●約束2●
そして、約束していた休日が来た。
朝からずっと、俺は柔造の側に居た。
3日前に帰って来た時と何も変わらず、ずっとそこで眠り続けている。
入れ代わり立ち代りで皆が様子を見に来るけれど、変化が無いことを知ると、落胆しては自分の持ち場へと戻っていく。
昼過ぎになると金造がやって来た。
「坊。代わりますよって、昼飯食ってきてください」
「いらん」
「あきません。ちゃんと食べへんかったら今度は坊が倒れてしまいますやろ?」
「食いたない」
「柔兄が寝込んどる間に坊が元気のうなったら、俺らがめっちゃ怒られますよって。柔兄にボコボコにされるのは嫌ですわ」
金造が苦笑してそう言った。
けど、腹も減ってへんし、胃もキリキリするし、ここから離れるのも嫌や。
「いらん」
はぁと金造が息を吐くと、立ち上がり
「ほんなら何や摘めるもん持ってきますから、ここでやったら食べてくれますか?」
そう言って、食事を持ってきてくれたは良いが、口に入れたところで味も感じなければ、飲み込む事さえ辛くて仕方なかった。
胸が苦しい。
こんなまんまやったら息も出来へん。
何で目ぇ覚ませへんねん。
時刻を見ればもう夕方16時。
(早よ起きな、もううどん屋さん行かれへんやん・・・)
刻々と時間は進み、もう外は暗くなってしまった。
「坊、夕食です」
そう言って、また金造が夕飯を持ってきた。
「いらん・・・・」
「坊、堪忍ですからちゃんと食べてください」
「嫌や」
「坊」
「やって、うどん食いに行く言うたもん・・・」
「うどん?」
「食いに行くって約束したやん」
「坊?」
「約束したんに何で起きへんねん」
じわりじわりと目元が熱くなる。
視界がゆらりと揺らんで、頬を温かな何かが伝う。
「坊、大丈夫です。柔兄は絶対目ぇ覚ましますから」
金造の手がすっと伸びてきて、俺の頬を拭った。
「そないな顔しとったら柔兄起きたらびっくりしますよって、泣かんといてください」
「泣いてなんかない!!俺は怒ってるんや!!!」
「坊」
「店閉まってまうやん!!嘘吐かへん言うたやん!柔造の阿呆!!!」
ボロボロと目から落ちる雫。
涙やなんかやない!
俺は泣いてなんかない!!
柔造が早よ起きへんから怒ってるんや!!
なんでそんなようさん寝るねん!!
いっつもそないに長いこと寝ぇへんやん!
俺との約束破る程ええ夢でも見てるんか?!
俺を放っておくほど起きられへん夢なんか?!
そんなん許さへん!
俺置いて、ずっと寝っぱなしやなんて許したらへん!
「柔造の阿呆!!!ボケェ!!カスっ!!嘘吐き!!!」
「坊???」
「もうお前なんかと口きいたらへんからなっ!どっこも一緒に行ったらへんからなっ!!」
ボロボロ雫が零れて、ずずっと鼻を啜り上げた。
「もう一緒に遊んだらへんし、飯も食ったらへんし、名前も呼んだらへん!!!柔造の阿呆!!!阿呆!!阿呆!!〜〜〜っ・・・うっ・・」
零れる雫をグイと腕で拭いて、小さくしゃくり上げる。
金造が俺の背中を撫でて宥めてるけれど、目から出てくるもんは止まらへん。
俺のしゃくり上げる声だけが部屋に響いた。
その時・・・
「ぼ・・・ん?」
小さく俺を呼ぶ声がした。
それは馴染みのある低く優しい声。
けれど少しいつもより掠れていて・・・。
「じゅ・・っ・・・ぞっ・・・」
「坊・・?何で泣いてはりますんや?どっか痛い所でもありますんか?」
「あ・・・阿呆っ!!!!!痛いのはお前やろぉぉぉっ!!!!〜〜っ!!うっ・・うっ!!」
「え・・・?どないしはりましたん・・?」
「医工騎士呼んできます!!」
そう言って、金造は部屋をだっと出て行った。
柔造が俺の顔を見て不思議そうにして、起き上がろうとした。
「?・・・なんや・・・身体が動かへん・・・」
「当たり前やっ!!!3日も寝くさってからにっ!!!」
「3日・・?」
「柔造の阿呆!!阿呆!!阿呆!!阿呆〜〜〜っ!!!」
「え?ちょ?坊?」
