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  スのつく危険なお仕事でーす!


小説投稿サイト・時空モノガタリのテーマ【 私を愛したスパイ 】で書いた。
『私を愛した【 す 】の付くものなぁに?』という話に、
かなりの加筆をして、仕上げたのがこの作品です。

何しろ時空の2,000文字規制だと、スパイの話の設定が書き切れず
未消化な状態だったので、せっかく考えた話を無駄にしたくないので
スパイのストーリーを完成させました。


 (表紙に使った画像はウェブ検索してお借りしました。)
 

     初稿 時空モノガタリ 2014年6月2日 文字数5,747文字
     カクヨム投稿(さつじん脳)2017年1月25日 文字数6,152字







「なんじゃあーこりゃあ!?」
 自分の目を疑い、瞼を擦って、もう一度その文字を見なおした。

『スパイ急募』

 俺は今、ハローワークの中にあるパソコン求人検索ルームに居る。
 希望する条件をパソコンで検索してくださいと、ハローワークの職員に言われて、入力した条件に合致した職業が、まさかの『スパイ』だった。

 今朝、ボロアパートの六畳一間の部屋で寝ていたら、突然、大家のババアに乱入された。
「いつまで寝てんだい? このろくでなし!」
 枕を蹴飛ばされて、ビックリして飛び起きた。
「家賃を払わんか! 三ヶ月も溜まってんだ」
 八十近いババアが大声で騒ぎ立てるが、無一文の俺には払えない。
「なんで働かないんだよ。今すぐ職業安定所で仕事みつけてこいや!」
 もの凄い剣幕に圧倒されて、アパートを飛び出しハローワークにやってきた。
 学歴なし、資格なし、高給希望で仕事を探していたら、検索でなんと『スパイ』が引っ掛かった。PC画面の雇用条件を読んでみる。
 年齢学歴経験不問、未経験者の方には親切に指導します。各種保険あり、時給5000円(危険手当あり)、支度金10万円。
 おおっ! 時給5000円とはすごい! けど時給? スパイなのにタイムカード押すのか? しかも10万円の支度金が貰えるなんて好待遇だよ。
 それにしても、今どきは人出不足だからスパイだってハローワークで求人するんだ。半信半疑ながらもカウンターで、この職業をいったら職員は別に驚く風もなく、面接場所を書いたメモを渡してくれた。

 メモに書いてあった場所は薄汚い雑居ビルの七階だった。
 ドアプレートには『人材開発プロジェクト』と書いてあるが、胡散臭い雰囲気が漂っている。普通の人間なら、ここでUターンして帰るところだが、生活が貧窮している俺は躊躇する余裕などない。ノックをして中に入っていった。
 室内は二十畳くらいはあるだろうか? 白い壁とリノリュームの床、正面にホワイトボードと教壇があり、手前には長机とパイプ椅子が二脚、その椅子の一つに男が座っていた。
 後ろ向きで顔は見えないが、後頭部の禿げ具合に見覚えがあった。
「やあ!」
 振り向いた男の顔を見て驚いた。
 俺の部屋の隣に住む、苅野玄(かりの げん)という売れない漫画家だった。
「どうして苅野さんが?」
「家賃が溜まってて、大家のばあさんにハローワークにいけと言われて、ここを紹介されたんだ」
 苅野さんは若い頃は売れっ子漫画家だったらしいが、落ちぶれて妻子に逃げられた中年男なのだ。最近では漫画の原稿依頼もなく相当貧窮している様子だった。

 俺たちの住むアパート『サソリ荘』は硝子戸を開けて玄関に入ると、下駄箱があり、そこで靴を脱いで、スリッパに履き替えてから上がるのだ。
 中央廊下を挟んで六畳一間の部屋の扉が並んでいる。アメニティーは共同便所、共同炊事場のとなりに食堂があって四人掛けテーブルが二卓置いてある。
 風呂はなく、シャワーなら一回(15分間)百円で大家に頼めば使わせて貰える。
 しかも各部屋に鍵が付いていないので、今朝のように、大家のババアに勝手に入って来られる。プライバシーなんてものはなく、寮みたいな建屋で築五十年は経っているだろう。
 家賃は光熱費込みで、1万2千円だから……まあ、かなり破格の安さかもしれない。
 地域でも有名なボロアパート、この『サソリ荘』には変わった住人が多い。
 二階建てのアパートの一階には大家の自宅と俺と苅野さんが住んでいる。二階の住人たちは出入りの激しい外国人労働者たちやカルト教団の信者、風俗の女と刺青の入ったヤクザが居る。
 怖ろしくヤバイ雰囲気なのだが……なぜか、みんな大家のババアには絶対服従でトラブルもなく過ごしている。

