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鈴虫の鳴く声が聞こえる。
時々吹き込んでくる夜の風が気持ちいい。
さわさわ、と、草木のすれ合う音も聞こえる。

志摩子は、部屋の窓を開けて、目を閉じ、夜の音に耳を傾けていた。


「しーまーこ!」

聞きなれた声が聞こえる。
ああ、自分はこのまま夢を見るのだろうな。
そう思った。

「志摩子ー!!」

「………」

夢にしてははっきりした声。
まさかと思い窓の外を見下ろす。

「やっと気付いた」

「お姉さま?!」

そこには、しばらくの間会っていなかった、「お姉さま」こと佐藤聖がいた。

どうしてこの人はいつも何の前触れもなく訪ねてくるのだろう。

嬉しい反面複雑な気持ちで窓の外の彼女に声をかけた。

「ごきげんよう、あの、お姉さま、どうして…?」

「ごきげんよー、志摩子、もうお風呂とかもう入っちゃった?」

こっちの質問には答えず、よく分からない質問を返された。

「いえ…まだですけど…?」

なら良かった。ちょうどいいや。
そう言って聖は微笑んだ。

「ちょっと降りておいで」

理由を聞こうとしたけれどきっと答えてはくれないだろうから。

「分かりました」

できるだけ早く部屋を飛び出した。








―――――――あかり――――――――





「親御さんには何か言って来た?」

以前会った時からなんら変わっていない笑顔で、聖は尋ねた。

「一応…、少し出てくるとだけは」

「よく出してくれたね。こんな遅い時間なのに」

志摩子は思わず苦笑してしまう。
“こんな遅い時間”に訪ねてきたのは自分だろうに。
そう思うも、口にはしなかった。

「それで、一体どうして…」

「ああ…」

聖は乗って来たのであろう車の方に向かった。
お世辞にもきれいだとは言えない車。
しかし、使い込まれたというそれでこその“味”もあった。
きっと、この車の前の持ち主も、聖のような人だったのに違いない。
聖は、その車のトランクをあけ、何やら中をがさごそあさっていた。


「お、あった、あった」

取り出したのはバケツとろうそくとライターと――

――花火セット。

「家をね、片付けたらまだ残ってるの見つけて…、良かったら一緒にやらない?」

夏も終わり、そろそろ季節は秋。
9月に花火もどうかと思ったが、志摩子はその誘いを受けることにした。



「準備しようか、志摩子、花火の袋開けててくれる?」

志摩子は言われたとおり、準備にとりかかる。

花火を適当に入れて来たのであろうビニール袋から出すと、何かが一緒に出てきた。

「…!これは…」

「おまたせ」

後ろからした突然の声。
バケツの中に水を溜めて聖が帰ってきた。

「あ…」

志摩子はそれを急いでポケットの中にしまった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―


手持ち花火。
連発花火。
小型の打ち上げ花火。
ヘビ玉。
ねずみ花火。

随分充実したセットで、いろんな花火をやった。

そして最後に残ったのは、線香花火。


「とうとう最後になっちゃったね」

「でも、これはこれで好きです」

「私も」

そういうやりとりをして、2人で線香花火を見つめた。

ぱちぱち、ぱちぱち

大きく、細かい火花が不規則に飛んでいく。



「お姉さま」

ふと、志摩子が呟いた。

「今日はありがとうございました」

聖の方は向かず、線香花火を見つめながら、志摩子は柔らかく微笑む。

「いーえ、こっちもありがとう」

聖もまた、志摩子の方は見ない。

花火の微かな明りだけが2人を包み込んだ。

「楽しかった?」

「……すごく、嬉しかったです」

「…嬉しかった?」

普段の志摩子なら楽しかったと答えそうなのに。
嬉しかった、という答えに違和感を覚えた。

「はい」

だって。
志摩子は続ける。

「花火、私のために買ってきてくださってんですよね」

「え…」

「レシート、残ってました」

花火の準備をしている最中見つけたビニール袋の中の白い紙。
偶然にして志摩子はそれを見つけてしまった。
言わない方がいいか、とも思ったが、言葉にせずにはいられなかった。

「い、いやあ…はは…何のこと…」

聖はあさっての方向を向いて、視線を泳がせながら隠そうとする。
が、志摩子の嬉しそうな顔を見ていると、隠す気も失せた。

「バレちゃった、失敗したな」

照れ隠しに髪をくしゃっとかく。

「失敗なんかじゃありません」

志摩子の真剣な瞳。


「私は、すごく嬉しかったんですから」



線香花火が一段と燃えた。



「また誘ってくださいね」




まだ残る線香花火の静かな明り。


それは2人の幸せの明かり。














―――――――――――――――――――――


明るくもなく、暗くもなく。
静かで、ちょっと切ない感じ。
でも確かなもの。
そういう感じのほどよい関係が聖志摩の良いとこだと思う。





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