「お前、自分の命なんて大した事ないって考えてるだろ?」


問い掛けの形だが
明らかな断定に
皮膚を晒す少女は戸惑った。

適切な科白の
全く浮かばぬから
そういう時には
黙って
時が過ぎるのを待つのが賢明なのだが
つい
緊張に絶え切れず
間を開けずに
言語を紡ぐ。


「そんなことないよ、死ぬのはこわいもん!!」


何を、この状況で苛立っているのだろう。

晒す背に
冷たい脱脂綿のアルコールは染みて
眉を寄せつつも。

息を殺しては
震えすら抑える。

やたらと少女自身の心音が響いて
落ち着こうとすれば
室内の沈黙が
ダイレクトに染み渡り
呼吸すら辛い。

背後の彼が苛立っているのは明白であった。

かちゃりと
ピンセットの
金属製の軽やかな冷たい響き。

消毒液の匂い。


「終わり。」


そっけない一言と
戻される布地
冷えた背中が落ち着く。

鼓動は未だ早打つが。

すっと
血の気が覚める様な。

解らない。

何故
そんなに怒っているのか。

それでも
自身では治療出来得ない背面を預ければ
それに応じてくれる彼の優しさまでは失いたくなくて
余計な事なぞ
もう言わぬ様に、すぐには振り返る事も出来ずに、小さな両肩を震える両手指にて抱く。


「泣いてるの…?」


「な、いて、なんかっ」


溢れてしまえば
止まらずに
頬が熱い。

ふっ、ぇ…

だめ
嫌われちゃう
静かにしてなきゃ。

親から棄てられない為に
雛鳥は必死に鳴くが
いたいけな小鳥とも違う自身は
ひたすらに
秘めるしかないのだと。

抑える程
呼吸は辛く
制御は利かない。


「は…ぁ」


「良いよ泣いて、許すつもりはないから」


合間の距離は
狭く遠く
打って変わった
やたらと優しい音声が
鼓膜を抜ける。


「な、に…?」


急に怖くなって
絶え切れず振り向いた。

最後になってしまう気がしたのだ。

だったら視野に納めたい、本能的に。

網膜に
彼を捉える事の可能だったのは
されど一瞬で
めいいっぱいに
その体温と重みを受けて
世界は反転する。

煌めくプラチナの髪の色。

薫り。

かちゃり
医療用具が
フローリングに散らばる。

ソファに沈められて
言葉を彼女は惑う。

言うべきことなぞ
そもそも在っただろうか。

張っていた泪膜は
重力に従い
頬を伝い流れた。

ソファの布が濡れちゃう…
と場違いにも彼女は思ったのだが。

うっすらと金銀
中間の混ざり合うプラチナ
きらびやかに繊細な
それしか視界に入らない。

どうにか
頤を傾けて
見慣れぬ天井を。

擦れる髪質は
さらさらと柔らかい。


「…泣きたいのはこっちだ」


酷く優しげな
されども
頼りない音声だった。

そんな音声そのものの表情が上げられた。

見慣れた筈の
バイオレットの
稀有な瞳が
陰翳にも澄んでいるのに
あまりにも
哀しげに苦痛を湛えていたので

髪先に擽られるのも構わない程に。

この人らしくない
弱々しい。

どうしたの?