「僕も大家さんにドヤされてきました」
「ほぁ、鈴木君もかね。あの因業ババアには誰も敵わないよ」
「あの迫力には逆らえません」
「うむ」
 苅野さんが大きく頷いた。
 気弱そうな彼は、大家のババアによく怒鳴られているのを目撃する。
 たぶん、借金でもあるのだろうか? アパートの溝掃除や庭の草取りなんかを時々やらされている。
 共同炊事場でかちあったら、俺がモヤシを苅野さんは玉子を分け合ってラーメンを作る。そして食堂のテーブルで世間話をしながら一緒に食べる。ババアの経営する『サソリ荘』は、苅野さんや俺みたいな社会からブロックアウトされた孤独な人間には、まんざら住み心地が悪くもない。
 不思議なことに、ボロアパートに住む以前の俺の記憶がない――。
 いつの頃からか、アパートの部屋で仕事もしないで暮らしていたが、この鈴木という名前も部屋の表札に貼られたもので、本当の名前なのかどうかも分からない。
 ずっと無職の俺が飢え死にしないでやっていけてるのも不思議だ。
 まあ、俺自身が謎の人物だし、そんな人間をスパイを選ぶなんて滑稽なのだが、しかも同じ日に同じアパートの住人が、同じ仕事(スパイ)を面接にくるなんて、あまりに偶然過ぎる。 

「揃ったところで面接やるよ!」
 入ってきた面接官を見て、俺も苅野さんも椅子から転げ落ちそうになった。
 なんと、そいつは大家のババアだった! これはもう偶然といえないレベルの不自然さだろう。
「おまえたちが家賃を払わないから、アタシもアルバイトやってんだ」
 さも当然という顔つきで、この不条理を簡単に説明された。
「まず、健康診断だよ」
 自己申告の身長と体重を書類に記入、片目を瞑って、ポスターの文字を2つ3つ答えたら、それで視力検査は終了だった。
 いい加減な健康診断だ! 待てよ、視力検査だけで健康診断といえるのかあ?

「次は体力測定」
 俺と苅野さんでペアを組む、一人が上体を前にかがめて両手で自らの両足首あるいは膝を掴んで支持し、もう一人がそれを開脚しながら跳び越える馬跳び(うまとび)を、お互い馬と飛び手になって交互に10回くらいやった。
 日頃の運動不足でゼェゼェ……と息を切らしてしまった俺だが、ババアは「足腰は大丈夫そうだから合格!」と軽くOKサインだ。
 危険な任務をこなすはずのスパイが、馬跳びだけで合否を判断するなんて信じられない。

「筆記テストいくよ」
 ――が、そういう疑問を考える隙を与えず、テスト用紙が配られた。
 問題は三つだけ。Q1. 円周率を答えよ。Q2. 脱原発に賛成・反対・分からない、三つの選択肢。
 俺は円周率は3.14と書き、脱原発は分からないと答えた。隣の苅野さんのテスト用紙を覗いたら脱原発賛成を大きくマルで囲んでいた。
 そして最後の問題がまったく意味不明なのだ。

 Q3. 私が愛した【 す 】の付くものなぁに? 

 1. 酢昆布 2. すっとこどっこい 3. スパイ

 なんじゃあーこりゃあ!? 私が愛した酢昆布、これはないなぁー。私が愛したすっとこどっこい、意味分からん……?

 私が愛したスパイ 

 私が愛したスパイ? 

 私が愛したスパイ!!


