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『夕立』

休日、といっても夏休み――天気は上々で非常に暑い。
彼は本屋に来ていた参考書やらいろいろと買いに来たのだが、ついつい選ぶのに夢中になってしまい、気付くと入店から一時間が過ぎていた。

「ちょっと選び過ぎてたかな…」

数冊を購入し、外に出ると――どしゃ降りだった。

「……そいやぁ、言ってたな」

天気予報で不安定な天気だから、晴れ間があっても油断するな、と。
空を見上げる。どしゃ降りのところを見ると、通り雨の可能性が高い。
でも、急な雨に走っている人を見ると、ついさっき降ったのだとわかる。

「う〜ん……」

いまは本屋にも、ビニール傘も売っている。それを買って帰ってもいいが、途中で晴れると虚しさがある。
さぁ――時間を取るべきか、あえて止むまで待つべきか。

「ん…?」

豪雨で視界が白む中、見覚えのある姿を発見した。
しかも、その子は本屋の軒先で雨宿りしてしまう。横に居るとも知らずに。
よく視て、ちゃんとその人物か確認する。もしそれで違っていたら、問題だから。
ちゃんと、鹿目まどかだった。幼なじみで――彼女の。
にしても、残念ながら間に合っていない。
頭からずぶ濡れだった。
まどかに近付くと、頭に手を置いて、乱暴に撫でる。小さく悲鳴が上がる。
すると滴が飛び散り、濡れていなかったのに、濡れてしまう。

「あ、あれ? なんで…?」

「先に雨宿りしてたからな。ってさ、こんなに濡れてたら、雨宿りも意味ないんじゃないか?」

そう言って、まどかの全身を見遣る。
チェック柄のスカートに、半袖のワイシャツ、白いニーソ、可愛らしい靴までびしょびしょ。

「…………」

彼は、一点を見て、どうしようかと悩む。
ワイシャツが雨に濡れて透けてしまい、中に着ているキャミソールが見えているのだが、キャミソールも白色だろう。
なのに、ほのかにピンク色が見えてしまっている。
キャミソールじゃないとするなら、人に安々と見せていいものじゃないだろう。

「傘、買ってくる。 じゃないと風邪引きそうだからな」

「あ、でも――」

最後まで聞かない。
雨宿りするつもりはなくなった。
別に風邪を引くからとかではなく、今のまどかを人に見せたくないから。
このまま雨宿りしていたら、止む間、周知に晒してしまう。
それは、なんか許せない。

(ひょっとしたらオレ……意外と束縛するタイプか…?)

そんな事を思うが、傘を買うのはやめない。傘を持って外に出ると、雨は未だに降っている。

「さっさと帰ろう」

「うん」

買った傘は一本。大きいサイズを選んだため、小柄なまどかは濡れることはない。

「……」

「……」

雨の音だけが、ふたりの耳に届く。
以前なら、いろんなことを話していたが、キスまでしたあと、あまり話していなかったせいでどう反応していいのかわからない。
昔みたいに、また学校の話をすればいいのか、それとももっと気の利いたことを言えばいいのか。
こんな、二人っきりで、いい雰囲気になっても逆に気まずい。

「――……る?」

「…?」

「――を貸してくれる?」

最初は空耳かと思ったが、どうやら違うらしい。
まどかの口元が少し動いている。

「なんだって?」

「手……を貸してくれる?」

「手?」

立ち止まり、手の平を見せる。
手相でも診るのかと思ったが、まどかは手の平に自分の手の平を重ねると、絡ませて下ろす。
その絡ませ形は、恋人同士がやるもので、お互い緊張感が高まる。
更に雨に濡れないように傘の中に身を寄せ合う為に、ピッタリとくっついてしまい、お互いの鼓動さえ聴こえそうである。

「……まさか、まどかから手を繋いでくれるとは、思わなかったな」

そう言うと、頬どころか耳まで染まる。
ひとりでアワアワとする。

「だって……その…そのほうがわたしも嬉しいし、喜んでくれるかなって…」

嬉しさはあるが、恥ずかしさもあるせいで困っているような、喜ぶような――曖昧な表情をする。
そんなまどかがあまりにも可愛らしくて――。

「まどか、キスしていいか?」

「えっ!?」

周りには雨のせいで、通行人ひとりとして、いない。
そんな中、ふたりだけが見つめ合う。

「うん」

頷くと、まどかは目を瞑った。
唇と唇を重ねる。
恋人としてのキスはこれで二回目。
また一歩、幼なじみではない、恋人としてのお互いに近付けた気がした。

――ふたりが家に着く頃、雨は止み、青空には何色にも輝く、虹が掛かっていた――。



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