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「サプライズ」(小説:清香様)


―カガリせんぱぁい!頑張ってぇ〜…


放課後の校庭に響く陸上部員達と彼女を慕う後輩らの声


学園のスターにかけられるのは惜しみない賛辞


それだけ彼女は有名で、地味な俺なんかとは雲泥の差だ



華奢な体なのに努力家で、朝は誰よりも早く練習に出て、何本も走り込む


それは彼女が入部した一年の時から続けられていて、三年になった今も変わらない日課だ



男勝りなさっぱりした性格だけど、誰よりも女の子らしいと思うのは俺だけの秘密…



そう、俺も彼女…カガリ・ユラ・アスハを窓から見つめ続けて3年になる



5月18日、彼女の高校生活最後の誕生日



その記念に俺もこっそりと祝って上げたいと思っている―





「…以上だ。これで今年度予算の各部への仕訳はこれで行きたいと思うが…どうだ?」


心地良いアルトが生徒会室にもよく通り

まるで、ここにも風が吹き抜けているかのようで…


そんな愛しい声を耳に入れながら俺は、生徒会書記として彼女が言った予算を各部事に記入していく


邪魔な長髪を後ろで一つに束ね、前髪の奥に隠れる瞳(目)は厚めの眼鏡でがっちりとガードしているのだが…



学生生活に於いて、俺がこんな格好をしているのには家の事情が深く関わる



俺の家は昔から続く華道の家元で、代々、女子がそれを受け継いできた


しかし、今の家元…つまり、俺の母だが、産んだのは男である俺一人…


このままでは家元が途絶えてしまう―


そこで母がとった行動は俺を女として育てることだった


幼い頃から華道の稽古は勿論、着付けも習わされ、果ては茶道までも通わされて…


そんなことが嫌で仕方がなかった俺はとうとうある日、爆発し、それからは反発ばかりした。






家出してワザと警察に捕まってみたり、はたまた悪い奴らとつるんで喧嘩にあけくれたり…


なまじ、腕っ節が強かった所為で灼熱の弾丸などと有り難くもない通り名まで貰うことにもなる


けれど、そんな出来事にも母は家の体裁を守る為にお金で解決してきた



やがて、俺も段々と反発ばかりなのにも飽きてきて、中学を卒業することにはすっぱりと暴れるのは止めた



でも、かといって次期家元としての立場には拒否反応しかなく


高校もごく普通の所でいいと、今の学校を選んだ



だが、母にしたらそんな行動は気にいらなかったのだろう、大反対で…


三日三晩、大喧嘩した挙げ句、出された条件は、家では師範代として通ってくれている生徒に稽古をつけることだった


それさえ守るのなら、高校は本来の姿で通って良いと…―



今日もこれが終わって家へ帰れば、髪を結い上げ、着物に袖を通し、師範代としての仕事が待っている


憂鬱などではないと言えば嘘になるけれど、彼女の存在がそんな気持ちを癒やしてくれていた。







「……ックス、おい!アレックス!」


そう耳元で大きく呼ばれ、ぼんやりとそちらを見やればドアップで映る彼女の顔

………数秒頭を巡らし、どういうことかと理由を考えれば…


「っ…わぁあー!」

驚きで思わず声が出た


バクバクする心臓を押さえながら―


「ムッ…何だよ?わぁって…失礼な奴だな。ぼーっとしてるから終わったぞって言いに来てやったのに」


俺の反応に気分を悪くしたのか、彼女がむくれて言う


「…すまない…」


しゅんとしてぺこりと頭を下げれば、慌ててカガリが返してくる


「いや、気にするな。いきなりな私も悪いんだから…」


「えっ、あ、そんなことは…」


明らかにぼんやりしていた俺が悪いのにそう言われてしまうと却って恐縮してしまう


「そっか?ありがとな!私なお前の議事録にはいつも助けられてるんだ」


「え…?」


あのキラキラと輝いている笑顔で告げられる言葉に益々、胸の鼓動が激しいが、今一、意味を図りかね、戸惑う


「お前の字は綺麗で見やすいし、内容を分かり易く纏めて書いてくれてるだろ?それに最後に必ず、アドバイスが書かれてある…それを読む度に私は頑張ろうって思えるんだ」


「いや…そんな大したことは…」



面には出さないが、照れくさくて俺はたどたどしく答える


「それでもだっ!ホントにありがとな」

じゃあ、今日は稽古があるから帰ると言い残し、手を振って彼女は出て行った


校内でのアレックス・ディノに於いては去る背中に寂しさを覚えるが、家に帰ればアスラン・ザラとしてまた会える…



そんな思いを胸に俺もその場を後にした。






駅からお気に入りの赤いバイクで家までの道のりをかっ飛ばす


15分程の距離だが、この時間も俺にとっては大事なもの


向かう風にこれからのエネルギーを貰い、蓄えるようにして走る



やがて、その道が途切れ、角を曲がれば見えてくる豪勢な門

そこを横切り裏手に回った俺はバイクを所定位置に止め、家族専用の玄関から中へと入った



「あら、アスラン…お帰りなさい」


「母上…ただいま戻りました」


靴をきちんと揃え、上がり框を昇ろうと踏み出した俺にかかる声


藍色の髪に翡翠の瞳(め)…己と全く同じ容姿のその人


家元である母だ


「今日はいつもの時間より遅かったのね」


「はい…すみません…生徒会の打ち合わせがあったので」