 その言葉のせいで、突然なにか弾けた。
 俺の頭の中に記憶が流れ込んでくる。『私が愛したスパイ』それは記憶の封印を解くためのキーワードだった。





 半年前、国立国会図書館の地下深くに密かに造られた諜報部員のオフィスに俺は居た。無人の部屋には大型のコンピューターが設置されて、俺はATMみたいな機械にIDカードを差し込んだ。すると青白い光が描きだす、ジェームス・ボンドの立体ホログラムが浮かび上がり、新しい任務について説明してくれた。
『ハロー、ミスター・ニンジャ』
 ニンジャというのが俺のコードネームだ。
『日本転覆を謀る、国際陰謀団が東京の某所に潜伏しているという情報が入った』
 イケメン男優スパイのホログラムがキザな格好で喋っているが、このキャスティングを考えた奴は相当イタイ人間だろう。
『国際陰謀団は中韓の手先だと思われる。マスコミを使った情報操作をおこない、原発問題や放射能や9条などでデマを流して、日本国民を混乱させようとしているのだ。放って置くと大変危険な活動家たちである。潜入捜査で、その活動を見張り、黒幕を暴き出し、状況判断によっては抹殺することも止む無し!』
 今回の任務は相当ハードそうだ。抹殺許可まで出ているとは侮れない敵とみた。
『すでに一名が潜入捜査に入っている。その者には君のことを知らせてある。――だが、君の方は最終段階まで仲間とのアクセスを禁止する。一時的に記憶喪失となって、某所での情報収集をやって貰うことになるだろう』
 日頃から、スパイは自分以外の仲間のことは何も知らされていない。もしも敵に捕まっても知らないのなら自白できないからだ。
『では、成功を祈る。ミスター・ニンジャ!』
 青白いホログラムのイケメンがニッと白い歯を見せて消えた。
 その映像を最後に、俺の記憶はプッツリと途絶えてしまった。たぶん、この後に麻酔銃を撃たれて、記憶にブロックを掛けてから、あの『サソリ荘』に放り込まれたのだろう。

 ――やっと、記憶が戻ってきたが、だが俺はハッキリと敵の正体が掴めていなかった。

 覚醒したばかりの俺は……ぼんやりしたまま椅子に座っていたが、その時、どこからか銃弾が飛んできた。ビックリして机を倒して楯にするが、見るとババアが教壇からこちらへ発砲しているではないか!? 
 日頃から、常軌を逸したババアとは思っていたが、まさか拳銃乱射犯になろうとは思ってもみなかった。
 そして、横を向いてもっと驚いた! あの気弱そうな苅野さんが銃で応戦している。

 いったい、どうなってるんだ!?

 果たして、俺の味方はどっちだ? ババアか苅野さんか? どっちが敵なんだぁー!? 
 この銃撃戦のさなか、丸腰の俺は100%不利じゃねぇーか!!
 バーンと銃声が轟いて、ババアが倒れた。
 どうやら、苅野さんの銃弾を喰らったようだ。教壇の裏で倒れているババアの方へ、ゆっくりと歩いていく、どうやら止めを射すつもりらしい。
 それにしても苅野さんの銃の腕前は漫画家とは思えない。――いったい彼は何者なんだ!?

「糞ババア死ね……」

 腰を屈めてババアの心臓に銃口を向けた、その瞬間、教壇が倒れて苅野さんに直撃した。
 そして、ムクッと起き上がったゾンビババアが、
「ニンジャ、そいつが黒幕だよ! 早く殺っちまいなっ!」
 そういって、リボルバーをこっちへ投げて寄こした。
 キャッチした俺は、無言で苅野玄のコメカミに弾丸を撃ち込んだ。
 もんどり打って倒れた彼は息絶えた――。
 
 俺のコードネーム・ニンジャを知っているということは……先に潜入捜査に入っている仲間というのが、もしかして、この大家のババアのことだったのか――。
「大家さん大丈夫か?」
「ああ、防弾チョッキ着ててよかった」
「まさか、あの苅野さんが黒幕だったなんて……」
 見るからにショボイ中年男だった。
「おまえがグズグズしてるから、アタシの命が危険に晒されたじゃないか」
「……先に、潜入捜査に入っている俺の仲間って大家さんだったんですか?」
「そうだよ。潜入というか。アタシのアパートに奴らを住まわせて見張ってたんだよ」
「俺が見た感じ、目立った動きがなかったようだったが……」
「おまえの目は節穴かよっ!?」
 大声で怒鳴られた。
「苅野がサソリ荘に住むようになって、うちの店子が胡散臭い奴らばかりになった。怪しい宗教で若者を洗脳したり、国籍不明の密入国者たち。善良な市民を脅すヤクザと外国からの出稼ぎ売春婦とか……アイツは中韓から資金を貰って、日本を卑しめるプロパガンダをマスコミを使ってやってたんだ。日頃、気弱なオヤジを演じているから、みんな騙されてたのさ」