「ボケェっ!!嘘吐き!!お前なんか、お前なんか嫌いやっ!!アホぉぉぉぉっ!!!」
「?!」
ボロボロと流れ落ちるものをまたぐいと腕で拭って、ずずっと鼻を啜り上げ、立ち上がり、
「トイレ行ってくる!!」
と、ドスドスと部屋を出て行ったのであった。
それから部屋に戻ってくると、数人の医工騎士、に八百造や金造、志摩も子猫丸も皆来とった。
柔造は体を起こし、色々検査されているようで、なにやら話をしている。
まだまだ何や時間がかかりそうやし、さっきのあの柔造の反応を思い出せば、きっと身体も大丈夫だろうと、俺は縁側にじっと座り時間が過ぎるのを待った。
それから1時間ほど過ぎ、金造が俺を呼びに来た。
「坊、こないなとこにおりましたんか。柔兄が呼んでますえ?」
「・・・おん・・・」
「もう容態は大丈夫みたいです」
「そうか」
「人払いしときますよって、ゆっくりお話してくださいね」
そう言うとにこりと笑って、すすっとその場を去っていった。
**
襖を小さくノックして、「入るで」と一声掛けてすっと開いた。
柔造は布団の上に体を起こし、座っていた。
「もう起きててもええんか?」
「大丈夫です。寝すぎたくらいですよって」
「そうか」
そう会話をしつつ、柔造の元へと腰を下ろした。
「坊・・・」
「なんや」
「堪忍です」
「何が」
「今日・・・約束してましたのに」
「ホンマや。ごっつ楽しみにしとったのに」
「すんません」
「嘘吐き」
「堪忍です」
「腹減ったわ」
「今から行きますか?」
「行けるわけないやろ、阿呆」
沈黙が流れる。
けれど、それは先程までとは違って、息苦しくもなければ、胸が痛くなったりなどしない。
「・・・・ずっと付いててくれましたん」
「誰かに聞いたんか?」
「金造に」
「やったら、確認せんでもええやん」
「坊の口から聞きたくて」
「何をや」
「柔造が心配でずっと傍に居った・・・って」
「嫌や。言うたらへん」
「おおきに」
「何も言うてへんやろ」
「もうこないな事にならんようにします」
「当たり前や」
「心配かけてすみませんでした」
「許したらへん」
「坊・・・」
「勉強もろくに集中出来へんかったし、飯だって食ったかて美味ないし、寝られへんし、ずっと胸が痛いし、息も出来へんかったし、胃も痛い」
「堪忍です・・・」
柔造が困った顔をして、深々と頭を下げた。
「謝ったって許したらへん言うてるやろ」
「ほんならどないしたらええんですやろか?」
「俺の許可なしに怪我なんかするなっ!」
「え・・・は・・・はい・・・」
「俺の許可なしにどっか勝手に行くなっ!」
「坊・・・」
「絶対、約束破るな・・・」
アカン・・・段々また目頭が熱ぅなってきた。
下を向いて、ポツリポツリと口を開く。
「嘘吐くな・・・」
ぽたり。
胡坐をかき置いた拳の上に、雫が落ちる。
「坊・・・」
ぽたりぽたりと次から次に零れる雫。
柔造はもう目が覚めて、こうやって俺の前に座っているのだからこんな風になる必要なんて無いはずなのに。
「心配させるな・・・」
ごそりと柔造が動いて俺の元まで来ると、俺をぐっと抱き締めた。
「約束します。やから・・・そないに泣かんとってください」
「泣いてへん!俺は怒ってるんや!!」
「坊・・・」
「柔造の阿呆!!」
「堪忍です・・・」
久しぶりに感じた柔造の温もりはめっちゃ心地良かった。
もしも柔造が目の前からいなくなってしまうやなんて事があったら・・・
俺は一体どうなってしまうんやろうか?
ぞうっとする恐怖だけが襲い掛かってくる。
ぐっと柔造の着物の背中を掴んでその胸に顔を埋めた。
「坊・・・」
「生きてて良かった・・・」
目が覚めて、またここに戻ってきて、声を聞けて。
「はい・・・」
またいつもと代わらぬ日常が繰り返されることのありがたさをしみじみと感じた。
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