「そう、なら良いけれど…早く着替えてらっしゃいな。もう生徒さんがお待ちかねよ」


いい加減なことはしないと約束している手前、これ以上の言い訳は出来ない


母の言うことに素直に従う


「分かりました。大至急、着替えて参ります…」


俺は小走りに自室へと向かった。






最早慣れた動作で、手早く着付け、髪を器用に結い上げて鏡台の前に座り、薄く口紅だけを乗せる


次期家元…女アスラン・ザラの出来上がりだ


この自分の姿が鏡に映る度、吐き気が出そうで…


俺はふっと目を逸らし、生徒が待つ和室へと向かう



「お待たせ致しました。皆様、ごきげんよう…」


そっと襖を開け、しずしずと中へ入ると、途端に一斉に洩れ出る“ほぅっ…”という感嘆の溜め息


これが毎回の恒例行事と化していた


「本日は少し遅くなり、申し訳ありません…」


「いいえ〜先生はお忙しい方ですもの。気にしていませんわ〜ねぇ、皆様」


どこぞの令嬢の一人がそう言うと皆が同様に頷く


「ありがとうございます…では、本日のお稽古を始めさせて頂きます。皆様、お手元のテキスト5ページを開いて下さい…」


そう言うと俺は説明を入れながら手本用に花を一本一本、挿していく



だが、それを途中で遮る声…


「先生!遅れてすみません!出る時に少しごたごたして…」

そう、焦りながら言い訳し、入って来た彼女


そんなの気にしなくていいのに…―


と思いながら俺は…

「いえ、大丈夫ですわ、アスハさん。さ、どうぞお座りになって」


ふわっと柔らかく微笑んだ。







「先生って…あいつに似てるな…」


彼女の洩らした一言に内心でドキリと冷や汗をかく


だが、素知らぬ振りで訊ね返す


「あいつってアスハさんの彼氏…ですか?」


「ばっ…そんなわけあるかっ!先生、誤解するなよ」


即座の否定に胸はチクりと痛むが、平静を装う


「そう…ですか…では何故似てるなど?」


「ん…似てるって言っても顔…じゃないんだけど、雰囲気がなんとなく…な…」


「雰囲気…ですか?」


「うん、そいつな、すごく優しいいい奴なんだ!もの静かでさ…がさつな私とは正反対だ」



にぱっと微笑みながら言う彼女に俺は思わず赤面しそうになる


「そんなことないですわ。アスハさんだって落ち着いてますよ。こうやってお稽古されてるのですから…」


「ん、まぁ…無理やりだけどな…」


そう言い苦笑いする彼女に何とか言葉を紡ごうとするが、他の生徒に呼ばれてしまい叶わなくなってしまった



―ちょっと、ヤバいな…―



もしや、バレかけているのかも…と俺は危機感を持った。






それから俺はカガリとの接触を避けた


かれこれ3日は続いていて…


今日はもう彼女の誕生日だというのに俺は止めることが出来ないでいる


生徒会議中も今までなら進行するカガリの方をきちんと見ていたが、この3日は全く目は合わせておらず


終始、ずっと俯いたまま、黙々と議事録に写すだけ


もちろん最後に添えていた一言も書き込むのは止めていて―


急に変化したそんな俺の態度に彼女が寂しい目で見つめていたのには当然、気づいてなかった



「はあっ…」


誰もいなくなった教室で洩れる溜め息


これでいいんだ…と自分を無理やり納得させていた



そんな時に否が応でもでも聞こえてくるきゃぴきゃぴした声

「カガリ先輩!おめでとうございますっ!」


「これ、私達からの気持ちですっ!受け取って下さいっ!」

窓の向こう…廊下で繰り広げられているやり取り


カガリを慕う後輩達がプレゼントを渡しに来たのだろうと容易に想像出来、俺は無意識にポケットへ手を充てる


だが…


「ありがとう。でもごめん…今年は受け取れないんだ…」


ぽつりと返された彼女の言葉に目を瞠る

「ええっ…!どうしてですかっ?!まさか…カガリ先輩、好きな人でも出来たとかいうんじゃ?」


どうしてそうなる?と俺は思ったが、次に聞こえて来たカガリの声にまたもや吃驚する






「うん…そうなんだ。今年はその人からしか貰いたくない…」


くれるかどうかは分からないけど…―


そう淋しそうに零される彼女の言葉は彼女達はもちろんだが、俺にもショックを与え…


「えぇー!そんなぁ〜誰なんですか?!私達の先輩の心を奪う男はっ!」


「すまない…それは言えない…私の片思いだしな…///」


照れくさそうな顔でカガリは言っているのだが、俺にはその表情までは分からず…


ただただ、衝撃で泣きそうな思いだった



その後、どうやって教室を出たのだろう…ふと、気がつけば下駄箱の前で―


彼女のネームプレートの場所を見つめながら俺は決心し…



「誕生日おめでとう…カガリ―」



それだけ手早くメモに書き、一緒に添えて小さな包みを中に入れてそこから音も立てずに去った





二時間後…



部活終わりの彼女が中身を見て、漸く全てを理解し、俺の家へ乗り込んで来たのはまた別の話だ…―



fin


★カガリ誕生日記念フリー小説を書かれた清香様の素敵サイトはコチラから。

フリー期間終了後にOK★を頂きました〜vvv
ありがとうっ!(2009/10/11)


あきゅろす。
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