尋ねる資格なんて
在るのかどうかも解らずに。

伸ばし掛けた片腕の行き場も失って。

空を掻く白い指先
そのまま重力に降りて
フローリングに影を描く。

至るまでの状況が
こうでさえなければ
撫ぜてしまっていただろう。

撫ぜてあげられたのに。

二人分の重心に
スプリングも
華奢な身体も
軋む。

少しそれが辛い。

察したのか彼は笑う。

うっすらと柔らかい。


「良いよ許さなくて」


相変わらず低温な掌、背中の幾許かの裂傷を手当てしてくれていた手が制服のプリーツと大腿の丁度間へと。

純粋な疑問に
小さく首を傾げて見上げれば
滲む様に
けれども冷たい
菫の紫色
薫り立ちそうな華やかな。

実際は
ユニセックスなフレグランスだ。

爽やかなオーシャン系に
シトラスとサンダルウッドと、白檀は神聖な香木なのだと聴いた事のある。

決して強くはないが
存在を余す所なく
明確に主張する香り。

彼はまた項に沈む。

今度こそ擽ったくて身じろいだ。

一寸
瞼を閉ざしてから
開けば
やはり
白い天井は見慣れない。

科白の意味も知らぬまま
冷たい掌は脚を這う。

息を、詰めた。


「…っ」


ぞくりと知るのは
相手の低温だけでなく
自身の皮膚の柔さも。

プリーツの内部へと。


「ぁ、」


行為よりも感覚に困惑する。

少しでも力を入れられれば痛む様な、同時に繊細さが焦れったい様な、妙な心持ちだ。

唇が、脚が、震えてしまう、意思とは関係なしに。

きれいに整えられたその爪が
内側の皮膚を薄く引っ掻いて
華奢な背を跳ねさせた。

いたい?

尋ねられる。

痛い。

こくりと頷いて応える。

意図知れず這っていた掌が
そのまま腿を掴む。


「ん、ぅ」


制服が摺り下がる。

おかしな気分だ。

あつい。

痛みはあるのに
麻痺している。

背中の傷だって
まだまだ過敏に疼くのに。


「あっ、ぁ」


脚を辿り上がる五指の蠢きが意図を持ち始める。

何処をどう滑れば感覚に触れるのか。

ゆるりと的確に。


「いつも…怖いんだ。」


言葉に反して
耳元に囁かれる吐息は
熱を孕んでいる。


「お前が、私より先に死んでしまいそうで」


有り得ないよそんなの
だってあたしたちには未来がちゃんとあって……。

吹き込まれる吐息と舌か
蠢く手指か
それともやはり
この科白は適切でないと
無意識に察したからか
続きは紡げず。

未来なんて
分からないのが普通だ。

読める未来は
もはや未来ではない。

単純な真理だった。

眼前の儚い命が正しく、愛しい。


「っあ、く、ろづきさ…ん」


行き場をなくしていた腕が
彷徨った挙句に
しっかりと
彼を抱く。

髪が肌に擦れるのも
何故か心地良い。

蠢く長い指先を
熟れた粘膜に呑み込んで
嫌悪感も恐怖も湧かず
ただ
痺れる熱さに耐えた。

冷たい温度なのに温かい。

耐え切れず
瞼をきつく閉ざしても
嫌じゃないから
まだまだ平気だった。


「だいじょぶ、だから」


何の為の言語なのかは最早解らない
曖昧なうわ言に近く
しかし蕩けた青い眼差しは
確かに彼を映し切る。


「大丈夫な様に、してやってるからな」


笑う様に困った様に
言葉の意味が拾えなくとも
触れる項をぎゅっと抱き寄せる。

髪が。

解らなくなるのに敏感に把握もする。

中で動く指先が
ゆっくりと増やされて腰が浮く。

あ、ぁ、は!!

