も見ると建物があり、それは寮みたいだった。
扉に近付いてそこに張り付けられたプレートの文字と紙切れにあった文字を照らし合わせる。
…………ここだった。
「……やっと着いたんですけど……。」
安堵感で座り込みそうになるのを叱咤して電子の呼び鈴を鳴らす。
10も数えないうちに凄い足音……走ってるような音が迫ってきた。
その凄さに思わず数歩下がる。
同時に目の前の扉が足音の勢いに負けない勢いで開けられた。
扉が鼻先すれすれを通り過ぎ、風に髪を揺らされる。
こんな事に遭うのは初めてだったりするんだけど、下がってなかったら顔面を扉に叩かれてたのかも。
そう思うとまじ怖い。
「はいはーい、いらっしゃーい!君が新しい入居者だよねー?」
あたしに初めて扉に恐怖心を抱かせた相手は片手で扉を押さえたまま笑った。
…………あれ?なんか違和感あるな……。
「え、あ、は、はい……。」
頷くと前髪をピンで留めてでこを全開にした男子は嬉しそうにした。
「鷲史良!ドアは勢い良く開けたら駄目だって昨日言ったばっかじゃんか!」
でこ全開の男子はしゅーじろーと言うらしい。
その後ろで腰に手を当てて仁王立ちで怒る男子がいた。
長い髪を左耳の下で纏めていて、怒っているせいで眉がちょっと吊り上がってる。
美人、美形?と可愛いを足して割った感じ。
「えー……だって憲渚ー……。」
「だってじゃない。壊れたら修理代は鷲史良持ちなんだからね!」
かずなと呼ばれた怒っている男子はそう言ってしゅーじろーを黙らせるとあたしを見た。
「いらっしゃい。あ、違うね。おかえり、かな?早く入りなよ。」
あたしが瞬きを繰り返す中、2人は楽しそうに笑った。
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