夜、約束通り坊が迎えに来た。
それは嬉しそうにニコニコと。
よし、ここはもう腹をくくって坊に甘えてあげよう。
なんやよう考えれば新婚さんごっこみたいやん。
実際には果てしなくありえへんのやし、まぁ、たまにはこう言う夢みたいな話があったかて罰は当たらへんやろ。
そんだけ俺は我慢してるっちゅう自負はある!
「おかえり、お疲れさん」
「ただいまです」
にこりと笑って返してやる。
「今日も仕事大変やったん?」
「そうですねぇ・・・まぁ、いつも通りっちゃぁいつも通りでしたけど」
「そうか」
何気ない会話をして、虎屋まで辿り着く。
因みに志摩家と虎屋は同じ敷地内にあり、繋がってるも同然である。
なので、昔から食事も風呂もほとんど一緒に使っている。
何より仕事で忙しい女将さんとほとんどおらへん和尚の息子の坊は、ほぼ志摩家よりで生活してるに等しい。
「あんな、今日な」
「はい」
「柔造のためにな」
「はい・・・」
「ご飯作ってみてん」
「・・・・・え?」
「って言うても一人で作られへんから、手伝った程度なんやけどな」
なんて恥ずかしそうにはにかみながら俺を見てくる。
うわっ!!!
なんやこれっ?!
ホンマに今日は何でこないにいつも以上に可愛らしいんやっ!!!
せやけど、ここで謙遜して引いたらまた朝のようになってしまう!
せやから、にこりと微笑みながら、
「ホンマですか?それはめっちゃ嬉しいですねぇ。なんや楽しみですな」
なんて言ってみると、
「ホンマ?!」
と、坊の顔がまたぱぁっと明るくなった。
満面・・・いや、満開の笑みや。
あかん・・・・抱き締めたい・・・・。
ぐっと欲求を堪え、何とか乗り越えた。
部屋に着き、服を着替え、食事部屋へ。
既に坊が配膳していてくれたらしく、俺が席に着くと同時にご飯と味噌汁をよそって持ってきてくれた。
そして俺の向かいに同じように食事を前にして座る。
夜は大体の人間が揃って飯を食う。
廉造と子猫丸、今日は時間が合うたのか金造とおとんも居った。
それぞれにいただきますと口にして、食事をしだす。
今日のメニューはとんかつと、煮物と味噌汁。
坊がとんかつを指差して、
「それな、俺がなんや色々まぶして揚げてみてん」
「へぇ!そうなんですか?」
「おん!」
そう言って、ニコニコと俺を見てくるから、とんかつの一欠けらを箸でつまみ口の中に入れて咀嚼すると、
「美味い?」
と、聞くから、
「美味しいですよ」
と、またにこりと笑って返した。
すると、急に坊の手がぐんと伸びてきて、俺の口元に指を這わす。
「ソース付いてるし。なんや柔造子供みたいやな」
なんて拭き取ると、その指をぺろりと舐めた。
その瞬間、ガチャンとそこかしこで何かの音がした。
よくよく見れば、周りの人間みんなが俺と坊のことを見て、引きつった笑いを浮かべてる。
(げ・・・・・)
おとんがごほんと、急に大きな咳払いをした。
金造がズズッと、音を立ててお茶を飲んだ。
廉造と、子猫丸は見て見ぬ振りを決め込んどる。
(しまった・・・・みんなが居んのすっかり忘れとった!!!)
「ん?どないしたん?」
坊だけ一人、何も周りの空気が分からんときょとんとしてる。
「い・・いえ、なんも。あ!煮物も美味しいですよねぇ」
なんて話を逸らす。
皿の中に入った筑前煮。
味の染みた鶏肉が好きで、それだけをようさん食べてると、坊が、
「柔造、肉好きやなぁ」
「美味しいですやろ?」
「せやな」
とにかく空気を換えようと肉ばっかりつまんどったら、皿からなくなってしもた。
そしたらそれを見た坊が、もっと欲しいと思ったんやろな・・・きっと・・・・。
「俺のもあげるな!はい!」
「え・・・」
「いらん?」
箸でつまんだ鶏肉をあろう事か、俺の口元まで持ってきた。
これはつまり、あれや。
あーんして?って言う、あれやろ、多分・・・
周りを横目でチラリと見ると・・・・
そりゃぁ、もうごっつ視線が突き刺さって痛かった。
せやけどここで断ったら、また坊が悲しい顔するんちゃうかと思うと、口を開けないわけにはいかないやないか!!!
「い・・・・いただきます」
口を開けるとコロンと肉が口に入ってきた。
「美味い?」
「・・・はい・・・・」
なんや周りが怖すぎて、肉の味なんか分からん。
「そうか!もっといる?」
と、また箸でつまんで俺をチラリと見てくる。
周りの視線が痛い!視線が痛い!
一体これは何の拷問や!!!