声の上がるのが止められない。

こんなに響くものだったなんて。

爪の硬さも関節も
そこは完全に解している、もっと呑み込みたいと、深く。

足りなくなんてない。

でも欲しい、もっと。


「も…だめ、」


この行為の
名前すら知らないのに。

それ以外が麻痺しそうな程
鋭敏な感覚が
一点に集約して
熱さの臨界点に達して
途端
力が抜け落ちる。

視界すら霞んで。


「…は」


身体は
ソファの上で
強く抱き留められた。

軋む、痛い位に。

ひくりと
まだ胎内が
熱に収縮を繰り返している。

それを知っているのか
濡れた五指の腹は愛しげに少女の輪郭をなぞる。

指先で
頤を傾けさせる事もなく
彼の方が
角度を変えて口付けた。

元から小さな顎を伝っていた透明な唾液が
濡れた音を細やかに立てる。

柔らかな舌は
逃げる事もなく
なすがままに。

極めて
神経を払って
なぞり
絡めるから
僅かな拒絶も無い。

彼に少女は全てを委ねる。

しなやかな線にそぐわない
強い腕の中に
いつまでも留められても。

倦怠感とまどろみと鋭い五感と。

明晰夢でも見ているかの様に
ぼんやりと全体を把握する。

フレグランスとは違う髪の匂いに
一旦瞳を閉ざして。

低温でも
心音なれば
温かいから聴き入った。

眠りは
直ぐに傍らに寄り添う。

まだ聴き逃さずに意識が保つのなら
眠りをしばし
遠ざけもするけれども。

囁きは
何気なく
切実に。


「頼むから死なないでよ…」


まるで本気の懇願だ。

ぱちりと
瞬いた視界は
ゆるゆると輪郭を取り戻して
そのタイムラグに
微睡の浸蝕を自覚する。

幾許か離れて
眼と眼を合わせられる。

余程大事なことを述べ伝え
確認し合う時にはそうしてきたのだ。

睡魔に攫われぬ様に
真っ直ぐな視線を
間近くから受け止める。

真っ直ぐ過ぎて
眼差しなのか言葉なのか
解らなくなった位だ。

整った薄い唇の動きに
夢間近の現だと認識出来る。

金色めいた底光りを宿すバイオレットから意識を逸らせない。

あまりに真摯だ。

あまりに切羽詰まって
きっと
もう一歩も退けない。

ぎりぎりの状態だからこそ
意識は惹かれる。


絶対に死ぬな。

四肢をもがれても
眼や喉が潰されても
心臓が抉られても
戻ってきてよ絶対に。


泣き出す寸前の幼児の様に
震えていた。

吐息の合間ひとつ。

爪の先が睫毛の端が唇が。

ふるえて。

可能か不可能かも量れない
壮絶な頼みに
だから
ただ頷くしか出来なかった。

ささやかにかすかに。

どうしても
肯定を伝えなければならないと想いながらも
力は入らず。

それでも彼は全てを察した。


「ありがとう」


今にも消え入りそうなものに礼を告げる様な今にも消え入りそうな儚い笑顔だった。

儚い命の人間に相応しい綺麗な。

あたしは、消えないよ。

それ位
伝えてあげたかったけれども。

再びの抱擁は優しくて
微睡みの浸透は
容赦ない。

寄せては返す波間、感覚も意識も眠りの深みへと誘う。



くたりと完全に
力の抜け切った身体を
抱き締めて
何時までも祈る様に。

未来なんて知らない方が良いに決まっている。

そんな科白を何処かで吐いた気もするが
何時の事であっただろうか。

頭痛がまた酷い。

幼さの残る寝顔を見ていると
少しは
不思議と楽になれるが。

唇を開く。

澱みない発語は
中性的で
ひっそりと透り良く
唄う様に。


これでお前が解ってくれなかったらさ無理矢理にでも犯して中に撒いて受精でもさせようかなぁって。運良く子供が出来れば、そうすれば、お前も無茶はしないだろ。責任は全て負うからさオレが。それで。


不可思議な淡い微笑
利き手に
金糸を
さらり
掬っては零す。


「お前は私を許さないで、私はお前を許すんだ…いつかは」


生きてさえいてくれれば
それでいい。

初めて
他者の命に執着した。

例え
他の何を
犠牲にしたとして。


「なぁ“お前”もそう思うだろ?」


制服の胸の
なだらかなリボンタイに
容貌を埋める。

要らないのなら、そんな訳なぞ無いであろうが、このまま自衛出来得ぬ程に粗末にしてしまうのなら自分が欲しい位だ。

彼女の命を。


部屋の隅では
誰に見られる事もなく
一枚の鏡が
冴え冴えとした銀光を反射させていた。





































Title→濁声

Material→六仮


20100115

あれ?
このタイトルで光うさを書きたかったのに何か違う…なんだこれ\(^o^)/

てゆか
ネウロでもこんなん書いてましたよねーとか言うの禁止☆

知らん

デマ光うさなんぞに続いても知らんぞなもし(つづかない)




男の子より女の子のが強い作品て探せばそこそこあるけどそれによって男の子が苦悩する作品は少ないよねって事で書きたかったぽぃ

反してデマンド様は精神的に大人で強いので良いバランス^^



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