 ――そうだったのか。苅野さんの好人物ぶりに俺も騙されていた。

「そこまで調査が進んでるなら……俺の任務って……意味ないじゃん」
「バカだねぇー、ニンジャは苅野の目を眩ますためのダミーだよ。自分の部屋の隣に怪しい人物が住んでいると、そっちの方に気を取られて……アタシにはボロを出すために仕向けたのさ」
「俺ってダミーだったんですか?」
 この半年は任務は何だったんだと心底落ち込む――俺だった。
「見張られていたのはおまえの方さ、今日も尾行されてたの気づいてないだろ?」
「…………はぁ」
 ――もう言葉がない、俺はスパイ失格だ。新しい仕事をハローワークで探そうかな。
「一年前からアパートを購入して、大家に成りすまして、こっちは罠を張ってたんだよ。いきなり現れたおまえに、苅野は神経を尖らせていたさ。ラーメンに仕込んだ睡眠薬でおまえを眠らせて、自白させようとしたが『サソリ荘』以前の記憶がない……奴は焦ってたね」
「そりゃあ〜記憶をブロックしてたから……」
「ついに行動にでたのさ。おまえの正体を知ろうと、この部屋に呼び寄せて探るつもりが自分自身がボロを出しちまった」
「ボロ?」
「“私が愛したスパイ”というキーワードで、おまえの記憶ブロックを解除した。しかも苅野が中韓から指令された、任務こそが“私が愛したスパイ作戦”だったのさ、だから計画がバレたと過剰反応して、先に銃を撃ってきたのはアイツの方なのさ」
「――そうだったのか!」
 苅野さんの豹変振りにはマジで驚いた。
「まさかアパートまで罠だったとは……」
「情報収集しながら家賃も稼げる、こんな美味しい仕事はないよ」
 カカカッと威勢よくババアが笑う。

「いったいスパイと大家さん、どっちが本業ですか?」
「スパイはアルバイトさ。アタシはCIAのスパイと結婚してたんだ。アメリカでは旦那と一緒に諜報活動やってたよ。その旦那が亡くなったんで日本に舞い戻ってきたけど、スパイの腕を買われてね。時々、内閣情報調査室から仕事の依頼がくるんだよ」
「大家さんってすごい人なんですね」
 CIAで活動してたなんて、映画に出てくるようなスパイじゃん。
「おまえのさぁー、その表情が……」
「へ?」
「ブラック企業で働いてる従業員みたいで、慢性的な疲労感を湛えた表情がいいんだよ」
 それって、褒めてるつもり? 失礼なババアめ!
「スパイは目立っちゃダメなのさ。かっこ良くて女にモテるなんて……007が創った幻想で現実はそうじゃない」
「だから、俺のコードネームが“忍者”で目立たないように……」
 ババアの説明に納得させられた。
「アタシのコードネームはレディーだよ。これから任務の時はレディーとお呼び!」
 こんな皺くちゃババアに“レディー”なんて……俺は絶句していた。

「任務終了! やっと自分の顔に戻れるわ」 
 そう言うとババアは、まるでパックを剥がすように顔の皮膚をペリペリと捲っている。白髪交じりのカツラを外したら、新しい顔がでてきた。
「アメリカでは特殊メイクと演技の研究もしてたの。私は変装が得意なのよ」
 大家のババアこと“レディー”変装を外したら、なんと三十代の美しい女性の素顔が現れた。そして年寄りの嗄れ声から、優しいトーンの声に変わっていた。
「これが君の素顔だったんだね」
 眩しいほどに魅力的な彼女に、俺の目は釘付けになった。
「コードネーム・ニンジャ、潜入捜査は大成功よ!」 
「国際陰謀団の黒幕は苅野玄だった。レディー、君のお手柄だ!」 
 長い潜入捜査から解放された、二人のスパイは抱き合って任務完了を喜んだ。
 大家のババアの演技にすっかり騙されていた、こんな美しい素顔が隠されていたなんて想像もできなかった。

 ――美女スパイの虜になった俺は、やっぱりスパイ失格かなぁ〜?



― End ―



                         


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