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――白い箱の中で――




「起きてください!」

容赦なく開けられた宿直室のカーテン。
降り注ぐ陽の光にうっらと目を開ける。

「ん…朝?」

昨晩急な手術があった所為かまだ体がダルい。
無理矢理体を起こし、大きく伸びをすることで意識を覚醒させた
いつものように適当に身支度を整えると、シャツの上に軽く白衣をはおり、伊達眼鏡をかける。
それだけで気持ちは仕事モードになった。
ちなみにこの伊達眼鏡に大した意味はない。
眼鏡をかけている方が医者っぽい。
ただそれだけの理由だ。


「先生、昨日手術を終えた患者ですが…」

婦長である水野蓉子は真面目だ。
勤務時間ピッタリにここを訪れ、毎日私を起こしに来る。
蓉子が居なかったら私は毎日寝坊の駄目医者になっていたのだろう。
彼女には感謝している。
もっとも、それを彼女に伝えるなんて絶対にしないけど。

「そうだね、昼頃様子を見に行こうか」

昨晩病院に運び込まれた患者。
確か交通事故だったと思う。
聞かされていた事故状況から最悪の状態を想像していたが、運ばれた時はそれほど酷い状態ではなかった。
全身を強く打撲。
右腕を骨折。
鎖骨がズレていたため手術をしたが、幸い他に外傷はなく、後は患者の意識が戻るのを待つだけだった。
持っていた荷物などから身元は判明している筈だ。
確か名前は…

「…何だったっけな?」

まあいいか。
後で聞かされることになる。
この病院の医者の1人である佐藤聖は朝の回診のため、宿直室の扉を開けた。


―・―・―・―・―・―・―・―


「こちらの病室です」

昼食前、例の患者の所に案内された。
事故の後の患者にストレスを与えてはいけない。
目覚めたら見知らぬ場所に居るのだ。
要らぬ不安要素を与えないように。
いつからか無意識に作れるようになった笑顔でドアの前に立った。
軽快なノックでそのドアを開ける。

「失礼します」

蓉子が先導して部屋に足を踏み入れた。

「こんにちは、主治医の佐藤です」

にっこりと微笑みながら、初めて患者の顔をマトモに見る。

「…藤堂志摩子です」

瞬間、言葉を失った。
その透き通るような声に。
全てを悟ったような微笑みに。

普通こういう場でこんなに柔らかな笑い方ができるだろうか。
その笑顔に不安などそんなものはなかった。まるで自分の置かれた状況に関心がないようで。
自分の生に執着など無いようで。

――すごく、似ている。



「佐藤先生?」

名前を呼ばれたことで、蓉子が現状の説明を終えたことに気付いた。

「あ、ああ。…藤堂さん、どこか体に違和感とかはあるかな?」

先程の動揺を悟られないように尋ねる。

「特には、ないです」

「体の痛みは?」

「ありますけど…事故の後ですから仕方ないですね」

「頭は打ってないみたいだったけど…気持ち悪いとか痛みがあるとかは?」

それに彼女は首を静かに横に振ることで答えた。

「そう…また様子を見に来るから。できるだけ安静にね。何かあったら枕元にあるボタンを押して。すぐに誰か来るよ」

「はい」

「お昼は…食べられそうだったら食べて。無理にとは言わないけど」

それから今後の事を簡単に説明して部屋を後にした。
普段よりたくさん話した気がする。
それでもまだ話し足りない。
この子のことを知りたい。
漠然とそう思った。

蓉子が興味深そうに私と彼女を見ていたから回診が終わった後でいろいろ聞かれるだろう。

それが、藤堂志摩子と話した最初の日だった。





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