●言葉の綾と過ち 2●
勝呂と柔造が退室した直後、金造と廉造は顔を寄せてひそひそと会話をした。
「なぁ・・・廉造・・・坊と柔兄どないしたん?」
「さぁ・・・なんや変やね」
「なんや最近あんま一緒に居るとこ見ぃひんよな」
「せやね・・・って・・・あ!!!」
「なんや?」
「・・・・もしかして・・・・俺のせいかも・・・・」
「坊になんかしたんか?」
廉造は一瞬黙ると、悪びれて呟いた。
「坊に『柔兄、柔兄言い過ぎや。もうちょっと離れた方がええんちゃうか』って言うてもた・・・」
「・・・そら、お前のせいやな」
「はは」
乾いた笑いを漏らしながら、ぽりぽりと頬を掻く。
「大体、坊が柔兄、柔兄言うてるんやなくて、柔兄が坊、坊言うてるの間違いやろ」
「まぁ・・・ねぇ・・」
「どないすんねん。柔兄生気失って、灰になりそうやないか」
「そうやねぇ・・・」
「なんでそないな事言うたんや」
「やって、なんか坊が嬉しそうに柔兄と映画行った話するからちょっとイラってしてもうて・・・」
「・・・・まぁ、分からんでもないけど。どないすんねん」
「・・・坊に謝ってくるわ」
「それがええな」
「・・・行ってくる・・・」
「よっしゃ」
金造は廉造の背中をどんと大きく叩くと、にこやかに笑って送り出した。
廉造は苦笑しながら立ち上がり、勝呂の部屋へと向かったのだった。
****
金造に送り出されて真っ直ぐ向かった勝呂の部屋。
軽くとんとんと扉をノックして、部屋の主の返事を待つ。
「誰や?」
「あ、坊!俺です」
「志摩か?」
「入ってもええですか?」
「ええよ」
答えを聞いて、少し呼吸を整え勝呂の部屋の戸を開く。
勝呂はいつもの様に机に向かって、勉強をしているようだった。
「坊・・・あの・・・」
「なんや」
くるりと座る向きを変え、こちらへ振り返る。
「あ・・・えーっと・・・」
「なんやねん」
「えーっと・・・ですね・・・」
「どないしてん?言いたい事あるんやったら早よ言えや。気持ち悪い」
「あ・・・あの・・・ほらこの間・・・」
もしかしたらどやされるかも知れないと、少し言い難そうに言葉を紡ぐ。
目の前の勝呂はそんな様子に、眉間に皺を寄せ訝しげに志摩を凝視していた。
「この間なんや?」
「あの・・・ほら、柔兄ばっかり・・って言うてた件・・・なんやけど・・・」
そう言ったと同時に勝呂の表情が少し切なげなものに変わり、目線を下に向けた。
「あの・・あれやっぱ、前言撤回て言うか、なんて言うか・・・・」
「あの後な・・・」
勝呂は顔を上げると、また志摩の目を真っ直ぐ見て話をしだした。
「考えたんやけどな」
「はい」
「やっぱり俺は柔造の事、頼り過ぎてたんかも知れんって思ってな」
「え・・・?」
「志摩に言われた通りや思ったんや」
「え・・はい?」
「こんままやったら、俺はどんどん甘えた人間になってまうと思ってな」
「え・・・っと・・・」
「暫く柔造とは絡まん方がええって思って、柔造にもそう言った。ちょぉ言い方が・・・あれやったかも知れんけど・・・」
「えええええええ」
志摩は勝呂と柔造が既にそんな話まで進んでいるとは思わなくて、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「なんや?」
「いや、あの、せやなくてですね・・・」
「志摩が言うてくれたから・・・気が付けたんや」
「いや・・・あの・・・」
「もうちょっとちゃんとした人間にならんとアカンと思う」
(変態や、やっぱりこの人変態や・・・どんだけ真面目さんやねん)
そう志摩は思うと、凛とした決意の火を灯す目にこれ以上何も言うことなど出来なかった。
「そ・・・ですか・・・」