前にはニコニコと微笑む坊。
横には何か不吉なオーラを放ってる家族・・・・。
めっさ怖い・・・・。
一体今日はどないなってるんやっ!!!
「他のんも食べますから大丈夫ですえ?」
「そうか」
何とかここは切り抜けた。
***
ようやっと夕飯も終わり、自室に帰り溜まった書類を整理しながら、はぁと息を吐く。
今日はホンマ何なんや?
何で、坊はあないにめっちゃサービスしてくるんや?
そりゃ嬉しくないわけは無いけれど。
っていうか、あんなんホンマ夢にまで描いたようなことばっかりやけど・・・。
出来ればあんなんは二人きりでしてみたい!!!
はぁ、と今日何度目とも分からない溜息を吐いた。
すると、とんとんと襖を叩く音がして、「どうぞ」と言えば、すっと坊が顔を出した。
今度は、一体なんなやろか?
甘い期待と、共にある恐怖に怯えながら、坊を招き入れる。
「どないしはりましたん?」
「あんな」
「なんですやろ?」
「耳掻きしたろかなぁ・・・って思て」
・・・・・・・・・
もう、俺、失神してもええやろか?
「いらん?」
ああ、そないにちょっと恥ずかしそうにもじもじとして、そうやって聞くのんは反則やで、ホンマ。
で、断ったら、目をうるうるさせるん分かっとったら断られへんやん。
選択肢なんて端からあらへん。
「してくれはるんですか?」
「おん!」
「ほんなら・・・お願いしてもええです?」
「おん!!!」
ああ、もう、ごっつきらきらした笑顔。
一瞬で悩殺や。
もう、どないにでもなってくれ!
「ほんならここ!!!」
部屋の真ん中にぺたりと座り、自分の太ももを指刺す。
それはあれですね、俗に言う膝枕ですね。
ええ、もう、分かりました。
俺に萌え死ねって言うことですね。
って言うかもう、理性飛んでも知りませんよ。
そんな全部坊があきませんのやからね。
もう、ホンマ知りませんよ。
「ほんなら・・・失礼します」
「おん!」
坊の腹の方に向かい、頭を太股に乗せる。
女の子や無いから柔らかいって事はないんやけど、坊の匂いがするし、あったかいし、ああ、もう、昇天しそうや・・・・。
耳の中に入る耳掻き棒のこそばい感覚が余計に色んなもん煽ってくる。
「痛ない?」
「大丈夫です」
「こそばない?」
「平気です」
ああ、もう、ほんまたまらん・・・・。
きゅっと坊の腰に腕を絡めて抱き締めた。
それから、すりっと坊の腹に頭を寄せ付ける。
「どなしたん?なんや子供みたいやなぁ」
「ぼん・・・」
「何?」
「あったかいです・・・」
「そうかぁ?」
くすくすと坊の柔らかい笑い声が聞こえる。
ああ、アカンは・・・こんなん・・・。
「次反対しよか?」
なんて言うけど、このまんま離れる気なんてない。
すっと、坊の脇腹から手を滑り込ませ、坊の肌の体温を感じた。
「ひゃっ!!!冷たい!何すんねん!!」
「やって、坊あったかい・・・」
「もう・・・どないしたんや?」
そっと坊の手の平が俺の頭を撫でた。
まるで子供を慈しむかのようなそれ。
坊は俺の気持ちなんてちっとも分かってへん。
するりと、腕を更に服の中に忍ばせて、更に体温を感じた。
「くすぐたいって!」
「ぼん・・・」
ぐりと腹に頭を擦り付ける。
あかん・・・もう、限界や・・・・。
そのまんま坊を畳に押し倒した。
「うわっ!!ちょ!!!」
それから、坊の上に乗り上げ、坊を組み敷いた形になって見下ろす。
俺の行動が理解できてない坊は、きょとんとした顔して俺の顔を伺ってくる。
じゃれ合いの延長線やとでも思ってはるんやろ。
「坊・・・寒いです・・・」
「え?おん。ホンマどないしたん?子供みたいにかいらしなって」
ぐっとそのまま抱き締めて、坊の首元に顔を埋めた。
その時。
「柔造居るか?」
そう、ノックもせずに襖が開いた。
(げ・・・!!!!)
「おまっ!!!!!何しとんのやっ!!!!!!」
「お・・・おとんっ!!!!」
「あ、八百造」
「夕飯のあれと言い、お前は坊に一体何をしたんやぁぁっ!!!」
「ちゃう!!ちゃう!!!俺は何もしてない!!!」
がばっと慌てて起き上がり、弁解しようとするがもちろん聞く耳など持ってもらえる訳などなく・・・・。
ズルズルとおとんの部屋まで連れて行かれ、こっぴどく説教を受ける羽目となった。
ホンマに今日は一体何の日やったんやぁぁぁぁっ!!!!!
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