「で、話ってなんやねん」
「あ・・・ええですわ・・・帰ります・・・」
「?そうか?」
「お邪魔しました・・・・」
志摩は結局何の解決も出来ずに勝呂の部屋を後にしたのだった。
****
「で、なんも解決せんと帰って来たんか」
勝呂の部屋から何の成果もなくすごすごと戻ってきた廉造に、呆れて溜息を吐いて金造は言い放つ。
「・・・はは・・・」
それからとりあえずの経緯を聞いて、ふむと、腕を組んで考え、勢い良く胸を張ってこう言った。
「よっしゃ!ほんなら兄ちゃんが柔兄に言うて来たるわ!」
「え!!!ちょ!金兄いらんこと言うやん!俺、絶対柔兄に殴られるやん!」
「自業自得やろ!」
「嫌や!!」
「アカン!柔兄があのまま真っ白になって灰になって消えてしまってもええんか!」
「それは・・・っ!!!」
脳裏に浮かぶ、うっすらと消えていく柔造の姿。
柔造に取って勝呂がいか程の物かそれは重々承知だったはずなのに、自分でいらないトラブルを招いてしまった。
まさかこんな事になるなんて思いもしなく、浅はかに言い放った言葉のせいで。
「よっしゃ!行って来るっ!」
「えええええ!!!」
けれど、柔兄の鉄拳は怖い!!
泣き縋る廉造を足蹴に、金造は柔造の部屋へと足を向けた。
*****
ふん!ふん!と勇み歩いて辿り着いた柔造の部屋の前。
はぁと、一つ大きく息を吸って扉をノックする。
いくら弟の失態とは言え、やはり勝呂に関する過ちを告げるのは心臓に悪い。
柔造は勝呂の事に関しては、過剰に敏感なのだから。
「柔兄?おる?」
「金造か?」
「入ってええ?」
「ええで」
部屋に入れば、荷物がごった返していた。
「何してるん?」
「暫く山に篭ろうか思て、準備してんのや」
「は?山?」
「せや」
「何しに行くのん?」
「精神修行」
「え?なんで?」
「自分の不甲斐なさに嫌気が差したからや」
「えー・・・・と・・・それって坊の事・・・?」
「・・・・坊は関係あらへん。俺の気持ちの問題や」
そう言いながら、荷物を静かにカバンへと詰め込んでいく。
ああ、コレ、めっちゃアカンやろ。
なんやえらい柔兄の中で大層な事になってしもてるやないか!
早よ止めな!
「なぁ、柔兄・・・準備してるとこ悪いんやけどな。坊がな・・・」
「・・・・・俺にはもう、関係ない・・・」
「ちゃうねん!あんな聞いて!全部廉造のせいやねん!」
「・・・・何がや」
ピタリと荷物を詰める手が止まり、金造の方へとゆっくりと振り向く。
「あー・・・えっと・・・廉造がな・・・」
「どないしてん」
「坊に・・・なんや、柔兄に甘えてばっかりなんちゃうかって言うたらしいねん」
「・・・・なんやて?」
ピクリと柔造の眉尻が上がり、一気に眉間に皺を寄せた。
「ほんで、坊がな・・・えらい気に病んでしもたみたいで。そんで・・・あの、自分がめっちゃ甘えた人間なんちゃうんかって、柔兄に頼ってばっかりで自分が駄目になってるんちゃうかって、そう思ったらしくてな・・・」
「坊が甘えたで、駄目な人間なわけなんかないやろ。あんなよう出来た人、他には居らん」
「せやろ?せやから・・・なぁ、柔兄・・・坊とちょっと話してきてくれへんやろか?」
「・・・・・」
少し考えるような間が開くと、ざっと柔造は立ち上がった。
「柔兄?」
それから戸口へと足早に歩を進め、扉を掴む。
「金造」
「なに?」
「廉造に明日話がある言うとけ」
「・・・・伝えとくわ」
柔造が出て行った後を見詰めて、明日廉造がこっ酷く怒られる様を思い浮かべ、思わず念仏を唱えたのだった。
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